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兄と一緒に計画を練ったこと

 新店舗の見学をして、もう少し注文を加えるところを親方に伝えてから、私たちは持ってきたお弁当を食べた後、次の目的地に急いだ。


「やあ、待ってたよアリシア。ベアトリクス嬢もカチュア嬢も、ようこそいらっしゃいました」

「ただいま、お兄様」

 私たちは二ヶ月ぶりにティリス男爵家の門をくぐった。私たちを出迎えたのは、ロイドお兄様。シンプルなシャツにスラックスというラフな出で立ちのお兄様は私たちを応接間に通した。応接間のガラス製のテーブルには、いくつもの書類が分類されて並べられている。


「アリシアたちが来る前にある程度整理しておいたよ」

「本当にありがとうございます、お兄様」

「どうってことないよ」

 お兄様に促されて、私たちは並んでソファに座る。私たち三人と向かい合うようにお兄様もソファに腰掛け、テーブルに置いていた書類を手に取る。


「この二月間で、かなりの募集が入った。僕の方である程度の篩には掛けておいたけれど、アリシアたちも目を通すよね?」

「もちろんです」

 私たちはそれぞれ、お兄様から資料をもらう。これは、お兄様が考案してくださった「ティリスのすずらん」従業員の希望者票――バイトのエントリーシートみたいなものだ。


 従業員募集の考案時、エントリーシートの活用を提案したのはもちろん私だ。この世界にはない形式でのエントリーシートの提案に、お兄様もベアトリクスたちもびびってたけど、とやかくは言われなかった。パンの作り方にしても何にしても、私の破天荒な発想にはもう慣れちゃったんだろうね。

 従業員募集を掛けて二ヶ月。募集は締め切って、お兄様の方で大雑把な篩に掛けてもらった。中には、どう考えてもやる気のなさそうなものもあるからね。そういうのは弾いて、骨がありそうなものをまとめてくれている。


「ホール係とキッチン係で、採用を分けるのですよね」

 カチュアに確認されて、私は頷く。


「それぞれ必要とされるスキルが違うからね。キッチン係なら、ある程度調理経験がある人が望ましいし、いざとなったら試験で簡単な調理をしてもらってもいいかもね。ホールの方は、接客が得意そうな人を採用したいところだね」

 中にはベアトリクスやカチュアのように、天性の才能でホールもキッチンも両方できてしまう人もいる。でも、たいていはそれぞれの担当分野で頑張ってもらう。できるなら、たくさんの人を採用していきたいからね。

 私たちは四人で、書類に目を通して適性ごとに振り分けつつ、お喋りに興じていた。


「……にしてもアリシアたちももう十七歳か。僕も年を感じるよ」

「何を言いますか。お兄様はまだ二十歳でしょう」

 お兄様はいかにもモブって感じの普通顔だ。もちろん私もだけど。でも、穏やかで人当たりが良くて、学院でも十分な成績を修めていたからそこそこモテる。具体的にどこのお嬢さんが、とかまで突っ込んだ話は、妹は知らないけれど。


 ただお兄様は結婚願望もないらしくて、「のんびりやっていけるなら何でもいいや」と、お父様たちからそれとなく振られるお見合い話ものらりくらりとかわしている。面倒なことが大っ嫌いだから、どこかに婿入りしてガツガツ働いて立身出世、ってのは絶対御免被るそうだ。結婚するなら、一緒に男爵領でのんびり過ごせる相手がいいのだと。

 お兄様はピシ、と指の先で書類をめくって、肩をすくめた。


「僕のことはいいんだよ。アリシア、おまえもいい年じゃないか。接客業をしていて、いい人は見つかったりしたか? そういうこと、教えてくれないよなぁ」

 うっ! 答えにくい問題を突っ込んできた!

 そういえば、お兄様にもお父様にも、レグルス王子のことは教えていないんだ。同じ女として、お母様にはちょろっとだけ相談して、「お父様やお兄様には言わないで」と釘を刺している。だからお兄様は、私がレグルス王子にプロポーズ(と思われる何か)をされたことを知らない。知ってたら、こんな話題を振らないだろうよ。

 言葉に詰まった私に助け船を差し出したのは、意外にもベアトリクスだった。


「嫌ですわ、ロイド様。アリシアは花も恥じらう女の子。実のお兄様にお話しできない恋愛事情があってもおかしくないでしょう?」

 つまり、「妹の恋愛事情に首を突っ込むな」という遠回しなブロック。ありがとう、ベアトリクス!

 お兄様はベアトリクスに言い返せないのか、うっと言葉に詰まっている。


「そ、それもそうだよな。すまない。ただ……店の方でてんてこ舞いで、好きな男と会う時間もないのだとしたら、少しでも協力できたらと思っただけで……」

「まあ、ロイド様は妹想いなのですね」

 そう言って笑うカチュア。


「では、ロイド様。もしロイド様がアリシアのお店にいらしたとき、アリシアが『今日はデートなの!』と言って、ロイド様の知らない男性と腕を組んでイチャイチャしていても、ロイド様は平気なのですか?」

「うっ……す、少しだけ、微妙な気持ちかもしれない……」

 お兄様、タジタジだ。飄々としたお兄様が言葉に詰まる姿、滅多にないぞ。


「でしたら、温かく見守ってあげてくださいな」

「……り、了解した」

 お兄様が、負けた……だと?


 ちらっと横を窺うと、ベアトリクスとカチュアはにっこりと微笑んできた。

 ……何にしろ。デリケートな話題から庇ってくれてありがとう、二人とも!









