第七話 第一の試練 ─節制─
ブラッド・モルフィンは“食事”を終えると、エレンが詠唱した黒い魔法陣の中に姿を消した。ブラッド・モルフィンの“食事”の対象になった盗賊風情の男達は皆、どこかしらの四肢を切断されていた。右腕と左脚が無い者や、両腕が無い者、両脚が無い者等様々だ。
盗賊風情の男達は皆泣き顔だった。「こんなはずではなかった」と嘆いている。今更遅いがエレン達に絡んだ事を心底後悔しているようだった。
「さて、ルビア。ブラッド・モルフィンの食事も終わった事だし、先に進みましょうか」
「そうですね、エレンさん」
エレンとルビアが盗賊風情の男達を軽蔑の眼差しで一瞥すると、盗賊風情の一人の男が必死な表情でエレンとルビアに叫ぶ。
「ま、待ってくれ!お、置いてかないでくれ!こ、こんな状態で転移装置まで辿り着ける訳が──」
「うるさいわね。そんなに生きたければ這いずってでも転移装置まで辿り着けば?まあ、このままだとその内聖獣があんた達の所に間違いなく来るでしょうけれど」
エレンの冷たい言葉に盗賊風情の男達はルビアに助けを求める。
「なあ!赤い姉ちゃん!お、俺達を助けてくれよ!た、頼むから!」
「嫌です!私達を襲ってきたあなた達が悪いんです!私は知りませんから」
温厚そうなルビアにも見捨てられ、盗賊風情の男達の顔は絶望に染まる。エレンとルビアは盗賊風情の男達を無視して次の階層に向かう。しばらくしてから、盗賊風情の男達の悲鳴が微かに聞こえた。
エレンとルビアは先に進む。ルビアは今の一件で色々と考えていた。盗賊風情の男達に対してエレンは容赦の無い対応をした。命までは取ってはいないが、残酷な事を平気でやってのけた。きっとエレンは、人間が嫌いなのだろう。そして、ルールを守る。人殺しはしてはいけない事だから、エレンはルールを守った。あくまでもルールの範囲内でエレンは行動をしているのだ。やり方はむごいが。
果たして自分はエレンと一緒に天国塔を登れるのかどうかと自問自答する。エレンとやっていけるのかどうかだ。ふとエレンを見ると相変わらず機嫌が悪そうな表情をしている。
だが、エレンの目は死んでいる。ただ目的の為だけに生きているだけに見える。ルビアには想像出来ない“何か”を背負っているに違いない。そして、凄く寂しそうな表情を時々見せる。他人に対しての諦め、生きる楽しさを知らない表情。果たしてエレンの過去に何があったのだろうか。ルビアはエレンの事をもっと知りたいと思った。もっとエレンの事を知りたい。そういった欲求に駆られる。
「ルビア、あんたさ……いえ、何でもないわ」
「エレンさん?」
「もしあんたが私の事が嫌なら……私を見限っても──大丈夫だから」
そう言って凄く寂しそうな表情をするエレン。ルビアはなんとなくだが、エレンを抱きしめなきゃいけないと思い、力強くエレンを抱きしめた。
「エレンさん!」
「ちょっ!何いきなり抱きついてるの!私はあんたのママじゃない!離れなさい!」
「エレンさん!私は大丈夫です!エレンさんが寂しくても、ずっとそばにいます!今そう決めました!」
「何訳のわからない事を言っているのよ!暑苦しいから早く離れなさい!」
「いつでも相談に乗りますから!困った時は私を頼って下さい!」
ルビアはそう言ってエレンを解放した。ジトッとした表情でエレンはルビアを見る。
「……いきなり抱きつかないでよ」
「はい!」
「……まあいいわ。じゃあ、早速相談してもいいかしら?」
「はい!なんですか?」
「ルビア。友達ってどうやったら出来るのかしら?」
