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ほしいものを手に入れるために、奮闘したこと

 さて、晴れてお父様から博覧会エントリーの許可をもらった私。早速書類を完成させ、即日で書類を王都に早便で持っていかせた。


 博覧会の開催は、秋の初め。レグルス王子の王太子就任式が秋の中頃だから、何としてでもこの博覧会で成果を挙げないと。レグルス王子がいざ王太子になると、私の方が彼に追いつくのも一苦労になる。王子が王子でいる間に、少しでも間を詰めなければ。

 そういうわけで私は秋まで、「ティリスのすずらん」一号店に常駐して、プレゼンテーションの準備をすることにした。二号店の方はだいぶ軌道に乗ってきたから、ベアトリクスかカチュアのどちらかに二号店を任せ、もう片方と私で一号店を経営する傍ら、プレゼンテーションの準備を進めていた。


 やっぱり二人は高位貴族だけあって、知識の量も半端じゃない。しかも父君のご厚意で、貴重な貴族年鑑まで貸してくださった。


「はい、こちらが今年の最新号ですわ」

 そう言ってベアトリクスは、広辞苑を凌駕する分厚さの冊子をテーブルに置いた。オルドレンジ侯爵の使者が今持ってきてくれた年鑑で、彼には大量のお礼の品を持たせて侯爵領に送り出したところだ。


「なんと、諸侯の肖像画まで記載されております。印刷に時間が掛かるので発行部数も限られていますが、お父様が早速確保されたようですね」

「ありがとう……!」

 私は有難く両手で広辞苑……じゃなかった、貴族年鑑を持ち上げる。うっ、見た目以上に重い!


 プレゼンテーションの内容はもちろんのこと、私は貴族年鑑を使って、諸侯の顔と名前、各領土の特産品や気候を全て頭に叩き込む必要があった。

 プレゼンテーション中は、諸侯や商人からの質問が飛んでくる。領土を持たない商人はいいとして、自領に誇りを持っている貴族はやっぱり、「ティリスのすずらん」と自分の領土との提携できる点を探したがるだろう。そんな質問が飛んできたときに、私はスムーズに応えなければならない。礼儀として相手は自分の名前を名乗っても、特産品まで丁寧に教えてくれるとは限らないんだ。


「果実や野菜、食肉や乳製品で有名な場所はともかく、食料品以外の特産物を抱える領土との折衷案は出ていますの?」

 横で伝票整理をしていたベアトリクスが、鋭く問うてくる。ちなみに今、フロアの方は二号店から連れてきた五人の店員で回している。調理班から二人、接客から三人呼んでいる。何かあったら私たちが出陣するんだ。


「例えば……メイスリー子爵は絹織物、モード伯爵は銀細工が有名ですわ。彼らは博覧会が開催されるときは必ず、プレゼンテーション会場の最前列を陣取っているそうですわ」

 さすがベアトリクスは、貴族年鑑を見ずともさらりと諸侯名と特産品を言い当てている。

 私はベアトリクスが挙げた二諸侯を年鑑から探して、その領土の特徴や気候の箇所を目で追う。


「……どっちも、農業や牧畜には向いていないんだね」

「ええ。メイスリー子爵領は養蚕、モード伯爵領は銀鉱山を収入の糧にしてますからね。どちらも領土は王国北部の山岳地帯。土地は痩せていて、作物も育たないし、家畜の飼料になる牧草も生えないため、食料系の産物を作り出すのは不可能です」

「確かに、疑問に思うだろうね。絹も銀も食べられないから、『ティリスのすずらん』とは提携できないんじゃないかって」

 私のスクラップファイルには、今まで契約した諸侯や商人との書類がまとめられている。ベアトリクスも指摘するように、現時点での契約相手との取引内容はほぼ全員、食料品に関するものだ。

