第十六話 終焉神アウローラ
「本当、アウローラって性格悪いよねー」
エレンの手を握っているシルヴィアがアウローラにそう言い顔をしかめる。アウローラは片目を瞑り、胸元から扇子を取り出すと扇子を広げてパタパタと扇ぎ始めた。
「心外だな。妾はこれでも驚いておるぞ」
「へぇ、意外だね」
「クラディウスの小僧っ子を殺す方法を知る為にここまでやるとは正直思わなかったのう。地獄に来た理由が妾に会いに来たときたものだからな。流石に驚きは隠せぬ。今は堕天使とはいえ、元は人間がまさかここまでするとは。エレンは信念がしっかりしていると妾は思う」
アウローラはエレンに向けて静かに微笑む。エレンは「恐れ入ります」と言い、アウローラに頭を下げた。
「頭を上げよ、エレン。妾は少なくともそなたに対して良い印象を抱いておるぞ。……そろそろエリザベードが“創造”を終える頃合いよの」
アウローラの言葉にエレンは頭を上げエリザベードの方を見る。“創造”を終えたエリザベードがアウローラに顔を向けた。
「終わったわ」
「ご苦労、エリザベード。すまぬな」
「いいよ別に。こうなるだろうなって思ってたし」
「フハハ、そうか。して、その外見はなんだ?」
アウローラは手に持ってる扇子でエリザベードが“創造”した生物を指す。エリザベードが“創造”した生物の外見は悪魔そっくりだった。赤黒い爪、鋭い牙、先が尖った黒い尻尾、全身を覆う黒い毛。ある程度は簡略化されているがその姿はほぼ悪魔だ。
エリザベードはアウローラの指摘に肩をすくめる。
「相手がこういう姿の方がエレンがやりやすいかなって」
「なるほどの。そういう事か。して、肝心の能力は?」
「そこはちゃんとやったよ。アウローラ相手に十秒は保つかな」
「それはなかなかだのう。ふむ、それぐらいなら問題ないか。エレンよ、準備は良いか?」
アウローラはエレンを見る。エレンは握っていたシルヴィアの手を離すと「大丈夫です」とアウローラに頷く。
エリザベードがエレンに剣を渡す。エリザベードが“創造”した悪魔もどきもエレンと同じ剣を持っていた。
エレンがエリザベードから渡された剣を確かめていると、アウローラがエレンをジッと見つめる。エレンはアウローラの視線に気付いた。
「アウローラ様?」
「エレンよ、そなた魔法は使えるのか?」
「はい。一応、人間の世界の魔法は全て使えます」
「そうか。して、エレンよ。今、そなたはどのぐらい魔力が残っておる?」
「今はクラディウスとの戦いで魔力が残っていませんが……」
「なるほどの。エレンよ、そなたの魔力を回復させよう」
アウローラはそう言うと手に持っている扇子を閉じ、一言だけ呟いた。
「“横溢せよ”」
アウローラがエレンに向けてそう言った瞬間、エレンは身体に魔力が満ちているのに驚いた。
一体何が起こったのかと、エレンはアウローラを見る。
「何、簡単な事よ。妾の手に掛かればこれぐらい雑作もない」
エレンはアウローラに頭を下げ感謝の言葉を述べた。
「ありがとうございます!」
「これからそなたの実力を見るのにそなたの全力が見れないのは良くないからのう。妾は全力全開のそなたを見たいのだ。心してかかれよ」
アウローラの言葉にエレンは「はい!」と返事をし、エリザベードが“創造”した悪魔もどきと対峙する。
どちらからともなく剣を構え始めた。途端に部屋の中にアウローラの放つプレッシャーとは別の引き締まった空気が部屋の中に漂う。
エレンと悪魔もどきは剣を構えたままお互いに動かない。お互いに隙の探り合いをして相手の出方を窺う。
(……隙が全く無いわね)
エレンは相手の出方を窺う。相手の悪魔もどきは動かないでエレンの様子を観察している。
少しずつエレンは悪魔もどきに近付いていく。悪魔もどきはエレンの微妙な動きに合わせて手に持っている剣を僅かに動かす。
「……」
その時、悪魔もどきが僅かに動いた。エレンは嫌な予感を肌で感じ、防御の姿勢をとる。
次の瞬間、悪魔もどきは一瞬で間合いを詰め剣を振り下ろしていた。
エレンは悪魔もどきが動くよりも一瞬早く防御の姿勢をとっていた為、悪魔もどきの突然の行動に対処出来た。──はずだったが。
「あっ……が……!」
悪魔もどきの右手の拳がエレンの腹部にめり込んでいた。今の衝撃で肋骨が何本か折れたようだ。エレンは素早く詠唱を始める。
悪魔もどきは直ぐにエレンの腹に突き出した拳を引っ込めると、剣を掴み直し今度は下から斬り上げる。エレンは右手で腹を抑えており、左手で持っている剣で悪魔もどきの剣を捌こうと試みる。
だが悪魔もどきの斬り上げた剣の速さに追いつかない──そう判断したエレンは素早く身体を横にずらす。
悪魔もどきの剣が振り上げられた瞬間、エレンはギリギリで避けきる。そして詠唱を終えたエレンは悪魔もどきに爆破の魔法を放った。
悪魔もどきは素早く後ろに下がりエレンの爆破の魔法を回避した。その間にエレンは黒い翼を広げて空中に飛び上がって悪魔もどきと距離を取る。それと同時に詠唱を始め、腹部に治癒魔法を掛け始めた。
(接近戦は不利か。だけど魔法も放つ前に間合いを取られるとなると手の打ちようがないわね。どう戦えばいいのかしら?)
