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あまりの展開に混乱しそうなこと

 レグルス王子たちが屋敷に来たのは、深夜を回ってからのことだった。


 私は屋敷に戻るなり部屋に押し込まれ、チェリーとカチュアが見守る中、ぼんやりと窓の外を見ていた。

 途中、チェリーが夕食を持ってきたけど、食欲はなかった。断ろうとすると、「そんなフラフラの状態でレグルス王子をお迎えできますか?」とカチュアに冷静に指摘されたから、のろのろとスプーンを持ち上げた。


 私の希望で、チェリーとカチュアも部屋で一緒に食べてくれた。今頃学院はどうなっているんだろう、と思うと喉がきゅっと絞られたかのように苦しくなる。それでも、レグルス王子に会った時にちゃんとお話しできるようにと、最低限の食事は終えた。


 ――深夜。ティリス男爵家の屋敷の前に荒々しく馬車が停められ、疲れた表情のレグルス王子とベアトリクスがやって来た。


「レグルス様、ベアトリクス!」

 私はすぐさま二人に駆け寄った。ちゃんと夕食を食べたから足元がふらつくこともなかった。カチュアたちに感謝だ。


 二人はそれぞれ式典に出たときと同じ軍服とドレス姿だったけれど、かなりよれよれになっている。後からやって来たチェリーが二人に湯浴みを勧めたけど、二人とも丁重に断った。先に報告だけしてくれるそうだ。

 私はチェリーたちに、せめてくつろげるようにと部屋着を出してもらった。二人が動きやすい部屋着に着替えると、まだ夕食も食べていないそうだからパン(屋敷の使用人たちがうちのパンを買っていてくれた!)をつまみに出して、応接間に通した。


「――ということで、駆けつけてきた父上からもこっぴどく叱られて、フィリップ王子は再び王城に監禁。メルティ・アレンドラは、父親に連れられて領地に引っ込むことになったそうです」

「アレンドラ侯爵はヨハン・アレンドラと一緒にごねていたけれど、わたくしとカチュアのお父様が黙ってらっしゃらなくて、最終的には折れて皆の前で謝罪をなさってましたわ」

 レグルス王子に続いて、ベアトリクスもそう付け加えた。パンを千切ってレグルス王子が話している間に口に運んでいるので、彼女の食欲はひとまず大丈夫そうだ。


「……やっぱり、ロットにしろフィリップ王子にしろ、メルティの近くにいるとおかしくなってしまうものなのでしょうか」

 私が意見を述べると、レグルス王子とベアトリクスは顔を見合わせた。どうやら二人も同じことを考えていたみたいだ。しばしの空白の後、レグルス王子が口を開く。


「……二度とこのようなことを起こさないために、メルティ・アレンドラを本格的に閉じこめる必要がありますね」

「アレンドラ侯爵もかなり参ったそうですから、今後は家に閉じこめておくことでしょう。そうしないと、王家の信頼崩壊にも繋がりかねませんわ」


 その後、レグルス王子とベアトリクスは食事をしつつ、情報交換をした。メルティがまたしても私をパクリ扱いして、あまつさえ「ティリスのすずらん」の仕事を見下したことに関しては、もう呆れしか湧かない。どうしてそうやって、反感を買うようなことをさらっと言えるんだ。せめて思うだけにしようよ。


 話す内容が落ち着いた頃、ちょんちょんとチェリーが私の袖を引っぱった。

「お嬢様……ブーケ」

「あ」

 そうだ。レグルス王子とはろくに話もできず、ドレスのお礼もブーケ渡しもできなかった。


「レグルス様、少し時間いいですか?」

 私が言ったとたん、レグルス王子よりもベアトリクスとカチュアの方が反応した。すたん、と二人は同じタイミングで立ち上がる。


「ではわたくしはお湯をもらってきますわ。カチュアはもう入って?」

「髪だけで、湯浴みはまだです。……チェリーさんと言ったかしら。お湯まで案内願えます?」

「はいっ!」

 あれよあれよと言う間にベアトリクス以下三人は出ていってしまった。空気を読んだのか何なのか、壁際に控えていた使用人も忽然と姿を消している。


 ……ま、まあ、誰もいない方がやりやすいよね!


