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面接でも一悶着したこと

 「彼」は、今にも力尽きようとしていた。


 長い旅をできるほど、「彼」は若くも健康でもなかった。それでも「彼」は、「彼の人」を探さなければならなかった。


 「彼」は「彼の人」に、伝えるべきことがある。

 「彼」や「彼の人」の祖先が代々受け継いできた、密かなる役目。幼い頃に「彼」の元から消えた「彼の人」に、「彼」は末裔として伝えなければならない。

 この、グランディリア王国の歴史を支え、それでいて誰もこのことを知ることのない、裏の役目を。








 ある日、「彼」はついに「彼の人」を探り当てた。「彼の人」は幼少の頃に生き別れたときより、ずっと大人びてずっと美しくなっていた。

 「彼」は、命尽きようとしていた。ボロ布のようになった「彼」は、訝しげな眼差しをする「彼の人」に、件のことを伝えた。


 「彼の人」は、驚きに目を見開く。それもそうだろう。「彼の人」の脳裏に焼き付く、謎の言葉。その謎を解く鍵を、「彼」が打ち明けたのだから。

 「彼の人」に全てを伝えると、「彼」は静かに息を引き取った。最期に役目を全うできてよかった、後は「彼の人」がうまくやってくれる。そう信じていた「彼」の顔は、どこまでも安らかだった。


 「彼の人」は、息絶えた「彼」をしばし、見下ろしていた。そして、「彼の人」は顔を上げる。


 十人中九人が振り向くような美貌を笑顔でほころばせ、「彼の人」は呟いた。


「                」

 と。










 夏本番の日差しがカリッカリに照りつける日。

 男爵家の屋敷からは使用人やお兄様、王都からチェリーも呼んで、「ティリスのすずらん」一号店にて従業員の採用面接試験を行った。


「さすがお兄様。骨のある人ばかりですね」

 面接官になった私は、休憩時間に隣の席のお兄様に言う。お兄様はチェリーから冷たいレモンジュースを受け取って喉を潤し、笑顔で頷く。


「そうだろう? 何せ、『ティリスのすずらん』は我が男爵家の未来を握っているからね。僕も次期当主として選考に手を抜くことはないよ」

 この採用面接試験の肝は、ふたつ。「ティリスのすずらん」の経営実績向上に繋がる人材の発掘。それから、ティリス男爵領領民の雇用促進。

 お父様の前でも強気に出した手前、雇用促進を疎かにすることはできない。かといって、就職難の領民全員を採用したら収拾のつかないことになるのは、目に見えている。多くの領民を採用したい気持ちは山々だけど、こっちだって慈善事業をしてるわけじゃない。作業に向いていない人を採用した結果、経営が傾いたら元も子もなくなる。


 というわけで、あまりにも能力が低くて今後の成長が見込めない人は、申し訳ないけれど落とす。そうしないとティリス男爵領の未来も真っ暗だ。お兄様の言う通り、この面接試験の結果がティリス男爵家の未来を握ることにもなるんだ。

 休憩を終えて、私は受験者の情報が書かれたカードを持って椅子に座り直す。……ん?


「お兄様、この付箋って……」

「しっ……なるべく角が立たないようにお断りするんだよ」

 こちらを見ようとしないお兄様だけど、その横顔は厳しい。私はこくっと唾を呑んで、お兄様が真っ赤な付箋を付けたカードを見る。この人は、男爵領の人間じゃない――


「三十四番、入ってください」

 お兄様が朗々と声を上げる。狭い個室に入ってきたのは、猫背が激しい中年男性だ。カードを見ると、「ホール希望」とあるけど……おいおい、この姿勢と三白眼で接客だって? 客が裸足で逃げだしてしまう。

 男性はどかっと椅子に座って、膝の上に太ももを乗せている。態度でかいな。


「では、お名前と簡単な自己紹介を――」

「その前に聞くけどよぉ、そこの小娘、おまえうちのお嬢様をさんざん虐め倒してくれたみてぇだな?」

 お兄様の言葉を遮って濁声で唸る男性。その目は――私か。私を見ている。

 私はカードをテーブルに置いて、ひとつ、ふたつ、呼吸を整える。えーっと、私が虐め倒したお嬢様なんて心当たりないけど。こじつけであり得るとしたら――


「こちらの指示に従っていただけないのならば、ご退場願いますが?」

 相手の素性を推し量る私の隣で、お兄様は笑顔で応対している。笑顔だけど、左の拳に青筋が立っている。相当怒ってるな、お兄様。

 男性は営業スマイルを崩さないお兄様を一瞥した後、「男に用はねぇ」と吐き捨ててまた、私に狙いを定めてきた。


「懸命なお嬢様をいびって嘘つき呼ばわりして、あの可憐で健気なお嬢様が家でさめざめと泣いておられた。おまえが悪いんだと言ってな!」

「営業妨害と見なしてお帰り頂きますが、よろしいですね?」

「あ? できるもんならやってみろ。お嬢様の心を傷つけただけじゃ足りず、こんな埃っぽい店を構えやがって。おまけに我が侯爵家との取引先からもそっぽ向かれる始末だ。この落とし前、どう付けてくれるんだ……」

