第六話 だから人間は嫌いだ
エレンとルビアは天国塔を登り始める。豪華な螺旋階段を上がり、次の階層に向かう。ルビアがエレンに振り向き、質問をする。
「エレンさん、聞いてもいいですか?」
「何かしら?」
「エレンさんはその……なんで天国塔に登るのですか?つまりその……エレンさんの叶えたい願いって……」
「私の叶えたい願いか。私の目的は三つあるわ。一つは神であるクラディウスを殺し、天国に秩序を取り戻す事。もう一つは、ハニエ──友達に会いに行く事。あと一つは、子供の頃に見た天使と友達になる事よ。まあ、最後のはもしかしたら叶わないかもしれないけれど」
「どうして、クラディウス様を殺したいんですか?私逹人間を導いてくれる存在なのに」
「絶望にでも導くのかしら?あいつならやりかねないわ」
「……エレンさんって一体何者なんですか?」
「……化け物よ」
それきり、エレンは黙り込んでしまう。ルビアはエレンの事をチラッと見るが、不機嫌そうな顔をしている。
ルビアなりにエレンの事を考えてみる。自分の事を化け物と言う少女。冗談だとは思うが、かなりの実力があるのは間違いない。先程のごろつき逹とのやり取りを見ていたが、複数の相手を圧倒的な力で制圧した。それもあっという間にだ。もし自分がエレンと戦っても、おそらく勝てないだろう。
それに、友達に会いに行くから天国塔を登ると言っているし、子供の頃に見た天使に会いに行くとも言っている。どちらもルビアにはよくわからない。エレンは一体何者なのだろうか。
「ルビア、止まりなさい」
ルビアがエレンの事を自分なりに考えていた時、エレンが声を掛けてきた。ルビアが振り向くと、エレンが遠くの方を指差す。
「あそこに炎を纏っている背中から羽根が生えたライオンみたいなのがいるでしょう?」
「えーと……あれですか?」
「そうよ」
「エレンさんはあの生き物が何か知っているんですか?」
「あれは聖獣よ。あいつらは人間の肉が大好物なの。実力もない哀れな人間は、天国塔の最初の試練にすら挑戦出来ずに聖獣に食い殺されるわ」
「聖獣、ですか。あれが……」
ルビアは聖獣を観察する。ライオンに形は近いが、体色は赤い。頭部は前方に飛び出ており頭部のほとんどが口だ。燃え盛る太陽の如き灼熱の炎を常に身に纏っていて凄く熱そうだ。
「ちょうどいいわ。ルビア、あんたが一人であの聖獣を殺しなさい。ルビアの実力がどれ程のものなのか、私に見せてちょうだい」
「一人でですか!?」
「そうよ。魔法を使わなくてもあんな聖獣楽勝よ。ルビアは魔法は使えるのかしら?」
「いいえ。私には魔法の才能はないんです。なので、剣の道を極めてきましたが……」
「ならあんたの剣技を見せてちょうだい。そうそう、聖獣に目はないわ」
「……わかりました」
ルビアは初めて見る聖獣に対して少し恐怖がある。本当に自分の剣技が通用するのだろうか。それに、聖獣が身体に纏っている燃え盛る太陽の如き灼熱の炎が厄介そうだ。
意を決してルビアは聖獣に近付く。近付いただけで聖獣が身に纏っている炎の熱さを肌で感じる。腰に装備している剣を抜き、警戒しながら聖獣に近付いていく。エレンに聖獣は目がないと教えられたので、それをヒントに戦い方を考える。
殺るなら一撃。それが一番理想的な勝利だ。だが一撃で仕留められなかった可能性も考える。身体を覆っている炎も警戒しなければならないが、聖獣の脚の鋭い爪も警戒しなければならない。反撃された場合の二撃目の攻撃のイメージもしておく。
じりじりと聖獣に近付いて行くと、聖獣がルビアに気付く。目はないから、耳で判断しているはずだ。
「グルルル……」
聖獣の鳴き声は低い。威嚇している鳴き声なのだろうか。ルビアは喉元に狙いを定める。聖獣の纏っている炎は身体だけで頭部は炎を纏っていない。
剣をグッと握りしめルビアは聖獣に向かって走り出す。聖獣はルビアの走り出した足音に気付き、戦闘態勢に入る。前脚で踏ん張り、口を大きく開いた。鋭い牙がズラリと並んでいる。