 私は反射的にレグルス王子から視線を逸らし、そしてチェリーが残していったブーケを取り出して王子に向き直った。

「えーっと……ごほん。まずはレグルス様、ご卒業おめでとうございます」

「ありがとうございます、アリシア」

 レグルス王子はさっきまでの殺伐とした話題中の表情から一転、ふわりと優しい笑みを浮かべて立ち上がった。


 私は王子の手にそっとブーケを乗せる。少しだけ萎れてしまっているけれど、仕方ない。

「それから……きれいなドレス、ありがとうございました。私の好みにぴったりで、本当に嬉しくて……」

「……そうですか。気に入っていただけで何よりです」

 レグルス王子はそう言って本当に嬉しそうに笑う。


「ただ……気にくわないですね。私があなたにドレスを贈ったら毎度のごとく、フィリップ王子たちが絡んでくる。今度こそは彼の唾液はもちろん、吐息すら届かない場所で着てほしかったのですが」

「……ま、まあ、息くらいは勘弁してください」

 この世界のどこかにフィリップ王子はいるんだから、王子が吐き出したCO2を一切吸い込むな、ってのも無理な話だよ。


「それに……やっぱり私にあのドレスを着る機会は多くないと思いますし。多分、今後しばらくはこの屋敷の衣装部屋に飾ることになりますよ」

「それはもったいない。私は、あなたが私の贈り物で着飾った姿を何度でも見てみたいと思っているのに」

 ……殺し文句だ、これは。


 私は思わず眉間に手をやった。レグルス王子はあまりにもさらりと言ってのけるけど、ひょっとして慣れているんだろうか。見た感じは硬派そうだけど。

 ……硬派な見た目でいろんな女性に贈り物をしていると思うと、イメージが崩れまくって嫌だ。


「レグルス様……このドレスだけでも、私には身に余るほどの光栄なのです。私は男爵家の娘。王城にドレスを着ていくことなんて、この先何度もあるとは考えられません」

「それは分からない。いずれ力のある貴族の元に嫁いだ場合、夫に随行して王城に上がることがあるかもしれない」

 今日のレグルス王子はやけにいろいろ突っ掛かってくる。突っ掛かってくるといっても、嫌な感じはしないけれど。どっちかというと淡泊そうだと思っていたから、意外だ。


 レグルス王子が折れてくれる気配が微塵も見られなくて、私はため息をついた。

「おっしゃることはもっともです。まあ、こんな野性的な娘をもらう高位貴族なんてそうそういないでしょうが。それに、夫と共に夜会に行くなら普通、夫から贈られたものを着るものでして……」


 ……。


 ん?


 なんだろう、この話の流れ?


 私は静かに顔を上げた。レグルス王子は持っていたブーケを近くのテーブルに置き、意図の読めない笑顔で私を見つめている。


 ……その笑顔は、何?


 えっと、まさか、ね?


「……えーっと、レグルス様?」

「……何?」

「いえ、あー、話戻しましょうか?」

「いや、大丈夫ですよ。……いろいろ突っ込んだことを聞いてすみません、アリシア」

「あー……いえ、いいです」

 何なんだ、このやり取り。


 私はぐるぐると新しい世界を開拓している自分の頭を抑えて唸っていた。レグルス王子はそんな私を見ていたけれど、ふいに彼の声色が変わった。


「……アリシア。聞いてほしい」

「え、はい」

「私はこれから、城に戻る。戻ったら……父上やサイラス兄上に対して、正式に宣言するつもりです」

 私はレグルス王子の緑の目をじっと見返す。その双眸には、きょとんとした私の顔が映り込んでいる。

「……何を、ですか」

「王太子候補に名乗りを上げることです」

 レグルス王子は、はっきりと告げた。


 私はしばし、彼の言葉を理解することに時間を要する。


 レグルス王子が、王太子候補に名乗りを上げる。それはつまり……。


「……サイラス王子が、いらっしゃるではないですか」

 私は静かに問う。でもレグルス王子はしばし悩んだ末、首を横に振った。

「……兄上は王太子の座を辞退なさりました」

「な、なんで!?」

「兄上が病気がちということはアリシアも知っているでしょう。兄上はもう、公務に出ることも難しいとおっしゃっている。昨年の晩秋にお会いしたとき、あれが一番楽な時期でそれ以降は不調の一途でした。父上もサイラス兄上の奥方も承知のことで、兄上は王太子の座を辞退された。もうじき、離宮に移られます。国民への告知も、もう間も無く行われます」