エレンの質問にルビアは何て答えたらいいものかと悩む。
「うーん……気がついたら出来てるというか、知らない内に友達になってるというか……」
「知らない内に出来るの?」
「難しいです……あ!」
「なに?どうしたの、ルビア?」
「エレンさん!私と友達になりましょう!」
「……いいの?私と友達になっても?」
「はい!もちろんです!」
「……ありがとう」
エレンの表情が少しだが和らいだ。ルビアが初めて見る表情だった。こんな表情も出来るのかとエレンを見ていると、エレンがルビアの視線に気付いたのか、口が徐々にへの字に戻っていく。いつもの仏頂面に戻ってしまった。
「行くわよ」とエレンは言い、早歩きで進み始める。「待って下さい」と言いルビアはエレンを追いかけた。
階層を上がって行くと、派手な装飾の扉を目の当たりにする。何か特別な部屋のようだ。
「エレンさん、この扉は凄く派手な扉ですね」
「そうね」
エレンがその扉を見るのは二回目だ。三百年前と何も変わっていない。その扉の中の部屋は天国塔の最初の試練が待っている。試練の内容を思い出し、エレンは嫌な顔をする。
「……入るわよ」
派手な装飾の扉を開き、エレンとルビアは部屋の中に入った。部屋の中は真っ白な壁に大理石の床で出来ている。ここまでに来た通路と作りは同じだ。
ただ、部屋の中央に台座があり水晶が置いてある。水晶の横には文字が刻まれた石版があった。
エレンとルビアは近付き、ルビアが石版に刻まれている文字を読み上げる。
「水晶に手を触れよ。さすれば試練を与えん。試練を乗り越えし者は先へ進む事が出来る。試練に敗れた者には罰が下る。節制を示せ」
石版に刻まれた文字を読み上げたルビアは腕を組んで首を傾げ「うーん」と唸っている。意味を考えているみたいだ。
「エレンさん、節制を示せってどういう意味なのでしょう?」
「そのままの意味よ。水晶に手を触れて、試練をクリアしろって事よ。水晶の中に吸い込まれて、お題の節制とやらを示して試練をクリアすればいいのよ」
一度経験した事のあるエレンは内容を知っているがルビアには黙っておく。先程友達にはなったが、まだそういった事情を話すのは早いとエレンは考えた。
「さてルビア。どっちが先に試練をやる?」
「じゃあ、私から行きます!」
「そう。気をつけてね」
ルビアは「わかりました」と元気良く言うと水晶に手を触れた。ルビアの身体がすぅーっと水晶に吸い込まれていった。
ルビアの姿が水晶に吸い込まれた時、エレンは片膝を床に付く。聖域に居続けて疲れが出てきた。頭が痛くなり始めて来ており、身体も痺れ始める。防御魔法の効果がなければ今頃倒れていただろう。魔力は充分だが、このままだと体力が持たない。
ふぅーっと深呼吸をし、ルビアが吸い込まれた水晶を見る。水晶を見ると中にルビアの姿が映る。キョロキョロと周りを見回しており、自分の身体の変化に戸惑っている様子がエレンの目に映る。
試練の内容である節制とは、水晶の中に入ると身体の機能のどこか一部が動かなくなったり、機能しなくなったりするのだ。例えば試練が終わるまで右腕が動かない等、そういった現象が起こるのだ。
ルビアの周りに聖獣が五匹出てくる。ルビアは腰の剣を抜き、聖獣を見回す。聖獣がグルルルと鳴きながらルビアを威嚇しているように見える。どこを向いても聖獣に後ろを取られるので戦うには工夫が必要だ。
それにしてもルビアの身体のどこの部分が機能していないのかが気になる。見たところ腕と足は動いているし、身体も問題無さそうだ。だが、ルビアの動きがぎこちない。
