龍のタクシー
「いやー極楽だわー」
雲海の上に、満っ天の星空、馬鹿みたいにでかい月。
今、俺がいるのは、雲より高いトコ。で、俺が乗っているのは――――龍、だ。
龍の背に乗って、目的地まで案内してもらう。なんて贅沢なんでしょう。
「ちょっと風が強くて、空気が薄くて、尻は熱ぃけど、それでも極楽極楽」
この龍の全長は、二十メートル以上。黒い鱗に覆われて、それはそれはカッコいい。……こうして上に乗ると、肌が燃えるように熱いというのが、少し気にはなるけど。
この龍は、俺のタクシー。いつでも、って訳にはいかんが、呼べばどこへでも連れてってくれる。こんなことができるのは、俺くらいだぞ、くっくっく。
「なぁ、今日は仕事はないのか? おい、暇なのか?」
龍の背中をバシバシ叩いてそう言っても、返答はない。龍の体表は硬くて熱いってのが、あらためて分かるだけ。
「そういや、隣の家の海斗くん、結婚するんだってよ。嫁さんがベッピンさんでな、どーこで捕まえてきたんだか……」
『人間どもの話になど、興味はない』
龍が、ようやっと口を開いた。渋い重低音。その声だけ、くれよ。
「お、やっと喋ったか」
『私は雑音は好かん。黙れ』
「ちぇ」
龍の圧力に屈してしまった俺は、しばらく雲より上の景色を満喫することにした。
人って、不思議だ。綺麗な景色ってだけで、心を動かせる。それだけ人に余裕があって、時間があって、強さがない、ってことなんだろうなぁ。
でもでも、俺は知ってる。龍はもーーっと不思議な生き物だ。龍は全ての生き物の頂点に君臨していらっしゃるんだとさ。笑っちゃうけど。だからこう、次元を落とすっての? 龍はなろうと思えばどんな生き物にだってなれる。海が愛しければ魚になれるし、空を飛びたいと思えば鳥にもなれる。……あ、龍は、元々飛べるな。
そして――――人間に恋をしてしまったら、人間になることすらできる。
『私は、今でも間違いだったと思っている』
龍が自分から口を開いた。何度か聞いたセリフだな。
「またそれかよ? いいか、俺は幸せなんだよ」
それを聞くと、龍は炎を吐いた。これ、溜息だ。
『下らんな。【幸せ】? 私には理解ができん概念だ』
「そりゃあお前に余裕がなくて、時間がなくて、強さがある、からだよ」
『お前の物言いも、理解はし難い。だが無性に腹は立つ。このまま大気圏の外へ放り出してやろうか?』
「やめて」
龍が他の生き物になるのは、一方通行の道だ。二度と、龍には戻れない。
こいつの背に乗っかってなきゃ、俺はこの景色はもう見れない。
でも構わない。あんなに退屈だったこの景色にだって、今は心を動かせるようになったのだから。
『――――お前は変わり者だ』
「俺じゃなくて、人って生き物が変わってるんだよ。てか、今日よく喋るな? しりとりしようぜ」
『喰い殺すぞ』
「わぉ……」
龍のタクシー。
俺だけの、秘密の乗り物さ。