噛みつこうとする聖獣の口を横に避け、剣を横から思いっきり聖獣の喉元に突き刺す。剣をグリグリと動かすと、聖獣は苦痛の呻き声を上げ暴れる。鋭い爪を動かしルビアを傷付けようとする。咄嗟に剣を抜き、ルビアは間合いを取った。
「お見事。これならまあ合格ね」
エレンがいつの間にか近くに居た。ルビアが刺した聖獣が苦痛にのたうち回り、暴れている。
「エレンさん!?合格って一体なんの事ですか!?」
「ルビアがどれぐらいの実力か見極めようと思って。正直、聖獣一匹に苦戦するようだったら、ルビアは天国塔を登るのは無理だと私は判断する所だったわ。でも、余裕だったじゃない。しかも一撃で楽にしてあげないで、わざと苦しむようにしたのも面白いわ」
「いえ、それは初めての相手だったので、力加減が──」
「でも、相手が一匹だと決めつけるのは良くないわ。常に最悪の可能性を想定する事。後ろを見てみなさい」
「──え?」
ルビアが聞き返し後ろを振り向いた時、エレンは詠唱し加速の魔法を自分に掛け、走り出す。ルビアの後ろに口を大きく開けた聖獣が二匹居た。天使の像に隠れていたみたいだ。ルビアに気付かれないように近付いてきており、ルビアを食べようと大きく口を開き飛びかかった。
エレンはルビアの横を物凄い速さで横切り、腰の剣を手にする。今にも聖獣がルビアに噛みつこうとしている。剣を素早く抜き、聖獣の頭部と身体を両断した。身体と頭部を両断された聖獣は、塵になって一瞬で身体と頭部が消え去る。抜かれた剣は刀身が真っ黒で、黒いオーラを纏っていた。
ルビアに噛みつこうとしているもう一匹の聖獣に振り向き、大きく開いている口の中に黒い剣を突き刺した。剣を突き刺すと、先程の聖獣と同様に塵になって消える。
ルビアの真後ろでエレンに殺された二匹の聖獣が塵になって消えた。まるで最初からそこにはいなかったかのように。先程のルビアが刺した聖獣も弱々しく横たわっている。もうそろそろ死ぬだろう。
「……こんな風に、後ろからいきなり来るから油断しちゃ駄目よ」
エレンは刀身が黒い剣を鞘にしまいながらルビアに言う。ルビアは何が起こったのかわからず、最初は固まっていたが、状況を徐々に理解し始めたのか、エレンに物凄い勢いで頭を下げた。
「すみません!エレンさん!私が未熟なばかりに!助けていただいてありがとうございます!」
「いや、そんな謝らなくても──」
「このご恩は一生忘れません!私に出来る事があるならなんでも言って下さい!」
「……ならとりあえず謝るのをやめなさい。別にそんな畏まらなくてもいいわ」
「はい!すみませんでした!」
そう言って頭を下げるルビア。相変わらずエレンの話を聞いていない。エレンは仕方なく話題を変える事にした。
「そういえばルビア、あんたの剣術は誰に教えて貰ったの?」
「私の剣術ですか?ノアの皇帝になる前のお父様に教えて貰いました。一部だけですが」
そう言うルビアの表情は暗い。やはりノアの皇帝である父親と何かあるのだろうか。だが、エレンが首を突っ込む事ではない。
表情の暗いルビアにエレンは提案をする。
「ルビア、今私と手合わせしましょう」
「え?手合わせですか!?」
「そうよ。あんたの実力をもう少し見たくなったわ。本気で掛かって来なさい」
エレンはそう言うと詠唱をし、光剣を生成する。生成した光剣を手に取ると、ルビアに防御魔法を掛ける。防御魔法を掛けておけば、剣ぐらいなら弾ける。傷付けない為の処置だ。ルビアも腰の剣を抜刀した。
「いくわよ」
エレンがルビアに光剣を突き出すと、ルビアは横に避け、エレンに一撃浴びせようと剣で斬りつけようとする。エレンは素早く後ろに下がり、ルビアの剣を光剣で受け止める。
だが受け止めた瞬間、ルビアが間合いを詰め、ルビアの蹴りがエレンの腹に繰り出される。エレンの身体は防御魔法で守られているが、ルビアの蹴りを腹に思いっきり喰らう。対処が間に合わず、少し後ろに飛ばされた。打撃と剣術の組み合わせだ。
エレンは正直驚いていた。ルビアの蹴りの一撃が想像以上に重かったのだ。しっかりと鍛錬を積み重ねてこなければ、こんなに重い一撃の蹴りは繰り出せない。エレンは試しに光剣をもう一本生成し、二刀流でルビアに斬りつけてみる。