聖獣が二匹、ルビアに襲い掛かる。ルビアの左側からと後ろ側からだ。ルビアは左側から襲ってきた聖獣の対処をする。後ろ側から来る聖獣を後回しにするようだ。
聖獣の鋭い爪を回避し、ルビアは喉元に剣を突き出す。青い血がゴポゴポっと聖獣の喉元から噴き出す。喉元に剣を突き刺された聖獣は力なく態勢を崩し、身体を纏っている炎が消えていく。だが、後ろから来たもう一匹の聖獣が振り上げた鋭い爪がルビアを襲う。ルビアの反応が一瞬遅れた。
聖獣の鋭い爪がルビアの右腕をかすめる。ルビアの顔が苦痛に歪むが、先程聖獣に突き刺した剣を抜き、間合いをとる。
間合いをとったルビアは聖獣の居場所を顔を動かし、確認する。エレンは水晶に映るルビアのその姿を見て不自然に思った。ルビアは自分の周りの全ての状況を視界で捉えようとしている。先程の聖獣の爪を避けれなかったのも、おそらく“聞こえなかった”のだ。
おそらく今のルビアは耳が聞こえないのだろう。戦闘において耳が聞こえないのはかなり不利だ。後ろから来る攻撃に備える事が出来ない。なら、後ろを取られないようにするしかない。
だが、聖獣はまだ四匹も居る。ルビアの周りを取り囲んで逃げれないようにしているが、せめて後一匹居なくなれば戦いやすくなるだろう。
エレンは冷静に水晶に映るルビアを見守る。ルビアはキョロキョロと何回も顔を動かしている。四匹の聖獣はジリジリと少しずつルビアに近付いていく。四匹の聖獣が一斉にルビアに襲い掛かった。
ルビアは走り出す。前方に見える聖獣にまっすぐ向かう。横から来るのと後ろから来るのはとりあえず無視するようだ。エレンは良い判断だと思った。前方に居る一匹に狙いを定めれば、残りの三匹の聖獣との距離が少なくとも出来る。後は、前方の聖獣を素早く仕留めれるかどうかだ。
ルビアが向かって来るのを聴覚で把握した聖獣は口を大きく開き噛みつこうとしたが、ルビアは剣を聖獣の口の中に突き刺した。ルビアの後ろから残りの三匹の聖獣が全力で追いかけてくる。
剣を聖獣の口から抜く余裕が無いと判断したルビアは聖獣の口の中に突き刺さったままの剣を手放し、追いかけて来た三匹の聖獣と距離を取る。聖獣達は走るのを止め再び警戒態勢を取る。少なくとも後ろを取られていないので、少しは戦いやすくなった。
だがルビアの息は荒い。先程の聖獣の爪で傷付けられた右腕から血が滴り落ちている。しかも剣を手放しており、状況はあまり良くはない。これからどうするのかとエレンが水晶越しに見守っていると、ルビアは剣の鞘を手に取った。
三匹の聖獣がルビアにジリジリと近付いていく。ルビアは剣の鞘を握り締めて走り出した。聖獣の一匹に狙いを定めている。
三匹の聖獣は、走り出したルビアに対して警戒する。だが、ルビアは走る速度を緩めない。三匹の聖獣のうちの一匹が口を大きく開いた。
ルビアは聖獣の大きく開いた口の中に剣の鞘を思いっきり突っ込んだ。鞘を突っ込まれた聖獣は体内に入った異物を吐き出そうと暴れ出す。ルビアは鞘を手放し、先程剣を突き刺した聖獣の死体に向かって走り出す。残りの二匹の聖獣がルビアを追いかける。
ルビアは剣が突き刺さった聖獣の死体の元に辿り着く。死体の口に突き刺さった剣を素早く抜いた所で追いかけてきた二匹の聖獣がルビアに飛びかかった。
ルビアはすぐに振り向き、飛びかかって来た聖獣の一匹の腹に剣を突き刺した。聖獣の身体を覆っている灼熱の炎の熱さにルビアの顔が歪む。相当熱そうだ。それと同時に突き刺した聖獣の腹から青い血がルビアに降り注ぐ。ルビアは剣を手放し、腹を突き刺された聖獣から距離を取る。ちょうど先程までルビアが居た所に腹を突き刺された聖獣は倒れ込む。
