第二話 天使九階級
聖獣の肉を食べ終わり、満腹になったエレンは天使達を観察していた。
どの天使も美しい人間の女性の姿をしている為、顔が皆似ているのだ。正直、誰が誰だかわからない。
「宴は楽しんでいるかね?」
クラディウスがエレンのそばにやって来て声を掛けてくる。神というものはエレンに話し掛けるほど暇を持て余しているのだろうか。
「クラディウス様。驚きましたよ。あんなブニブニした訳のわからない気持ち悪い白い物体を天使達が食べているだなんて。確かに念じれば想像した食べ物に変化するのは凄いですが、魔法の一種ですよね」
エレンのその言葉に数人の天使が目を見開いて驚愕の表情でこちらを見てくる。皆なぜか動きも止まっていた。あそこだけ時間が止まってしまったのだろうかと思ってしまう。そんな中
、天使の一人が近付いて来て、エレンに注意してくる。
「貴様!無礼であろう!我々の神であるクラディウス様にそんな恐れ多い事を!クラディウス様!無礼を働いたこの者をどうかお許しください!」
そう言って頭を下げる天使。正直鬱陶しいので、ちょっとイタズラをしようと思いつきエレンは素早く詠唱をする。
エレンは拘束の魔法を頭を下げている天使に掛けてみた。拘束の魔法とは、文字通り相手を拘束し動けなくさせる魔法だ。だが、魔法を掛けた相手がエレンよりも実力が上だったら、拘束の魔法は効かない。エレンに拘束の魔法を掛けられた天使は頭を上げようとしているが、万力の力で押さえつけられているが如く全く身動きが取れないでいる。それも頭を下げたままだ。全身に力を入れようと頑張っているが全く動かない。故にその天使の実力は、エレンより下という事になる。
その様子が面白かったのか、クラディウスが思わず吹き出して大笑いをする。
「……プッ。アハハハ!エレン、そなたは面白い!」
「そうですか?私達の会話に勝手に割り込んできたこの頭の悪い天使が悪いんですよ。こういう礼儀知らずって天国にも居るんですね。だから、ちょっとこらしめてやろうと思いまして」
「まあまあエレンよ。この者を許してやってくれ」
クラディウスが詠唱をし、魔法を掛けられている天使の拘束の魔法を解除した。
エレンはそのクラディウスがやった事に驚いた。通常、魔法を解除出来るのは基本的に魔法を掛けた術者にしか出来ない。だが、クラディウスはエレンが天使に掛けた魔法を解除したのだ。さすが神という所か。
拘束の魔法が解除された天使は、怒りで顔を真っ赤にしエレンを睨みつける。
物凄くむかついたので、エレンも殺気を込めて睨み返す。睨み返された天使はすぐに目を逸らした。心なしか身体もガタガタと震えているように見えるし、エレンの殺気に膝がガクガクと震え始めていた。
天使はクラディウスに一礼すると、エレンに舌打ちをし、逃げるようにいなくなった。どうやら友達ではなく、天使になった初日から敵を作ってしまったようだ。
「逃げるなら最初からこっちに来なければいいのに」
「エレンよ。そなたのように思った事を神である私に直接言える者はここにはおそらく居ないであろう。ここだけの話だが皆、私の機嫌を損ねないように必死なのだ。私はそれがどうも退屈でな。そなたのような者は初めてだ」
「そうなんですか。自分より格上の存在にヘコヘコ頭を下げるのは人間の世界と同じなんですね」
「その通りだ。その点、思った事を言うそなたは面白い。確かに思った事を正直に言うのは、神である私には失礼だと周りは思うだろうが、私にとったら思った事を言ってくれる方が良い」
エレンにとったら神であるクラディウスがどう考えようがどうでもいい。そんな事よりも大事な事がある。神であるクラディウスと友達になれるかどうかの方がエレンにとっては重要だ。
「クラディウス様、お聞きしたい事があります。天使にも友達という概念は存在するのでしょうか?」
「……ふむ。随分と難しい質問をするな。おそらく、階級内では友達という概念は存在するだろう。しかしだな、階級の上下関係は絶対なのだ」
「天使に階級があるのですか?」
「ある。少し長いが説明しよう」
クラディウスは天使の階級についてエレンに語り始める。
天使には九階級存在し、天使九階級と総称されている。
まず一番上が上級天使三隊の熾天使。