エレンの二本の光剣をルビアは完璧に裁いていく。エレンの攻撃に対して身体が勝手に反応しているのだ。ここまでの実力があるとは思わなかったエレンは更に驚いた。きっと血の滲む努力をしてきたのであろう。
しばらく剣で打ち合うが、エレンの全ての剣技をルビアは見事に防ぎきった。それどころか、隙を突いて反撃もしてきた。気を抜くとルビアの攻撃を許してしまう所であった。
エレンは疲れてきたので、手合わせを終える事にした。
「……ここまでにしましょう」
「終わり、ですか?」
「終わりよ。ルビア、正直驚いたわ。ここまでの実力があったなんて。さっきみたいに背後を取られて油断さえしなければ、あんたに勝てる人間はそうそう居ないと思うわ」
もしかしたら剣術だけならエレンを越えているかもしれない。純粋に剣だけで勝負をしたら、勝率は五分五分といった所か。
「……先に進むわよ」
エレンはそう言い歩き出す。ルビアが「待って下さい」と言い後ろから追いかけてくる。
ルビアがエレンの腰に装備している剣を見る。エレンが先程の手合わせで腰に装備している剣を使わなかったので疑問に思いエレンに質問をする。
「エレンさん、手合わせでその黒い剣を使わなかったのはなんでですか?」
「これ?これはね、特別製なの。人間相手に使っていい剣じゃないのよ」
エレンは「それ以上は内緒よ」とはぐらかす。ルビアは深くは聞かない事にした。エレンにも人には話したくない事はあるのだろう。
「ところでルビア、さっき殺した聖獣なんだけど、あれ食べれるのよ」
「え!?あの聖獣食べれるんですか!?青い血ですごく不味そうに見えるのにですか!?」
「ええ。青い血で見た目はアレだけど、ちゃんと洗って処理すれば食べれるわよ。さっき天国亭で料理を食べたでしょう?天国亭の料理なんか比べ物にならない程美味しいのよ。今度食べさせてあげるわ」
「そ、そうですか」
そう言ったルビアの顔は少し引きつっている。エレンの言う事が信じられないらしい。青い血が通っている生き物の肉が美味しいとはとてもじゃないが信じられないのだ。
ルビアが聖獣の肉が本当に美味しいのだろうかと考えていた時、エレンが振り向く。
「また聖獣が居るわ。ルビア、どうする?私が殺す?」
「あ──私がやります!」
「そう。なら、あそこの天使の像の所にも一匹隠れているから、油断しないように」
「わかりました!」
ルビアはリベンジをしたかった。先程はエレンに助けられた。これぐらいは一人で対応出来なければならない。対応出来なければ聖獣に食い殺されてしまう。こんな所で殺される訳にはいかない。聖獣に食い殺される為に天国塔に入った訳ではないのだから。
じりじりと聖獣に近付く。聖獣が気付いた時にはルビアは走り出す。間合いを一気に詰め、噛みつかれる前に喉元に剣を突き刺した。先程とは違い力加減がわかっているので、急所を剣でしっかりと捉える。暴れる事なく聖獣は力尽きた。
ルビアは聖獣に突き刺さった剣を素早く抜き、振り向きざまに剣を横に走らせた。天使の像に隠れていた聖獣がルビアの背後に忍び寄り口を大きく開いていた。
ルビアの走らせた剣は聖獣の口を斬り裂く。斬られた激痛に聖獣はのたうち回り、慌ててルビアから距離をとろうとするが、ルビアは剣を聖獣の頭上に振り下ろす。
脳天から剣を突き刺された聖獣は青い血を斬り口から噴水のように噴出しながら力尽きた。ルビアの身につけている赤い鎧に聖獣の青い血が付着する。
エレンの方を見るといつでも魔法を放てるように右手を前にかざしていた。万が一ルビアが聖獣に食われそうになったら助けるつもりだったようだ。
「エレンさん、無事に倒せました!」
ルビアが無邪気な笑顔でエレンの元にやってくる。
「そうね、今のはタイミングが完璧だったわ。さて、早く上の階層に行くわよ」