先程の鞘を口の中に突っ込まれた聖獣はまだもがき苦しんでいる。もう一匹の聖獣は飛びかかったのが不発に終わり、体勢を立て直したところだった。ルビアは丸腰だ。
水晶越しにルビアの様子を見ていたエレンは流石にまずいと思い、魔法の詠唱を始める。水晶に手を触れ、試練に挑めるのは一人だけだ。だが、それは魔法によるものだ。ならその魔法の構築式を解読すれば、試練に介入出来るかもしれない。
水晶に掛けられた魔法の解読をエレンが始めた時、聖獣がルビアに向かって走り出したのを水晶越しにエレンの視界に映る。ルビアは握り拳を構えた。
聖獣がルビアに噛みつこうと口を大きく開いた。ルビアは噛みつこうとする聖獣を避け、握り拳を聖獣の下顎に喰らわした。
ルビアの繰り出した拳に聖獣は怯む。ルビアは更に右足を振り上げ、かかと落としを聖獣に喰らわす。聖獣は衝撃で頭がクラクラしているのか、フラついている。そしてルビアは、回し蹴りを聖獣に喰らわした。聖獣はルビアの回し蹴りに吹っ飛び、気絶した。
ルビアは先程殺した聖獣の腹に突き刺さった剣を死体から抜き、気絶している聖獣の首に剣を突き刺した。剣を刺された聖獣の身体がビクンと痙攣するが聖獣はすぐに息絶えた。
先程の剣の鞘を口の中に突っ込まれた聖獣はようやく鞘を吐き出した所だった。嗚咽を終えた聖獣はまだ気持ち悪そうにしている。それに気付いたルビアは走り出し、一気に距離を詰め、聖獣の脳天目掛けて剣を振り下ろした。
エレンは水晶に掛けられた魔法の解読をほぼ終えた所だった。水晶の中の様子を見て驚いていた。ルビアは聴覚を失いながらも五匹の聖獣を見事に殺してみせた。魔法が使えないので、剣だけでだ。正直、聴覚を失った状態で魔法を使えない人間が剣だけで聖獣を五匹も相手にするのはかなり大変なはずだ。“穢れ”を纏っているエレンの黒い剣なら楽に相手を出来るだろうが、普通の剣で聖獣を五匹も相手をするのはエレンにとっても少し大変だ。
ルビアは、生き残った。それは実力が本物だという事だ。しかも負傷は右腕を少しかすめた程度に抑えたのも凄い事だ。並みの人間ではそんな芸当は出来ないだろう。
ルビアもほっとしたのか気を抜いている。試練は終わったのだ。エレンが心配する程ではなかった。
今まで構築した解読の魔法を解除しようとした時、エレンは水晶の中の変化に気付く。ルビアの後ろで魔法陣が展開していた。まだ試練は終わりではないのか?そんな疑問がエレンの頭の中に浮かぶ。
いや、そんなはずはないとエレンは思い直す。もの凄く嫌な予感がするので水晶の魔法を解読するのを急いで進める。
エレンの予想は当たっていた。水晶の中で展開された魔法陣から、一人の天使が出てきた。どうやら隠れていたみたいだ。ルビアは突如後ろに現れた天使に気付いていない。エレンは天使の目に切り替える。
目を切り替えると、細長い首と植物のつるみたいな腕に、車輪のような形をした脚の姿がエレンの目に映る。ルビアの後ろから魔法陣で現れたのは主天使だった。主天使はルビアに近付いていく。右手に剣を持っていた。エレンは魔法の解読を急ぐ。早口で詠唱しながらも水晶の中の出来事にハラハラする。
主天使が剣を持っている右手を振り上げた。ルビアが気配に気付き振り向く。主天使はルビアが振り向いた瞬間に右手に持っている剣を一閃させた。
ルビアの両目が主天使の剣に斬り裂かれた。ルビアの悲鳴が水晶内に響いているのがわかる。水晶の外側に居るエレンには聞こえないが、水晶内のルビアは両目を抑えて痛みでのたうち回っている。