天使九階級のうち、頂点に立つ上級第一位にして神にもっとも近く、もっとも霊的で非物質的(精神的)な存在である。セラフィムの語源は、ヘブライ語の「燃える」及び「蛇」であり、その名の示すとおり、「熾」とは燃え盛る炎を意味し、熾天使は、獅子の如く吠ゆる、あるいは紅く輝く電光の空を飛ぶ蛇、として人々には知られている。その姿形は極めて概念的であり、人の前に姿を現すときは、三対六枚の翼を持ち、二枚で頭を、二枚で脚を隠し、残り二枚で飛ぶとされる。熾天使の象徴である炎は愛と情熱を意味し、神であるクラディウスと直接交わり、純粋な光と思考の存在として愛の炎と共鳴するとされている。
もっとも純粋で、愛と想像力の精霊とも謳われる熾天使は、常にクラディウスの威光を一身に受け続ける、威厳と名誉に満ち溢れた存在であり、その手にはサンクトゥスの歌詞(神であるクラディウスを讃えるもの)が刻まれた短剣、もしくは旗を持っている。
次に智天使。熾天使に次ぐ、上級天使第二位。ケルビムの語源はアッシリアの翼のある守護神にある。その意味は、「祝福する者」、「仲裁する者」で、「智」の名が示すとおり、「知識」とも解釈される。神の意向を知り、神の本当の姿を見ることが出来る上、その叡智溢れる見識をもって、神性を独自に考察することが出来、惜しむことなくその見解である神の意向を次の階級の天使に伝えることが出来る。この智天使の姿は熾天使に負けず劣らず怪異的で、人の顔、牛の顔、獅子の顔、鷲の顔という四つの顔と、四枚の翼を持っており、足元には車輪と、化け物と見紛うような姿だ。
そして、この智天使には神クラディウスから託された重要な任務がある。それは生命の樹へと至る途、エデンの園の警備である。クラディウスはこの場所に自ら回転する炎の剣と智天使を置き、生命の樹を守備させている。
しかし現在では、このように化け物じみた天使だったのにもかかわらず、どういう経緯を経たのか判らないが、彼ら智天使は、愛の矢を放つ愛くるしいキューピッドの幼子のような姿で人々には知られている。
次に座天使。上級天使第三位。座天使は「神の玉座を運ぶ尊厳と正義の天使」あるいは「意志の支配者」とされている。その意味にふさわしく、気高さと崇高さを持ち合わせており、その存在は全ての悪徳を超越し、人智を超えて高みへと上り詰めることを示している。
座天使は「座」の名が示す通り、全ての卑俗なるものを退けつつ、主の傍らに「座」を占め、神的原理から来る熾天使及び智天使の「愛」と「知恵」の振動から降り来る物をその「座」で受け止めている。また、座天使という階位を語る上で必要不可欠な要素として「車輪」がある。座天使は「目と羽だらけ」の円形=車輪型をしているとされるからである。この車輪をもって、座天使は「神の玉座の運び手」として、戦車など実戦上の役割を担っている。
次は中級天使三隊の主天使。中級天使第一位(九階級第四位)。その階級名が示している通り、「統治する」という意味があり、「主」と表されるとおり、主権を意味する。主天使の職務は「天使の務めを統制する」ことであり、クラディウスの威光を世に知らしめることをその任務としている。いわば天界の行政官といったところだろう。主天使はクラディウスの主権を全面的に押し出し、クラディウスによる真の統治を熱望しているのだ。そんな主天使のシンボルは、クラディウスの力を示す「錫」である。
次に力天使。中級天使第二位(九階級第五位)。「高潔」と言う意味を持つ恩寵の天使である力天使は、「光り輝く者、輝かしき者」として知られており、別名マイトとも呼ばれ、能天使と共に宇宙の物理法則を保持する役割を担っているとされる。
力天使は、クラディウスの恩恵と勇気を人々に授けるために、「地上の奇蹟」を司り、あらゆる活動において、ゆるぎない勇気を示し、難局にある鼓舞してその力を揮うことが役目とされる。階級名である「力」が意味するものとは、善なる者や英雄を勇気付け、その気力を与え、その者の持っている力を引き出させることであり、そのことから応援団や踊り子のような存在を想起させる。この気力は、神性の啓示を受けるにあたっていかんなく発揮され、潜在的にクラディウスの模倣を志向しているとも考えられている。