エレンはルビアと次の階層に進む。正直、ルビアが居る事で魔力の消費が抑えられているので、エレンにとっては楽だった。一人で進むより、誰かと組んだ方がこんなに楽だとは思わなかった。ルビアに実力が備わっていなければそうは思わなかっただろう。実力がしっかりとしているルビアだからこそ、楽に進む事が出来る。道中、所々で聖獣に遭遇するが、ルビアがメインで聖獣の相手をし、エレンがフォローする形で連携を取る。ルビアが隙を付いて聖獣を殺し、ルビアが相手に出来ない聖獣をエレンが相手をする。エレンは聖獣に無警戒で近付き黒い刀身の剣で一撃で仕留める。
大分進んだ所で聖獣が出て来たが、ルビアは戦いなれてきたのか、タイミングを図らずに聖獣を仕留めれるようになってきた。早く殺せるのは、それだけ時間の短縮に繋がる。魔力をあまり消費したくないエレンにとってはありがたかった。
その時、ルビアが突然立ち止まる。どうしたのかと疑問に思ったエレンはルビアに聞いてみる。
「どうしたのルビア?動きすぎてお腹が空いたのかしら?」
「違いますから!エレンさん、あそこに人が居るのですが……」
ルビアが指差した方向をエレンは見る。二人組の男が遠目に見えた。二人組はエレン達にはまだ気付いていない。
「二人居るわね。疲れて休憩でもしているんじゃないかしら?」
「そうですよね。でもここまで他の天国塔に挑戦した人に出会わなかったんですけど、それって……」
「多分、聖獣に食い殺されたか、私達より先に進んでいるんでしょう。あそこで休憩してる二人組は少なくとも聖獣相手でも通用する実力の持ち主って事でしょ」
「エレンさん、行きましょう」
「ああ、ルビア。あんたが私の後ろを歩きなさい。後、あの二人組の前を通る時は最大限警戒しておく事。剣は抜いておきなさい。ただし、殺しちゃ駄目よ。人殺しはルール違反だから」
「エレンさん、あの人達が襲ってくるかもしれないって事ですか?」
「さっき言ったでしょう?常に最悪の可能性を想定しておきなさいって。可能性の一つとして、あの二人組が襲ってくるかもしれないから、警戒しておくのは当然よ」
エレンとルビアが二人組に少しずつ近付いていくと、二人組がエレン達に気付く。一人は腰に剣、背中に弓矢を装備している。もう一人は背中に剣を二本装備している。二人組はエレン達が近付いても自分達の装備に手をつけない。
いよいよ二人組の前を通る時、何かされると思ったが何も起こらなかった。
「何も起きませんでしたね。エレンさん」
ルビアが小声で言った時、エレンはちらりと後ろを見る。その時、エレンは見逃さなかった。二人組のうちの一人が何かの合図をしたのを。
エレンとルビアの前方から、手に剣を持った男が四人出てきた。更に後ろから先程の二人組の他に、別の男が二人出てきた。エレンとルビアは八人の男達に囲まれてしまう。先程の二人組の内の一人がエレン達を舐め回すように見てくる。
「へへ。やっと獲物が掛かったぜ。おい、姉ちゃん達、装備一式置いて行きな。断ったらどうなるかわかっているんだろうな?」
ルビアはどうすればいいのかオロオロしている。エレンは取り囲んだ男達を睨みつけた。
「断ったらどうなるのかしら?」
「そんなの決まっているだろうが!装備を剥ぎ取りやすいように身動き出来なくするって事だよ!」
「私達の装備を剥ぎ取ってどうするつもりなの?」
「あんたらの装備品を闇市場に売り飛ばし、金にするんだよ!わかったらさっさと装備一式置いて行きな!」
盗賊風情の男達は手に持っている獲物を弄びながらジリジリとエレンとルビアに近付く。エレンは思わず笑ってしまった。
「フフフフ……アハハハハ!」
「お前、何笑ってんだよ!」
「ごめんごめん。相変わらずあんた達みたいな人間ってどの時代にも居るのね。クズというかゴミというか。久々にあんた達みたいな人間に会ったから、頭にきちゃって。でも安心しなさい。殺しはしないわ。だけど、五体満足でいられるとは思わない事ね」
「……おい、お前ら。そこの黒い女は殺せ。そっちの赤い女……お前はどうする?黙って装備一式置いて行くんなら、殺しはしないが」
「ルビア、答えなくていいわよ。それから今から私がやる事は、悪い事だから真似しないように」
「お前ら、とにかくその黒い女を殺せ!」