「そんな……」


まさかサイラス王子が辞退するなんて。三兄弟の中で一番安定した地位を保っているのがサイラス王子だったから、世間一般ではサイラス王子が次期国王だと皆語っていたんだ。


 でも、それじゃあつまり――?


 私の言わんとすることを察したように、レグルス王子は肩をすくめて続けた。


「……第二王子のフィリップは、あの様だ。彼は此度、民衆の前でも暴言を吐いてしまった。更正は難しいし、王子が王太子になったとしても、果たして民が彼に従うかどうかも怪しい」

「そんな……じゃあ、レグルス様……」

 残された道は、ひとつしかない――


 レグルス王子は、全てを悟ったように、緩く微笑んだ。

「そう、私が次の王になるんですよ。異母兄弟フィリップを完全に叩き落として――私が、国を守る」


 威厳と覚悟に満ちたレグルス王子の言葉。


 私は、一国民として――そして、未来の国王陛下の臣下の一人として、やるべきことはひとつだ。


 私は静かに、その場に膝を突いた。レグルス王子が微かに鼻を鳴らすのが聞こえたけど、翻意するわけにはいかない。


「……未来の国王陛下に、最大の敬愛と……忠誠を」


 ――二年前の冬。学院を去る日、私は雪の上でレグルス王子に同じように誓いを述べた。


 あの時は、「敬愛と感謝」だった。でも、今は違う。


 レグルス王子は、いずれ王となるべき人。私は彼の遥か下方で、パン屋として全力を尽くすべき人間。


 私の貴族としての、国民としての忠誠はいずれ、レグルス王子の元に。


 頭上で、レグルス王子が息を呑むのが聞こえる。


「私は、レグルス様の忠実な臣下となります。あなたの御代が善きものとなるように、祈りながら……私は、故郷でパンを焼きます」

「……待ってください、アリシア」

「私は、あなたが幸せになることを何よりも願って……」

「アリシア、ちょっと静かに」

 言葉途中で遮られて、私はいたく不満ですよ。


 ゆっくり顔を上げて抗議を示すと、レグルス王子は私を何とも言えない――今にも泣きそうに目元を緩めて、私を見下ろしていた。


 どうして、そんな顔を――?


「……アリシア、君の想いはよく分かった。とても嬉しいよ、ありがとう」

「レグルス様、その」

「私はこれから、王太子としてフィリップ王子はもちろん、サイラス兄上にも負けない実力を付けるつもりだ。そのためには、何だって受け入れる。私を妾腹の子だと詰る者にも負けたりはしない」

 やっぱり言葉は遮られたけど、あまりにも王子が熱を込めて言うから、私は釣られるようにうんうんと頷く。


「だが……一つだけ、我が儘を言わせてもらいたい。これは、父上からも了承の取れていることだ」

「はぁ」

 いつの間にかレグルス王子、丁寧語が取れている。

 王子は一歩、私との距離を詰めた。ぶらんと力なく垂れ下がったままだった私の手が、王子の手に絡め取られ、胸の高さまで持ち上げられる。


 ……あれ? こんなスチル、どっかで見たような……。


「私は、私の生涯の伴侶となる者は自力で見つける。父上も、私が探し出した者ならばそれが最も相応しいだろうとおっしゃってくださった」

 ……え?


 ちょっと、待て。それって……?


 レグルス王子は、緑の目に私を映している。私だけを、映している。


「私は、君を見つけた。君なら、私を支えてくれる。君の前なら、私は肩の力を抜いて全てに挑むことができる」


 待って、それ以上言わないで――


「……アリシア、私は――」


 それを聞いたら、私――


「君を、王妃に望んでいる」

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