エレンは一度冷静に考えてみる。無闇に魔法を使ってもおそらく勝てないだろう。エレンは自分の使える魔法を再確認する。
相手の動きを止める拘束の魔法。相手に練り上げた魔力をぶつけ爆破させる爆破の魔法。大量の光剣を相手に放つ光剣を生成する魔法。相手に灼熱の炎を放つ業炎の魔法。自分の身を魔力で練り上げた膜で覆う防御魔力。自分の速度を上げる加速の魔法とその上位の超加速の魔法。光のつららのようなもので相手を串刺しにする串刺しの魔法。相手を張り付けて拘束する磔の魔法。相手を眠らせる催眠の魔法。相手の身体を吹き飛ばす炸裂の魔法。対象を切断する切断の魔法。魔力で練り上げた刃で切り刻む鎌鼬の魔法。鋭く尖った大きな氷を大量に飛ばす氷の魔法。魔力で練り上げた雷を放つ雷の魔法。
後は治癒魔法に水の魔法、風の魔法など他の魔法が多数あるが、戦闘に使える魔法はこんなものだろう。
エレンは悪魔もどきを見る。悪魔もどきは動きを止め離れた所から空中にいるエレンをジッと見ていた。
悪魔もどきの戦闘センスは抜群だ。今の一瞬の攻防で充分すぎるほどわかった。力もあり、素早さも反応速度もある。隙の無い相手にはどう闘うか──。
全方位からの魔法攻撃。おそらく一つも当たらない。魔法の組み合わせによる合成魔法攻撃。きっと無意味に終わる。どの魔法を使っても勝てるイメージが沸いてこない。──ならば。
先程悪魔もどきにやられたお腹の治癒魔法を掛け終えたエレンは自身に防御魔力を掛ける。そして飛ぶのを止めて再び悪魔もどきと相対した。
エレンは大きく息を吸い込んで、全力で踏み出す。
悪魔もどきと間合いを一気に詰め剣で幾度も打ち合う。剣と剣がぶつかる金属音がアウローラの部屋に響き渡る。
剣で打ち合うが悪魔もどきの方の剣の方が僅かに速い。エレンは徐々に圧され始め、身体が少しずつ傷ついていく。
「……」
エレンは剣で打ち合いながら詠唱を始めた。悪魔もどきはエレンの詠唱に反応し、間合いを取ろうとする。だがエレンは悪魔もどきに剣を振るい続ける。悪魔もどきはエレンの追撃に対処していく。その間にエレンの詠唱は終わりを迎えた。
悪魔もどきはエレンの魔法に身構える。──だが何も起きずにエレンの剣による攻撃だけが続く。
しかし、確実に何かの魔法を使用したエレンに悪魔もどきは警戒する──が悪魔もどきは直ぐに気付いた。
エレンの動きが先程よりも速くなっていた。エレンは自身に超加速の魔法を使用したのだ。悪魔もどきはそれに気付くが、気付いたのが一瞬遅くエレンの剣による斬撃を許してしまう。
エレンの振り上げた剣が悪魔もどきの剣を握っている右腕ごと斬り飛ばす。そしてそれに悪魔もどきはひるんでしまった。
エレンがその隙を見逃すはずもなく、エレンが剣を振り上げたのが悪魔もどきの目に映る。
次の瞬間、悪魔もどきの頭と胴体が切断された。
◆
「お見事」
アウローラがエレンに賞賛の声を掛ける。エレンは「フーー」と息を吐き、肩の力を抜いた。エリザベードが創造した悪魔もどきの身体が塵になって消失していく。シルヴィアがその様子を見ながら溜め息を吐き出した。
「はぁー。ヒヤヒヤしたよ。エレンがもし死んだらどうしようかと思ったよ」
「それならエレンはそこまでの実力だったという事になる。……が、そうはならなかったろう。妾はこうなるだろうとわかっていたぞ」
「……本当、アウローラって性格悪いよね」
「フフフ。久々に命のやり取りをする真剣勝負を見れて妾は少しは満足出来たぞ。しかし、それにしてもこんなに早く決着が着くとは思わなかったのう。今のでエレンの実力はどの程度かわかったがまだ全力を見る事は出来ておらん。……少しばかり趣向を変えてみるとするかのう」