主天使が剣をもう一度振り上げた時、エレンは解読を終える。急いで詠唱し、水晶の中に無理やり自分を入り込ませた。
主天使が剣をルビアに振り下ろした瞬間、エレンは爆破の魔法を主天使に放つ。爆破の魔法が直撃した主天使はルビアに剣を振り下ろす前に吹っ飛んだ。
「ルビア!無事!?」
エレンがルビアにそう話し掛けるが反応が無い。ルビアは両目を抑えており、痛みで苦痛の声を上げている。
そしてエレンの声に反応しなかったのは、やはり耳が聞こえないようだった。試練である節制の影響だ。
先程、爆破の魔法で吹っ飛ばした主天使が起き上がりエレンを見る。主天使の身体をバラバラにするつもりでエレンは魔法を放ったが主天使は無傷だった。
「貴様、一体どうやって入って来た?」
主天使が敵意を露わにしながら低い声でエレンに聞いてきた。エレンは舌打ちをする。
「……チッ。さあ?どうやって入って来たかなんてどうでもいいでしょう?それより、なんで試練を終えた者を殺そうとしたのかしら?ルール違反でしょうが」
「確かにそこの者は試練を終えたが、神であるクラディウス様がお喜びになられるであろう魂をおそらくその者は持っているだろうからな」
主天使のその言葉を聞き、エレンは溜め息を吐く。きっとこの主天使はクラディウスに魂を献上している天使の内の一人だろう。
「……もういいわ。殺してやるからそこから動くなよ」
エレンがそう言うと主天使は眉をひそめる。
「貴様、一体何者だ?」
「覚えていないのかしら?まあ、あれから三百年も経っているものね」
主天使に近付こうとエレンは脚を動かそうとする。だが両脚が動かなかった。試練である節制の影響によるものだ。仕方がないので、漆黒の翼を広げ空中に浮かぶ。主天使はエレンの黒い翼を見て目を見開いていた。
「その黒い翼──貴様、まさか!?」
「思い出した?」
「堕天使の反逆者エレンか!」
「そうよ。覚えていてくれて嬉しいわ。あんた達を滅ぼすのはこの私。恐怖と絶望を与えてあげるわ。さて、一方的な蹂躙を始めるとしましょうか」
エレンの言葉に主天使は驚愕していたが、やがて不適な笑みを浮かべる。
「フフフ……ハハハハハ!そうか、そうか。私が貴様を殺せば私の評価が上がる訳だ!反逆者である貴様を殺せば神であるクラディウス様はお喜びになられるであろう!」
主天使はそう言ってエレンと同様に翼を広げ空中に浮かぶ。威勢だけはいい。エレンは詠唱し、無数の小さな魔法陣を空中に展開していく。無数の光剣を生成し、一斉に主天使に放つ。
主天使に無数の光剣が命中する。だが、光剣は主天使の身体を貫く事無く弾かれていく。エレンは舌打ちをし、爆破の魔法を三連続で放った。だが、主天使の身体は無傷だった。
「無駄だ!私には人間界の魔法は効かない!クラディウス様から聞いた事があるが、貴様は合成魔法が使えるのだろう?その合成魔法とやらも私には効かないぞ!私達天使はこういう時の為に三百年準備をしてきたのだ!残念だったな、エレン!得意の魔法は私には効かない!」
「あっそう」
エレンは素っ気なく言うと再び詠唱をする。主天使は勝ち誇ったようにエレンを見下す。
「無駄だとわかっても尚、魔法を使うのか。愚かな──」
詠唱を終えたエレンは魔法を発動する。黒い魔法陣が展開されると、無数の黒い炎の渦が主天使を襲った。主天使はいきなり襲ってきた黒い炎の渦にもの凄い熱さを感じる。
「熱いだと!?何故だ!?私には人間界の魔法は効かないんだ!なのに何故──」
「そんなの簡単よ。この魔法は人間界の魔法じゃないもの」
「なん……だと!?」