 私は年鑑を脇に置いて、紐綴じのノートに鉛筆代わりの黒炭(そのまま持ったら手が真っ黒になるから、布でくるんでいる)を走らせる。


「大丈夫。ほとんどの特産物とのコラボ案は立てられるから」

「絹織物も?」

「直接パン制作に関わるわけじゃないけど、食材にするだけが手段じゃないからね。要は、うちのパンと一緒に効果的に売り出せたらいいんだよ」


 私は市場を独占したいわけじゃない。

 「ティリスのすずらん」を中心に、たくさんのネットワークを張り巡らせる。その先にあるのは、ありとあらゆる商品を売り出す諸侯や商人。


 レグルス王子が治める世の中で、多くの商人や貴族が提携し、それぞれが持っている利点を共有し、高めあえる関係を作り出す。

 そのための血路を、私が拓く。










 諸侯に関する勉強はもちろん、プレゼンテーション内容も熟考すべきだ。


「やはりメジャーなのは、特産品や商品のディスプレイですね」

 今日の一号店当番はカチュア。カチュアは調理係の子が失敗してしまったカッチカチパンを苦労して切り分けつつ、意見を述べる。カッチカチパンも、溶き卵と砂糖でふやかしてフライパンで焼くと、なんとかフレンチトーストとして復活するから、その準備。おやつの時間には、ホールの子も呼んでフレンチトーストパーティーだ。


「お父様から前年度、前々年度の博覧会資料を戴いてきました。それを見る限り……商品が食品でない限り、その場に品物を持ち込むことが多いようですね」

「やっぱり衛生面で、食品はディスプレイが推奨されにくいのかな」

「それが一番でしょうね。後はまあ、プレゼンテーションが始まる前に腐ってしまうこともあるのではないかと」

 ふむ……それじゃあ、パンを持ち込むことは難しいかな? プレゼンテーションの場じゃなかったら、ホールの外で売り出したりもするそうだけど、今回私はパンを売りに行く方針は立てていない。


「……でもやっぱり、プレゼンテーションの場に持っていきたいな。お客様に差し上げるのはいろいろな面で不可能だろうけど、やっぱり実物を見てもらいたいし」

「会場のスタッフに頼んで、ガラスのケースに入れたパンを回覧するのはいかがでしょうか?」

「なるほどね……せめて匂いだけは分かるように、通気孔のあるガラスケースに入れて、カートに乗せて会場を回ってもらったらどうかな」


 そんな感じでカチュアとあれこれプレゼンテーション内容の相談をした後は、礼儀作法の練習。


「背筋を真っ直ぐ! 顎を引きなさい、アリシア。それでは不格好です!」

 仁王立ちになるカチュアの前で、私は頭の上に雑誌(貴族年鑑でもいい、とカチュアは言ったけど、そんなことしたら私は、死ぬ)を乗せて、カチュアの言う通り正しい姿勢を試みる。

 最低限の礼法は教わってきたけど……こ、これはかなり、厳しい……!


「腰が曲がってます! ……いいですか、アリシア。聴衆の中でも、子爵家以上の者であれば男爵家令嬢であるあなたを軽んじる者も出てきます。彼らに負けてはなりません!」

「は、はい!」

 カチュアの言葉は厳しいけど、もっともだ。カチュアだけじゃなくて、交代した日にはベアトリクスも私の礼法訓練に協力してくれる。カチュアは主に姿勢と態度、ベアトリクスは発声や話し方についてだ。


 今回、博覧会のプレゼンテーションのプレゼンターになれるのは、私だけだ。それどころか、会の規定で貴族であれ、プレゼンテーションをする者は身の回りの世話係と護衛をそれぞれ一人ずつまでしか付けてはいけないんだ。しかも、貴族の場合は自分の家に仕える使用人に限定すると。

 つまり、応援としてベアトリクスやカチュアはもちろん、お兄様を呼ぶことはできない。世話係はチェリーにお願いして、護衛は男爵家に仕えるお兄様一押しの騎士を連れて行くことになったけど、実質戦力になるのは私一人だけだ。プレゼンテーション会場でも、チェリーと騎士は準備だけして、私の発表中は奥で待機しなければならない。


 今回は本当に、誰の力も借りられない。ベアトリクスもカチュアもそれが分かっているから、こうして厳しく指導してくれるんだ。


 私が会場で失敗しないために。

 私が、私の望む力を手に入れられるために。


 脚が震えて、私は無様にずっこけた。拍子で頭の上に乗せていた雑誌が落下して、背中をしたたかに打ってくる。痛い。


「アリシア!」

「だ、大丈夫!」

 鉄仮面を一瞬だけ剥ぎ取ったカチュア。私はすぐに立ち上がって、そんなカチュアに微笑みかける。


「まだできるよ。……お願い、カチュア」


 私は、負けない。

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