次に能天使。中級天使第三位(九階級第六位)。能天使はその名によって主天使と並び立ち、力天使と性質を共有するものであることを示しているとされる。能天使は力天使と共に宇宙の物理法則を保持する補佐官的役割を担っているとされる。
能天使は最も調和的でクラディウスの本質に従属する善性によって高みに至る能力と知性を持っており、そして全ての能力の源泉である原理と同一化する傾向がある。これが能天使が「能」といわれる所以と思われる。この原理は可能な限り「天使(最下級の位階)」へと放射される。
そしてこの能天使には、他の天使よりも極めて危険で過酷な任務がある。それは対悪魔戦闘においてもっとも最前線に立たされることである。これは、裏を返せば悪魔と接触する機会の多い天使たちであり、もっともその誘惑に晒される場にいることになり、堕天しやすい立場にいるということになる。よって、この能天使が自らの任務を完遂するためには、鉄壁の意志と忍耐強さが問われることになる。
次は下級天使三隊である権天使。下級天使第一位(九階級第七位)。権天使はその名が意味する「王子が支配する領地」の通り、地上の国や都市を守護し、統治・支配する天使であり、いわば国家権力のような主権を行使する存在である。
しかし時代の流れとともに、信仰の擁護や人々の指導者の監視と正義への導きの役目も担うようになったとされる。具体的には、権天使は人々の指導者を監視しつつ、彼等がいわゆる正義に対しての決意を促し、鼓舞しているのである。また、善霊を悪霊から守護するなど、まさに「正義」であるクラディウスの権力を正しく行使するべく存在している天使集団であり、それ故に彼等は、頑なで正統とされる善悪二元論を持つ傾向があるとされている。
次は大天使。下級天使第二位(九階級第八位)。大天使はその名が意味するとおり、元々は全ての天使を統制する高貴な存在であるが、その階級自体は神学が発展する過程において徐々に位階を下げていった。しかし彼等には単純に階級だけで推し量れない概念がある。この大天使に所属する天使たちはみな、天使の中でも実力は極めて強大、究極の精鋭であり、クラディウス直属の親衛隊と言える。大天使はクラディウスの意向を直接聞き、直下に無数の「天使」を従えて指揮している。
大天使はその階級に関係なく、クラディウスと同席することを許されている「御前の天使」、或いは「栄光の天使」と呼ばれ、その職務権限や待遇は非常に高く、まさに特権階級に所属しているといっても過言ではない。また、天使九階級のあらゆる階位を兼任していることもあり、それ故に事実上の地位と実力は熾天使をも上回る存在であるとされている。
最後にエレンの階級でもある天使。下級天使第三位(九階級最下位)。守護天使として考えるのであれば人間の数の二倍いるとされる。天使たちは人間にとって親しみやすい姿、容貌となって現れる。天使達は、大天使直属の実働部隊として、その指令を忠実に受け止め、実行に移して任務を遂行する立場にある。守護天使として人間の傍に付き添う際は、その人間とは正反対の性別をとることが多いようだ。天使達は大天使の直下にあることから、大天使の保護を受けているともいえる存在である。その保護と指揮のもと、クラディウスの名の下に人間の社会に密接に関わってくる。人間の守護天使として、人間を時には監視し、時には激励したりもし、必要であれば人間の身に誘惑となって現れる悪と対峙することもある。したがってこの天使達はもっとも人間界と人間に接する機会の多い天使であろう。
そして、天使九階級を統括するのが、頂点に君臨する神クラディウスである。
クラディウスの説明を聞き終えたエレンは疑問に思う事があるのでクラディウスに質問をする。
「質問があるのですが──」
「うむ。なんだ?」
「例えば説明に出てきた智天使の姿なのですが、人の顔、牛の顔、獅子の顔、鷲の顔という四つの顔と、四枚の翼を持っていて、足元には車輪、の姿とクラディウス様は説明しましたよね。でも、私にはここにいる天使達は皆、人間の女性の姿にしか見えないのですが……」
「それはそなたが“人間の目”のままで見ておるからだ。エレンよ。目を“天使の目”に切り替えるのだよ」
「天使の目?」
「うむ。目を意識して切り替えれば、天使の目で物事を見る事が出来る」