アウローラはエレンに声を掛ける。
「エレンよ」
「はい、アウローラ様」
「今の戦いでそなたの実力はだいたいわかったが、まだそなたの全力を見る事は出来ておらん。故に趣向を変える事にする」
「今度は何と戦えばいいんですか?」
「次の相手は妾だ。と言っても先程のような戦いはせん。エレンよ、そなたは全力で妾を椅子から立ち上がらせよ。妾を椅子から立ち上がらせればそなたの勝ちだ」
エレンはアウローラに質問をする。
「椅子から立ち上がらせる……って、それだけでいいんですか?」
「それだけで良い。勘違いするでないぞ、エレン。別に妾はそなたの実力を侮ったりはしておらん。妾を椅子から立ち上がらせる事が出来たらそれは凄い事だぞ。それも元人間の堕天使がそこまで出来るとなれば素質がある。出来ないのであればクラディウスの小僧っ子を殺す事は叶わぬと知れ」
「……わかりました。本気でいきます」
エレンは剣を構えてアウローラと相対する。シルヴィアとエリザベードは離れた所でエレンを見守っていた。
「いつでも良いぞ」
アウローラの言葉にエレンは剣を振り上げて一気に近付く。先程掛けた超加速の魔法の効果を解除していないのでほぼ一瞬でアウローラの近くまで距離を縮めれた。
エレンは白い椅子に座っているアウローラに剣で斬りつける。アウローラは閉じた扇子でエレンの剣を受け止めた。
エレンは剣を何度も振るう。だがエレンの剣による全ての攻撃をアウローラは扇子だけで凌いでしまう。アウローラは楽しそうな表情でエレンに言った。
「良いぞ!良いぞ!エレンよ、その調子だ!そなたはまだまだ飛べる!」
アウローラの激励の言葉にエレンはさらに速く剣を走らせる。しかし、それでも椅子に座っているアウローラには届かない。
「妾もそろそろ反撃をしてみるかのう」
アウローラはそう言うとエレンに微笑む。エレンは咄嗟に間合いを取ろうとする。
「“弾けろ”」
アウローラがそう言った瞬間、先程までエレンが居た場所の空間が何かが弾けたように爆発する。だが何が弾けたのかも、何が爆発したのかもわからない。目には見えない何かが弾けたのだ。
咄嗟に間合いを取ったエレンは今起きた現象に驚いた。だが、理解するよりも先にエレンは魔法の詠唱を始める。その様子を見ながらアウローラはさらに言葉を重ねる。
「“違え”」
アウローラがそう言ったのと同時にエレンは詠唱を終える。爆破の魔法を発動しようと左手を前に出すが、魔法が発動しない。
「え!?なんで!!」
詠唱は間違いなく終えたはずだ。だが魔法が発動しない。エレンは驚愕した表情でアウローラを見る。
「フフフ。驚いておるな。妾が使ったのも魔法よ。ただ、ちょっとばかし神器の力を借りておるがな。さて、今ので妾が何をしたのかわかったであろう?」
アウローラの言葉にエレンは頷き剣を再び構える。今ので理解した。アウローラは“言葉”を言うだけでその言葉の現象を引き起こしているのだ。『弾けろ』と言えばそこに何もなくても弾ける現象が起き、エレンの詠唱中に『違え』と言えばエレンは強制的に詠唱の言葉を間違えさせられてしまう。詠唱を間違えれば魔法が発動しないのは当然だ。故に例えばアウローラが『死ね』と言えばその通りの現象が起きてしまう。それを理解したエレンは表情を引き締めた。
「良い面構えになったのう。して、エレンよ。次はどうする?」
エレンは再び詠唱を始める。アウローラに警戒しながら詠唱の言葉を口にするが、アウローラは妖しく微笑んでエレンを見ていた。
詠唱を終えたエレンは空中に大量の光の光剣を生成する。アウローラは上を見上げた。
「ふむ。そうきたか」
