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穏やかな日々を送っていること

 ――グランディリア王国の王族関連の式典は、大聖堂で執り行われる。結婚式や国王就任式はもちろん、王太子就任式や王子王女の命名式もである。


 その理由は、大聖堂には古くから、言い伝えが残っているためである。


 かつて、大陸が戦火に見舞われていた時代。「兵器」と呼ばれる凶悪な戦闘道具が存在していたという。「兵器」がどんな形状のものなのか、それを知るのは代々の国王のみである。


 大聖堂には、大昔に大賢者が封印したという「兵器」が眠っている。グランディリアの冠を戴く者は、国を守ることはもちろん、この悪逆非道な「兵器」を再び人の手に渡さぬよう、守ることを誓わなければならない。





 多くの国民は、「兵器」の存在すら知らない。

 国王は、人知れず「兵器」を守る宿命を背負っている。

 かつて、封印の言霊によって封じられたその力を、二度と目覚めさせてはならない。

 二度と――










 グランディリア王国ティリス男爵領の田舎町にぽつんと建つ、小さな軽食屋。

 規模は狭いけれど、今日も満員御礼だ。


「こちら、新作のギーモヨパンでございます」

 私はカウンター越しに、今奥でカティアが焼き上げたばかりのパンをお客様に見せる。ふんわりと漂う青草の香りに、二十代半ばとおぼしき女性の二人組は、顔を見合わせている。


「ギーモヨって、野に生えている、あの葉っぱ?」

「それってパンに入れるものなのかしら?」

「はい、確かにギーモヨは普段、あまり口にされない野草です。こちらのは、この春に咲いたものを管理し、摘みたてを茹でて裏ごしし、パン生地に練り込みました」


 私は不審そうな顔のお客様に説明する。一般の人は、ギーモヨを食べない。そこらに生えているのは見るだろうけど、食用なのかと疑うのは仕方のないことだ。


 このギーモヨ、見た目は地味だし匂いもあるけれど、食物繊維たっぷりでお腹の中をきれいにしてくれる。お肌の艶などを気にする若い女性にヒットするだろうと思って、春先からギーモヨを掘り起こして、店の前のプランターで育てていたんだ。


 ギーモヨ特有の苦みは甘めのバターで緩和させる。そうしたら、初見の方でも構えることなく食べられるだろう。


 ちなみにこのギーモヨ、日本に自生する、とある植物にそっくりだけど……皆まで言わせるな。


 私がギーモヨの効果――とりわけ美容効果について説明すると、だんだんと二人の表情も変わってきた。


「お肌にいいの? ギーモヨが?」

「はい。そこらに生えているものをお茶にして飲むこともできますが、やはり衛生面が気になりますからね。一番いいのは、種から自宅で植えておくことでしょうね」

「へえ……じゃあ、買ってみるわ。いくら?」

「おひとつだと五イルです。ただ、二つ以上買われると少しずつ値引きしていきます」


 この商法ももちろん、日本でよく見かけたやつだ。


「二つだと本来十イル――一リルのところを、九イルでご購入頂けます。三つの場合、十三イル。四つだと十六イルと、大変お買い得です」

 安くおいしいを購入できる。消費者からしたらこれ以上ない特典だ。一見こっちの不利益に思われるけれど、元々原材料だけだと五イルでも十分なくらいだ。それに、これをきっかけにリピーターが増えてくれれば言うことなし。口コミでさらに多くの人が来てくれれば、もう万々歳。


 結局、二人組のお姉さんたちは一人三個ずつ、合計六個買っていった。小計は本来三十イル――三リルのところを二十六イル。まいどでした!


「アリシア、大きめの馬車が到着しましたわ」

 お客様とすれ違いに、ベアトリクスが入ってきた。彼女は今、外で呼び込みをしていたから、製作用のエプロンじゃなくって華やかなワンピースを着ている。


 侯爵家令嬢だった頃に比べると粗末な服だけど、小花模様のワンピースはベアトリクスの大人っぽい色気を上手く演出しているし、あのボリューミィな黒髪はきっちり括っている。そんな格好をしても決して気品を失わないあたり、ベアトリクスもカチュアもすごいな。


 ちなみに最近、私は彼女たちには敬語抜き――いわゆる「タメ語」で話している。そうしてくれと、二人の方が言ってきたんだ。


 うーん、侯爵家令嬢と伯爵家令嬢にタメ語で話す男爵家令嬢……カオスだ。


「紋章からして、ソレーユ男爵ご一家ですわ。お通ししても?」

「ええ! ベティ、代わりにカウンターに立ってくれる?」

「お任せなさいな」

 ベアトリクスは水道で手を洗って、エプロンを身につけた。彼女にカウンターを任せて、私は裏手に回る。


「ケイト、ソレーユ男爵が到着したよ。お茶出し頼める?」

「まあ、それでは新規契約のお話しですね」

 鼻の頭に粉をくっつけて生地を練っていたカチュアが、嬉しそうに笑う。そして、こねていた生地をボウルに移して寝かせる準備をした後、カップボードに向かった。


「今回は、乳製品の入荷についてでしたっけ?」

「うん。ソレーユ男爵領は牧畜が盛んだからね。最近は質のいい牛乳が採れるらしいから、うちの提携先の一つになりたいっていう申し出があったから。……ちなみにケイト的には、ソレーユ男爵はどう思う?」

「ソレーユ男爵領は、レイル伯爵領の東隣です。男爵一家は非常に気前が良く、朗らかな方ですね。ご自分の領土に誇りを持ってらっしゃるので、まずはソレーユ男爵領の美点を挙げるとよろしいかと」

「男爵領について褒めればいいのね。ありがとう、ケイト」

 私はお茶の準備をするカチュアに見送られ、小さな応接間に向かった。


 ベアトリクスが既にお通ししていたんだろう、既にそこにはソレーユ男爵のご一家がいらしていた。


「お初お目に掛かります、ソレーユ男爵の皆様。わたくし、『ティリスのすずらん』店主のアリシア・ティリスでございます」


 そう言って私は男爵たちに挨拶する。さあ、交渉スタートだ。

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