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判断を下したこと

 私たちはその日のうちにマクライン家当主を男爵家の屋敷に呼びだした。もちろん、満身創痍のロットも連れて、だ。


 マクライン家側からは、ロットの両親と兄二人、妹一人が駆けつけてきた。そういえば設定資料に、ロットは四人兄弟の三番目だって載ってたっけ。他の面々はロットほど荒んだ格好じゃないけど、マクライン商家の人間だとは思えないくらい窶れて、粗末な衣服を着ていた。


 「絨毯が汚れますわよ?」とのベアトリクスの容赦ない助言を受け、面会は庭のガゼボで行われた。うち、ガゼボあるんだよ。庭だけは広いからね。


 私側には、ベアトリクスとカチュア、そして次期当主のお兄様も同席してくださった。人数的には向こうの方が多いけど、まあ戦力が違うわな。うちのお父様とお母様は、庭がよく見える応接間で待機している。もし、もしも相手が暴挙に出るなら、飛んでくるそうだ。


「……ロット・マクラインからの謝罪は聞きました」

 名を名乗るだけの自己紹介を終えて、私は早速切り出す。この場で発言権があるのは、基本的に私と、マクライン家当主だけだ。私は、ロットとよく似ているけれどかなりくたびれた雰囲気の中年男性を真っ直ぐ見据える。


「その時に彼に言ったように、私は彼を許すことはできそうにもありません。私は……謝りに来るのなら、彼が己の行動を顧みて、私を集団で囲んで詰ったことを後悔してからこそ、来てほしかったのです」

「……申し訳ありません、ティリス男爵令嬢」

 当主はテーブルに這いつくばらんばかりに頭を下げる。それは彼の妻も、後の子どもたちも同じだった。ロットの妹で、まだ就学年齢でもない少女まで唇を引き結んで頭を下げるのを見ると、さすがに胸の奥がチクチク痛くなる。


 ……でも、まだだ。まだ、靡く場面じゃない。


「ロット・マクラインから現在のマクライン家のお家事情も伺ったところです。私はあまり知らなかったのですが……どうやら、学院時代に私を詰ったことは、商売にも大きく影響を及ぼしたようですね」

「はい……少女一人を集団で詰るような者がいる家と、取引したくない。しかも相手は、現在有名なパン屋を経営する男爵令嬢。……今、男爵令嬢の店と繋がりを持つことが、我々商売人が成功する一つの道になっております。我らがマクライン家と契約を結ぶと、男爵令嬢の不興を買うかもしれない。そうして男爵令嬢との契約を断たれたら、経営に支障を及ぼすのはもちろん、社会的にも抹殺されかねないと言われ……既にいくつものお得意様から縁を切られました」


 当主が語る内容は、ロットが言っていたことの補足説明だった。


 つまり、ロットが私たちの所に来るまでに半年掛かったのは、私たちの店が軌道に乗った時間と合致する。「ティリスのすずらん」が繁盛しだしてから、マクライン家もいよいよお家取り潰しの危機が迫ってきた。どうしようもなくなったから、「かつて男爵令嬢を詰ったが、今は令嬢から許しをもらえた」とお得意様に説明できるように、ロットを私たちの所に派遣したんだ。


 私は腕を組んで、しばらく考えるそぶりを見せる。今後の彼らに対する賞罰はもう頭の中で決めていたけれど、もう少し練るつもりだ。


「……ロット・マクラインを私の元に謝罪に行かせるという判断は、間違いではないと思います。ロット個人が学院でしでかしたことの余波が家族全体に降りかかってきたと考えると、あなた方の苦労も忍ばれます」


 でも、まるっと許すことも、「じゃあこれから仲よくしましょうね」と言うこともできない。踏ん切りは、付ける。そのために、この場を設けたんだ。


 私がロットに対して言いたかったことは、全てベアトリクスとカチュアがぶっちゃけてくれた。今、魂の抜けた顔で座っているロットのHPは限りなくゼロに近い。これ以上ここで罵っても、彼の心には響かない。


「……私はロット・マクラインという人間は、許しません。許すことが彼にとってよいことではないと……今の彼を見ていると思えます」

 ただ、と私はマクライン当主が隣の席のロットをぶん殴る前に続けた。


「条件を付けてもよいのならば、マクライン家と他の商家、諸侯との契約を再開するように呼びかけることはできます」


 その言葉に、マクライン家の顔が一気に上がった。まだ不安は残っているけれど、一縷の望みを見出した顔。


 ……私はそんな顔をされるほど、すばらしいことは言っていないのに。


「そ、それはどのような条件で!?」

「まずは、ロット・マクラインの名を取引名簿から削除してください。家から追放しろとまでは言いません。その後の彼の処置は、あなた方でお決めください」


 いくら私の方が関係を取り持っても、相手方の中にはロットがマクライン家に残っているというだけで契約の再構築を渋るところもあるかもしれない。となれば、最初からロットを商売の場に出してはならない。それはきっと、マクライン家のためにもならない。


「ふたつめは……あなた方が今後も商売を続けることは奨励しますが、私たちの店の商品を直接取引しないことです」


 マクライン家が「ティリスのすずらん」製の商品を売りに出さないこと。私たちが商売仲間になることはないと、伝えた。私だって慈善事業で店をやってるわけじゃない。最悪、自領の民と、世話になったオルドレンジ侯爵家やレイル伯爵家の利益になるなら、後は二の次だ。


 私はロット・マクラインという人間を許すことはない。でも、マクライン家に恨みがあるわけじゃない。ロットを除外するのなら、それ以上マクライン家に攻撃を加えるつもりはない。


 私の条件を聞いたマクライン家の面々は、低く項垂れるしかなかった。当主は「ご慈悲に感謝いたします」と平伏し、奥さんは唇を噛んでゆっくり頷く。ロットの兄二人は渋い顔をしていて、幼い妹は大体の今後の展望が見えたのだろう、不安そうな目をしつつも、ベアトリクスに静かに睨まれてさっと視線を逸らした。


 そしてロットは――


 ロットは、とろんとした目でテーブルの隅っこを見つめていた。てっきり、「これからどうやって生きていけばいいんだ!」とか吠えると思っていたけど、そんな気力も残っていないようだ。






 そうして私は、生ける屍となったマクライン家にサインをもらい、こちら側の参加者の署名も記して、「ティリスのすずらん」とマクライン家の契約内容をしたためた文書を仕上げた。この書類は、もし今後マクライン家が私たちとの契約を破った際、彼らを問いつめる材料になる。


 願わくは、この書類が二度とスクラップファイルから出されないことをば。

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