エレンはアウローラに向けて生成した大量の光剣を一斉に射出していく。アウローラは大量の光剣を見ながら一言呟いた。
「“消滅せよ”」
アウローラの言葉と共に大量の光剣は一斉に消滅した。だがエレンは構わず新たな詠唱を始める。アウローラは片目を瞑りエレンに語り掛ける。
「いくら魔法を発動しようとしても妾には効かぬぞ?エレンよ、そなたももうわかっておるだろう?故に魔法の詠唱をしても……」
アウローラがそこまで言った時、エレンは詠唱を終え剣を構えてアウローラに斬り掛かる。エレンの突然の行動にアウローラは驚きながらエレンの剣撃を受け止めた。
エレンの剣をアウローラが扇子で受け止めた瞬間、アウローラの後ろから鋭く尖った大きな氷が接近する。アウローラは一瞬気付くのに遅れてしまう。
アウローラの座っている白い椅子の背もたれに先が尖った氷が突き刺さる。それと同時に氷がいきなり爆発した。そしてエレンは素早く間合いを取る。
「……やりおるのう。合成魔法か」
今のでアウローラの白い椅子の背もたれが破壊された。だがアウローラは背もたれがなくなっても微動だにせずエレンに微笑む。
「フフフ。良い。愉快だ。故に妾は敬意を持ってそなたの相手をしよう。耐えてみせよ。“ひれ伏せ”!」
アウローラの言葉が放たれた瞬間、エレンの身体が見えない力によって床に押し潰される。エレンはうつ伏せの状態で背中越しに見えない力を感じながら苦痛の声を上げる。
「ぐ……あ……!」
エレンに掛かる重圧がどんどん重くなり、エレンの背骨が折れていく。苦しそうな表情でエレンは見えない重圧に対抗し立ち上がろうとする。
「ほう。良いぞ。“解除”」
その様子を見ながらアウローラはエレンに掛かる重圧を解く。エレンは荒い呼吸でフラフラと立ち上がり、自分の身体を確認する。
折れた背骨が何本か肺に刺さっている。左腕も折れたようだ。足は辛うじて動く。内蔵もいくつか潰れており、身体は鉛のように重い。全身の筋肉と骨が悲鳴を上げている。
だが、まだだ。まだアウローラを椅子から立ち上がらせていない。エレンはぼやける視界でアウローラを見据える。
「ま……だ……よ!」
「良くぞ耐えた。だが満身創痍だのう。治癒魔法を使って良いぞ?さすがに治癒魔法中は邪魔したりせん」
アウローラのその言葉を聞いた瞬間、エレンは一瞬でアウローラとの距離を縮める。剣を振り上げてアウローラに斬り掛かった。
今のエレンの動きにアウローラは心底驚いた。扇子でエレンの剣を受け止めようとするが間に合わない。
エレンの剣がアウローラに振り下ろされた瞬間、アウローラが咄嗟に言葉を口にする。
「“吹っ飛べ”」
その言葉と共にエレンの身体は吹っ飛んでしまう。アウローラは目を見開いたまま驚きの声を上げる。
「……驚いた。よもやここまでやるとは。追い詰められて限界を越えたか」
アウローラは吹っ飛んだエレンを見る。エレンの身体は床に倒れており動かない。
シルヴィアとエリザベードが終わったと判断したのか、アウローラに近付く。
「もう、アウローラ!!やり過ぎだって!!エレンが死んじゃったらどうするの!!」
「すまないのう、シルヴィア。だがここまでやるとは。妾は驚いておる」
「驚いておる、じゃないわよ!!アウローラ!!いくら私でも死んだら全く同じ命は“創造”出来ないのよ?やり過ぎよ!!」
「すまぬ、エリザベード。妾も反省しておる。今すぐ妾が治癒を──」
アウローラがシルヴィアとエリザベードに言おうとした時、アウローラが咄嗟に二人に言う。
「“避けろ”!!」
アウローラのその言葉と共にシルヴィアとエリザベードの身体が強制的に後ろに下がる。アウローラは座っている椅子を放棄し、後ろに下がった。その瞬間、アウローラが座っていた白い椅子が破壊される。
