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自分の思いに戸惑ったこと

 何秒経ったのかな。


 いや、ひょっとしたらもう何分も経っているかもしれない。


 するりと、私の手がレグルス王子の拘束から解放され、ぱたりと元の位置に戻る。


 私は呆然と、レグルス王子を見上げていた。超級ジェットコースター並みの出来事に、顔が赤らむことさえ追いつかない。


 ――レグルス王子は、今、何て?


「……アリシア」

「ひげっ!?」

 ……最悪だ。驚きすぎて馬鹿丸出しの声が出た。


 でもレグルス王子は私の悲鳴にも頓着した様子もなく、私から距離を取る。レグルス王子の体の温もりが、遠のく。

「……私が言いたかったことは、以上です」

「え?」

「……選ぶ権利は君にありますよ、アリシア。私は、君を縛りたくはない」

 そう言ってレグルス王子は苦く笑って、傍らに置いていたブーケを拾う。


「……私は、王になるのなら妃だけは自力で決めたい。となれば、私が妃に迎えたいのはあなただけです。でも、あなたが私のことをどう思っているか分からない。無理強いをして妃に据えても、誰も幸せになれない。あなたも、『ティリスのすずらん』を続けられなくなる。最悪の展開です」

 レグルス王子は考えながら言っているのか、言葉を途中で切りながら言う。私も、ひとフレーズずつをゆっくり噛んで飲み込みながらレグルス王子についていく。


「……だが、もし私とあなたの想い――加えて私とあなたの利害が一致するのならば、改めてプロポーズさせてもらいたいと思います。私はあなたと幸せになりたい。あなたを幸せな妃にしたい。そのためなら、何でもする。……急ぎはしません。私は、あなたの口からノーと言われるまでのんびりと待ちます」


 私の脳が、レグルス王子の言葉に追いついた。


 レグルス王子は、私を妃に望んでいる……つまり、私と結婚したいと言っている。


 今になって、レグルス王子の行動の意味が分かった。王子は、私と結婚して……妃になる私に、あのドレスを着て王城に来てほしかったんだ。


 そしてこれからも、レグルス王子に贈られたドレスを着る日々を過ごしてほしかった――


「……私は、しがない男爵令嬢です」

「それは違います。男爵令嬢ではありますが、私からしたら大変魅力的な女性です」

「パンをこねて竈に放り込むしか脳がありません」

「自らパンを作れる王妃なんて、他国にもそうそういない。私はすばらしい才能を持つ妻を持てて幸せだと、惚気てしまいそうだ」

「顔も何も地味子ですよ」

「私にとっては大変愛らしい顔立ちです」

 ……だめだ、これは。言い負かせそうにない。


 ようやく、私の頬の血管の動きが話について来れたようだ。じわじわと熱を持ち始めた頬に手をやり、私はどうしようもなくってずるずるとソファに沈み込んでしまう。


 (遠回しだけど)プロポーズされた。未来の国王陛下である王子様に。私が。このモブ中のモブ、キングオブモブの私に。いや、女だからクイーンオブモブか。うん、どうでもいい。


 私が王室に入るとか、それってどうなんだ。どうなんだと思うけど、さっきレグルス王子も言ってたな。王子が選ぶのなら、妃にしてもいい的なことを。無責任な、国王陛下め。突然指名された方の気持ちにもなってくれ。


 ……それにしても。


 私は……私は、どうなんだ?


 そもそも、私はレグルス王子のことをどう思ってるんだろう?


 一緒にいたら、確かにまったりできる。一国の王子様だけど、本人は至ってフランクだし気さくに話しかけてくれる。「ティリスのすずらん」に届く手紙はいつも優しい愛情が籠もっていて、届くのが楽しみだった。


 立派なドレスを贈られて、嬉しかった。ドレスを着た姿はろくに見せられなかったけれど、もう一度、ちゃんと着た姿を見てほしい。それから、あの日だまりみたいな笑顔を浮かべて、「きれいだ」って言ってほしい――


 私は、レグルス王子のことを――


 ――トントントン。

 空気を読まないドアノックの音が響く。


 レグルス王子は顔を上げた。どことなく苛立ちの含まれた声で用件を尋ねると、王子の迎えの馬車が着たとのことだった。

 時間切れだ。


 私は急ぎ、レグルス王子に歩み寄る。


「あの、レグルス様。私は――」

「無理に結論を出そうとしなくていいですよ。さっきも言ったように、私はあなたの言葉を待ちます。あなたの口からノーと言われるなら、潔く身を引きます」

 レグルス王子はやんわりと私を遮った。今の私は多分、「解せぬ」って顔をしていたんだろう。王子は苦笑いして、手を伸ばしてきた。


「……私は待つから。他人想いで突拍子もなくて、目を離すことのできない……あなたのことを、待っています。そして私も、あなたに選んでもらえるような王太子になります」

 レグルス王子が手にしたのは、私の髪の房。ありきたりすぎる地味子の象徴みたいな茶髪が、レグルス王子の指先に捉えられて――


「……だから、今日はさようなら。アリシア」

 ――ゆっくりと、レグルス王子は髪の房に口付けを落とした。









 レグルス王子が慌ただしく馬車に乗り込み、屋敷を出ていってしばらくした後の、リビングでは。

 ベアトリクスは、上機嫌でクッションの上に横になっていた。自分の背後では、チェリーがベアトリクスの長い髪をタオルで挟み、水気を落としてくれている。


「ありがとう、チェリー。わたくしのことまで面倒見てくれて」

「お嬢様の大切なご友人ですもの。当然のことです!」

 チェリーは鼻息荒く続ける。


「それに……あああ! 私、今お嬢様とレグルス王子が何をしているのかを思うと、そわそわしてしまいます!」

「奇遇ですわね、それはわたくしも同じよ」

「ですよね! ……はぁぁ、お嬢様は頑なですから、レグルス王子がどう押していくのかやら……ああっ、私ったら何てはしたない妄想をッ!」

「賭けますか、ベアトリクス」

 そう言うのは、近くの椅子にゆったりと座って本を読んでいたカチュア。彼女は先に髪だけ洗っていたので、もうだいぶ乾いている。


 カチュアは本を脇に置き、薄桃色の唇をニッと三日月形にした。


「賭事は学院ではご法度でしたが……そうですわね、平和的に行きましょうか。明日のパン、アリシアが作ったキャラメルロールを食べる権利を賭けて」

「乗りましたわ! わたくしは、『私の王妃になってほしい』に!」

「なるほど。ではわたくしは、『私と二人で幸せになろう』とか?」

「むむ、そちらもありえそうですわ」

「難しいところですね、でも」

 ベアトリクスとカチュアはそれぞれの目を見合わせ、そしてニッと笑みを浮かべ合う。


「楽しみですわね」

「楽しみですね」









 ――翌日。

「アリシア! どういうことですの!」

「な、何が?」

「お一人様一個しか販売しないキャラメルロールが……一つずつ……?」

「あ、ああ……それはチェリーに頼んで作り置きしていたものを持ってきてもらったの」

「どうして? これ、賭けの商品なのですわよ!」

「賭け……? いや、二人には昨日も迷惑掛けたから、力作を二人に食べてもらおうと思って二つ持ってきたの」

「……そ、そうですか」

「それより……賭けって、何?」







 「げっ」て顔をしたベアトリクスとカチュアを問いつめて、二人の賭けの正体を知ることになった私は。

「えっ、それ、両方とも言われた……」

「「両方!?」」

 別の案件が持ち上がってきて、苦悩することになるのだった。

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