エレンは目を瞑り、目に神経を集中させる。すると、何かが切り替わったような気がした。ゆっくりと目を開けてみる。
すると先程までの光景とは一変して、天使達の本当の姿を目の当たりにする。天使の本当の姿は化け物にしか見えない。まるで魔物のようだ。
天使の目に切り替えても人間の女性の姿のままの天使もいる。姿が変わらないのは階級が下級天使三隊の天使達だ。天使は目を切り替えても姿は変わっていない。大天使も人間の女性の姿のままだが、天使より翼が大きい。権天使は大天使と同じ大きさの翼だが二対四枚だ。姿は人間の女性のままだ。
中級天使三隊になると姿が化け物じみてきている。人間の形の面影は多少残っているが、半分ほど化け物だ。天使の翼がなければ魔物と間違えてしまうだろう。まるで人間と魔物の身体の部位をそれぞれ合成させ、天使の翼をつけた合成生物のように中途半端な姿をしている。やたらと頭がでかくて脳みそのようなものが飛び出ているのは能天使だろう。腕がでかくて鋭い爪が特徴的なのは力天使だ。腕の筋肉も凄い。
主天使の姿はよくわからない。首が細長く、腕は植物のつるみたいに伸びている。脚は車輪のような形をしている。一体あの姿になった理由はなんなのだろうか。よくわからない。
上級天使三隊になると、もはや姿は完全に化け物だ。熾天使の姿は翼で覆われていて、それ以外はよくわからないし、羽の塊にしか見えない。
智天使は人の顔、牛の顔、獅子の顔、鷲の顔という四つの顔と、四枚の翼を持っていて足元には車輪がある。まるで阿修羅像みたいだ。
座天使の姿は円形の肉の塊に目がたくさん付いていて、翼が付いているだけだ。天使の中で一番見た目が気持ち悪い姿をしている。
エレンは最後にクラディウスを天使の目で見てみる。だがクラディウスの姿は天使の目で見ても少年の姿のままだった。どうやら、天使の目では神の本当の姿は見えないようだ。
「皆化け物じみてますね。化け物の宴にしか見えないです」
「ハハハ。まあ、元人間のそなたには化け物にしか見えないだろうが、天使にとったらあの姿は当たり前なのだ。そういうものだと受け入れてくれ。階級が上に行けば行くほど、姿はより神聖なものに近付いていくのだ」
あんな化け物とは友達にはなれそうにないとエレンは心底思う。それに階級が上がれば上がるほど、化け物の姿になっていく。そんな姿になるのは絶対に嫌だ。エレンはその時、下級天使三隊以内の階級であり続けようと強く誓った。
「それでだな、先程のそなたの質問なのだが。同階級内では友達同士の天使はたくさんいる。しかし階級が一つでも違えば、上下関係は絶対だから、階級を飛び越えて友達になっている天使はいない」
つまり、例えば下級天使三隊でも天使同士なら友達になれるが、天使と大天使は友達にはなれないという事だ。他の階級もまた同様である。
そうなると、その頂点に君臨する神であるクラディウスとは友達には絶対になれないという事だ。階級の上下関係は絶対。天使であるエレンと神であるクラディウスでは、階級は最下位と最高位だ。天と地の差がある。もしかしたらクラディウスと友達になれるとエレンは少し期待したのだが、非常に残念だ。
「なるほど。よくわかりました。教えて頂いてありがとうございます」
「ふむ。まだまだ知らない事がたくさんあるようだが、私はそろそろ失礼する。やらなければならない事がたくさんあるのだ。宴に参加していない天使達の仕事の様子も見ておかないとな」
クラディウスはそう言って転移の魔法を発動させた。どうやらそんなに暇ではなかったようだ。エレンの為に忙しいのにわざわざ様子を見に来てくれたようだ。面倒見がいい神様だとエレンは思う。
クラディウスの姿が見えなくなるとエレンは溜め息をつく。
天使になるという自分の選択は間違っていたのだろうかとエレンは思う。天国がこんな化け物の集まりだとは思わなかったのだ。人間がもしもこの事を知ってしまったら、きっと失望してしまうだろう。
クラディウスがいなくなっても誰もエレンに話し掛けようとはしない。聖獣の肉を食べていたのが天使達にはよほど衝撃的だったみたいだ。
エレンはなんとなく舌打ちをすると、とりあえず疲れたのでその場で横になり一眠りする事にした。