「どう?地獄の炎の熱さは?物凄く熱いでしょう?」
主天使はいつの間にか黒い炎の渦に囲まれていた。どこを向いても逃げ場がない。
「くっ!」
「安心しなさい。炎で焼き殺すなんて甘っちょろい事はしないから。あんたはルビア──私の友達を傷付けた。私、かなり頭に来ているのよ」
エレンが主天使に黒い炎を操りぶつけようとする。主天使は必死で逃げるが対応が間に合わず、翼を一つ黒い炎に焼かれた。
「ぐわあああぁぁぁ!熱いっ!」
主天使は翼に燃え移った黒い炎を消そうと必死でもがくが、全ての黒い炎の渦が主天使の翼一枚目掛けて襲ってくる。
必死に逃げようとするが間に合わず、全ての黒い炎の渦が主天使の翼の一枚を焼き貫いた。翼の一枚が一瞬で灰になり消え去る。主天使は痛みと熱さで絶叫しながら地面に落下していく。
「さて……」
エレンはそう言うと、地面に落ちて痛みと熱さで転げ回っている主天使のそばに降り立つ。両脚が全く動かないが、着地は問題なく出来た。
「こ、こんなはずでは……!」
「三百年の間、私が何の準備もしてないとでも思った?あんた達のような天使と神であるクラディウスを殺す為に色々と勉強したのよ」
エレンは再び詠唱をする。新たな黒い魔法陣が大きく展開されると、魔法陣の中から三つ首の大きな犬が出てきた。身体の大きさは人間の三倍はある。
「この子私のペットなんだけど、ヘル・ケルベロスって言うのよ。可愛いでしょう?」
エレンの言葉に主天使はヘル・ケルベロスを見た。獰猛な口からは鋭い牙が覗いている。凶刃な爪が脚から生えており、身体は黒い毛で覆われている。ヘル・ケルベロスは主天使を見て、三つの口から涎をだらだらと落とす。主天使は「ひぃっ!」と、恐怖で震え出してしまう。
エレンはヘル・ケルベロスに特殊な言語で話し掛ける。エレンの言葉を聞いたヘル・ケルベロスはすぐさま主天使に噛み付いた。三つの獰猛な牙を覗かせている口が主天使を襲う。
「い、嫌だ!こんな所で死にたくない!」
「今更何言ってんの」
三つ首のヘル・ケルベロスは主天使を食い千切っていく。食い千切っていく度に主天使の青い血がボタボタと地面に落ちる。主天使が悲鳴を上げるのがうるさいがエレンは鼻歌混じりに観察していた。
主天使を食べ終わったヘル・ケルベロスはエレンを見る。エレンは腕を伸ばすと、ヘル・ケルベロスの頭を撫でてやる。嬉しそうに身体を震わせると、ヘル・ケルベロスは黒い魔法陣の中に消えていった。
エレンは黒い翼をはばたかせて、痛みで目を抑えているルビアに近付く。治癒魔法でルビアの目を治していく。
三百年経ってもクラディウスは相変わらず人間の魂を食べているようだ。この事を考えるだけでも胸糞悪くなる。三百年の間に人間の魂を食べるのをもし辞めていたら、自分はクラディウスの事を許したのだろうか。
(──そんな可能性、ある訳ないか)
エレンは首を振り、ルビアの目の治癒に集中した。
エレンがヘル・ケルベロスとスキンシップを取る時。
ヘル・ケルベロスのフワフワのお腹にエレンは身体全体で抱きつきます。ヘル・ケルベロスのお腹はフワフワでとても気持ちいいです。ヘル・ケルベロスも嬉しくて尻尾をブンブン振ります。(ちなみにヘル・ケルベロスは尻尾で人間を軽く叩き飛ばせます)
大きい動物の骨とかあると三つの顔で喧嘩をします……がどう頑張っても隣の頭に噛みつけません。エサとか食べる時は早い者勝ちです。
所詮は犬です。お手とか伏せとか出来ます。
エレンはいつかワンちゃんコンテストにヘル・ケルベロスを出場させるのを密かに企んでいるのは内緒。