 お兄様がまとめた書類を全て、チェックしてラベリングする。書類の右上に通し番号を打って、後日行う採用面接に向けての準備を進める。


「採用試験会場は、『ティリスのすずらん』本店。少し人手がほしいから、男爵家の使用人を借りてもいいですか、お兄様」

「構わないよ。ただし、採用に関する事務は全てアリシアたちと、それから僕で行うからね。彼らに採用事務の類はさせられないから、それだけは知っておいて」

「もちろんです」

 その後、私はお兄様たちと採用面接実施要項をまとめて郵送する手続きをしておいた。ほとんどの希望者は男爵領内で暮らしているから、郵送も楽だ。


「じゃあ、前日には僕もそちらの地方に行くから、詳細な要項はその時に教えてくれよ」

「はい、ありがとうございますお兄様」

「感謝します、ロイド様」

「よろしく頼みますわ」

 話し合いは夜まで掛かったから、男爵家の屋敷で夕食を食べてから、三人で店まで戻る。お父様やお母様は「泊まっていったら?」と言ってくれたけど、明日の仕込みがあるから今日中に帰りたかった。お土産だというフルーツや、石鹸などの日用雑貨をもらって私たちは「ティリスのすずらん」に戻った。




 新店舗を見たばかりだから、こぢんまりとした一号店はひときわ貧相に見える。でも、ここは私たちが立ち上げ、育ててきた店だ。


 十五歳の冬、学院を自主退学して翌年の春、ベアトリクスたちを加えて本格的に業務スタート。晩秋には王城に招かれての料理対決|(?)、今年の春にはかなりの数の領主と契約を結べて、今、夏に至る。

 私たちは三人とも、十七歳の誕生日を迎えた。二年前より私たちは大人になって、もうベアトリクスなんてお色気ムンムン、三人お揃いのエプロンの胸部がはち切れんばかりだ。カチュアは背が高くて、剣術は普段からたしなみとして運動がてら練習しているから、すらりとカモシカのように無駄な筋肉のない脚と、鍛えられた体躯が眩しい。それでも丸みや女性らしさを失っていないのだから、もう感嘆のため息しか出ない。


 ちなみに私はというと、ちょっと前に身長の成長は止まった。三人の中では私が一番背が低くて、たぶん体重もあると思う。重い小麦粉の袋を持ったり、家の雨漏りがしたときには大工仕事をしたりしたため、腕の筋肉はちょっとばかし自信がある。でも、ベアトリクスやカチュアのような見事な体型には程遠いのであった。くすん。


 「ティリスのすずらん」に戻ってきた私たちは、カチュアが淹れたお茶で一服。その後、明日の仕込みに移った。


「従業員の採用面接には、チェリーも呼ぶそうですわね」

 小麦粉の分量を量っていると、具材を切っていたベアトリクスが声を掛けてきた。唾や髪の毛が入ったらいけないから、作業中はみんな、三角巾とマスク|(この世界にマスクってのはなかったから、私が布と糸で作った)を着用している。ベアトリクスの声はくぐもっているけど、その手は正確に野菜をみじん切りにしている。本当に、元悪役令嬢たちは器用だよ。


「ええ。チェリーなら接待もお願いできると思って。それに、私のお店に来てみたいと言っていたから。……ん? ベアトリクスたち、チェリーと仲が良かったっけ?」

「そこまでではありませんが、学院の卒業式の時、あなたを待っている間にちょっとお話をしたのですわ。ねぇ、カチュア?」

「アリシア思いのいい侍女でしたね。頭の回転も速いようでした」

 少し離れたところでドライフルーツをお酒に漬けていたカチュアが言う。果実酒にドライフルーツを漬けて生地に練り込むと、いわゆるパウンドケーキみたいなのができあがる。このお酒も、酒造で有名な領主と契約して仕入れてきたものだ。売るときには、必ずその領地名をポップに載せることを約束している。

 チェリーを褒められると、なんだか私まで嬉しくなる。


「ありがとう。チェリーは一生懸命だからね……ちょっと、思いこみと妄想に走ってしまうことがあるけど……二人も、チェリーに何か語られなかった?」

 私が問うと、ベアトリクスとカチュアは顔を見合わせる。あ、これ、「心当たりある!」って二人の顔が語ってる。

 しばし二人で無言で意思疎通した後、口を開いたのはベアトリクスだった。


「そうですわね……レグルス王子とアリシアがなんたらかんたらと、熱く語ってましたわ」

 うっ! そうか、あの時って私がレグルス王子と一緒にいた時だ! 二人にはチェリーと一緒に待機してもらって、私は王子にブーケを渡して、それから――


 どむっ! と小麦粉の袋が私の足の上に落下する。あ、足の上でよかった! しかも袋、まだ開封してなくてよかった! 開けてたら一面銀世界になってた!

 ベアトリクスとカチュアは硬直した私の顔を見、そしてはーっ、と深いため息をつく。


「……相当悩んでいるようですわね、アリシア」

「もう、二ヶ月経ちますからね」

「え、えっと……」

「いいのですよ、アリシア。レグルス王子も待っていてくれるのでしょう?」

 優しくカチュアが遮ってくれる。ベアトリクスも、真顔でこっくりと頷く。

 ――二人とも、待っていてくれてるんだ。なかなか私がこの話題を出さなくても、聞き出そうとせずに……。


 私はしゃがんで小麦粉の袋を持ち上げ、二人に向き直った。


「後で……仕込みが終わった後で、話を聞いてもらってもいい?」

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