男の号令と共に盗賊風情の男達は一斉にエレンに襲いかかる。
エレンは詠唱をし、盗賊風情の男達全員に拘束の魔法を掛けた。盗賊風情の男達はピタリと動きが止まる。エレンは続けて詠唱をする。
大きな黒い魔法陣が展開され、魔法陣から血のような赤い羽を持つ大きな蝶が出現した。大きさは人間の二倍あり、脚には真っ赤な鋭い爪が生えている。拘束の魔法で動けない盗賊風情の男達はその姿を見て驚愕していた。今まで見た事のない魔法と生物を目の当たりにしたのだ。ルビアも驚愕している。
「エ、エレンさん!?この生き物は一体!?」
「これはね、魔獣よ。ブラッド・モルフィンって言うの。私の飼っているペットなんだけど、他の生き物の血が大好物なの。だから、ちょうどいい“餌”が沢山いるから、久々に食事をさせてあげようと思って」
「ま、魔獣!?」
「そうよ。さて……」
エレンはブラッド・モルフィンに話し掛ける。ルビアの聞いた事のない言語だった。エレンの言葉を聞いたブラッド・モルフィンは真っ赤な羽を羽ばたかせ嬉しそうに盗賊風情の男達を見る。
一人目に狙いを定めると、ブラッド・モルフィンは脚から生えてる真っ赤な鋭い爪で男の右腕をいきなり切断した。男の絶叫が響き渡る。切断された男の胴体の傷口はエレンが詠唱し、失血死しないように一瞬で傷口を塞ぐ。ブラッド・モルフィンは切断した男の右腕の切断口に口を付け、血を啜り始める。
まるで蝶が花の蜜を啜っているように、ブラッド・モルフィンは血を啜っている。先程まで血気盛んだった盗賊風情の男達は、その様子にガチガチと歯を鳴らし恐怖で怯えていた。その様子はまるで処刑の順番を待つ罪人のようだった。
「た、助けてくれ!」
「い、嫌だ!こんな所で死にたくない!」
「お、俺達が悪かった!だから、許してくれよっ!なあ!頼むから!」
盗賊風情の男達が必死な形相でエレンに許しを乞うが、エレンは無視する。逃げようにもエレンの拘束の魔法によって男達は逃げれない。
ブラッド・モルフィンが先程切断した一人目の右腕の血を啜り終わる。血がなくなった男の右腕をその辺に放り投げると、男の右腕は放物線を描きながらドチャリと床に落ちた。切断された男の顔は涙と鼻水でグチャグチャだった。許してくれ、と何回も叫んでいるが、ブラッド・モルフィンは男の叫びを無視し、右腕が切断された男の左脚を鋭い爪で切断した。先程と同様、男の絶叫が聞こえるが、エレンが詠唱し男の傷口が一瞬で塞がる。そして、ブラッド・モルフィンは切断された男の左脚に貪りつき、また血を啜り始める。エレンは冷めた目で盗賊風情の男達に告げる。
「言ったでしょう?殺しはしないけど、五体満足でいられると思わないようにって。安心しなさい。殺しはしないから。それに良かったじゃない。天国塔の最上階に辿り着いた時の願い事が出来て。身体を元に戻すって願いが出来てさ」
「そ、そんな状態で最上階に登れる訳が──」
「そうね。最上階に辿り着く前に聖獣に食い殺されるでしょうね。まあ、私達には関係ないけどさ。あんた達が聖獣に食い殺されようがどうでもいいわ。それに、あんた達の魂なら“上”に行く事は無いと思うし。言っておくけれど、私達を襲ってきたあんた達が悪いのよ。恨むなら自分達を恨みなさい」
エレンは言いたい事は言ったので、それ以上盗賊風情の男達の声には耳を貸さない。エレンはルビアに話し掛ける。
「ルビア、こういう糞みたいな人間も居るのよ。だから他人を直ぐに信用しちゃ駄目よ。だけど、もしこういう糞みたいな連中に会っても、殺すのは絶対に駄目よ。人殺しはルール違反だから」
「は、はい!わ、わかりました!」
「さて、ブラッド・モルフィンの“食事”が終わるのを待ちましょう」
男達の絶叫が木霊する中、エレンとルビアは天使の像に腰掛けて、ブラッド・モルフィンの“食事”を眺める。時々ルビアが「うわぁ」と気持ち悪そうに言う。
エレンはルビアの反応に苦笑しながら考える。どの時代にも糞みたいな人間は必ず居る。ルールを守らない人間は必ず居るのだ。エレンは溜め息混じりに独り言を呟いた。
「……だから人間は嫌いなのよ」