「はい! お客様のお帰りでーす!」

 私は立ち上がり、テーブルの脇に置いていたハンドベルを持って大きく振り鳴らす。とたんに、私たちの後のドアが開いてどやどやと入ってくる男爵家の兵士たち。


 男性は、私たちが護衛なしで面接やってるんだと思ってたんだろうね。甲冑姿の兵士に四方を取り囲まれるとさっと青ざめる。入り口の所で持ち物検査をしていたから当然、この男性も武装解除されている。


「な、なんだこいつら!?」

「私の信頼できる護衛たちです。……皆。どうやらあの人は、書類偽装していたそうですよ。ここには王都の伯爵家の従僕だと書いていますが、おそらくアレンドラ侯爵家の使用人でしょう」

「は、はぁ? ガキが何を……」

「メルティは嘘つき」

「! てめぇ、お嬢様のことを……」

「はい、連れて行ってくださいな」

 その後も男性は何か騒いでいたけど、筋肉と鎧ガッチガチの兵士たちにサンドイッチされてご退場いただいた。廊下で順番待ちしている受験者たちがざわついているようだ。


 ぱたん、とドアが閉まってから、お兄様は固めていた拳を緩めてふーっと息をつく。


「……男爵家から兵士を連れてきてよかった」

「本当に。男性相手なら、ベアトリクスやカチュアではどうにもなりませんから」

 私たちやお兄様以外に人を連れてきたのは、こういう場面を想定していたからだ。「ティリスのすずらん」は王都にまで進出する企業になったけれど、おそらくこの躍進を快く思わない者がいるだろう。どっかの侯爵家とか、侯爵家とか。

 もしヒステリックな女性だったらベアトリクスたちで捻り潰せるけど、大柄な男性だと女性だけではどうにもならない。お兄様も剣術は嗜むそうだけど、さすがに体格が違いすぎると難しいっておっしゃってた。だから武装した兵士を呼んでいたんだ。あ、武装と言っても剣帯はしていないよ。さっきみたいに甲冑で相手を押し出せばいいから。


「それにしても……アレンドラ侯爵家は、財政も傾いているのですね」

 さっきの男性のエントリーシートをぽいっと「処分」箱に入れてお兄様に言うと、お兄様はしばし考えた後、頷いた。


「そうだな……何しろ、現侯爵がもう使い物にならなくなっている。おまえも知っている通り、あの一家はメルティ・アレンドラを溺愛するあまり、諸侯の反感も買っている」

 私は頷く。卒業式の日、公衆の面前でアレンドラ侯爵がオルドレンジ侯爵とレイル伯爵にボッコボコにされたというエピソードは聞いていたし、巷でも有名になっていたそうだ。


「息子のヨハン・アレンドラは、いまいち人間的によく分からない人物だが、父親よりは冷静に義妹と接しているとの話だ。おまけに……アレンドラ侯爵家とティリス男爵家が不仲だってことは、誰もが知っている。前に、どっかの商家の息子が謝りに来たんだろう? あのパターンだよ。『ティリスのすずらん』に逆らう者は総スカン喰らうんだ」

 なるほど……ロット・マクラインの時もそう言ってたな。かつてティリス男爵令嬢|(=私)を追いつめた事実があるため、マクライン家は各諸侯や商家からそっぽを向かれることになった。追いつめられたロットが実家の名誉回復のために「ティリスのすずらん」に来たのが、今年の春だったな。


 さっきの男性はアレンドラ侯爵家の使用人で、お嬢様(=メルティ)の名誉(笑)回復のために乗り込んできたんだ。それが誰かの命令を受けてなのか、自発的にやったのか、分からない。前者だと嫌な予感しかしないな。

 となると、「ティリスのすずらん」と敵対するアレンドラ侯爵家はいずれ本格的に財政難に陥り、メルティが私たちの所に謝りに来るのか?


 ……ないな。絶対にない。そもそも、メルティは自分が嘘つきだとか、パクリだとか、虚言癖があるとか、思ってない。自分が悪いと思っていないからあそこまでぶっ飛べるんだ。メルティがロットのようにボロ布纏って謝罪に来たら、明日は雨が降るとかじゃ済まない。この星が爆発する。

 私たちは顔を見合わせた後、肩を落とした。今は考えても仕方ないな。


「次の人、呼ぶよ」

「はい」

「……三十五番、入ってください」

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