剣で白い椅子を破壊したエレンがそこには居た。身体は満身創痍だが力強い眼光でアウローラを見る。
エレンは手に持っている剣をアウローラに投げる。物凄い勢いで剣がアウローラに飛んでいく。
エレンが突然投げつけた剣をアウローラは右手に持っている扇子で弾き飛ばそうとする。だが扇子で弾かれる前にエレンが剣の後にすぐに放った爆破の魔法が投げた剣に当たり、剣が爆発した。
そして剣が爆発したと同時にエレンは魔法の詠唱を終えていた。アウローラの真上から大量の光剣を降らせる。
それらの行動を終えた時、さすがに限界だったのかエレンは口から血を吐きながら床に倒れてしまい、意識を失った。
シルヴィアとエリザベードが唖然とした表情をする中、アウローラが静かに言う。
「……今のは妾でも避けきれんし、防ぎきれん。よもやここまでやるとはのう。素晴らしい」
そう口にするアウローラの姿は、右手が爆発の影響で無くなっており、身体中に光剣が突き刺さっていた。
◆
「……あれ?……私……」
目覚めたエレンは頭に柔らかい感触を感じながら自分を優しげに見下ろす赤眼と目が合う。どうやら膝枕をされているみたいだ。
「エレン、大丈夫?」
「シルヴィア。私、どうなったの?」
「アウローラに剣を投げたり光剣を降らせた後、意識を失ったんだよ。大丈夫?どこか痛い所とかない?」
エレンは自分の身体を確認する。どこも痛い所は無い。
「大丈夫よ。ありがとう、シルヴィア」
エレンはシルヴィアに感謝の言葉を口にすると身体を起こし立ち上がる。
「目覚めたか。エレンよ、すまぬな。少し興が乗ってやり過ぎてしまった。許せ」
「エレン、許さなくていいよ。アウローラはすぐ調子に乗るんだから」
「エリザベード、妾がいつ調子に乗ったのだ?」
「……本当、性格が悪い」
新しくエリザベードが“創造”した白い椅子に座っているアウローラをエリザベードがジト目で見る。アウローラは扇子で仰ぎながら首を傾げた。
「アウローラ様、身体の方は……」
エレンはアウローラの身体を見る。アウローラの身体はどこも傷ついていない。
「そなたが心配するような事ではない。心遣い感謝する」
「いえ。それで……」
「ふむ。エレンよ。見事だ。良くぞ妾を椅子から立ち上がらせた。妾はそなたを認めよう。そなたはまだまだ強くなれる。そなたならクラディウスの小僧っ子を殺す事が出来るかもしれんな。約束を果たそうぞ。そなたにクラディウスの小僧っ子を殺す方法を教えよう」
「ありがとうございます!!」
エレンはアウローラに深々と頭を下げた。アウローラは「畏まらなくて良い」と言い、エレンに語り掛ける。
「良いか、エレンよ。クラディウスの小僧っ子を殺す方法はいくつかある」
アウローラの言葉にエレンは頭を上げ、真剣な表情でアウローラの話を聞く。アウローラはエレンに向けて人差し指を立て言葉を続ける。
「まず一つ目の方法は単純だが力でねじ伏せる。実力で勝つ、と言う事よの」
アウローラの言葉にエレンは頷き先を促す。アウローラは中指を立てた。
「二つ目。クラディウスの小僧っ子の体内に“障気”を流し込み弱らせてから殺す」
「障気?」
「そう。クラディウスの小僧っ子がいる天国は聖域。故に長い間聖域に居るクラディウスの小僧っ子の身体は地獄の障気にはめっぽう弱い。して、三つ目」
アウローラは薬指を立てる。
「クラディウスの小僧っ子を天国、或いは天国塔の外に引きずり出して殺す」
「それはどういう事ですか?」
「場所の問題よ。そなたの場合、堕天使故に天国、或いは天国塔に居ると聖域の影響で身体が苦痛を感じる。しかし、聖域外にクラディウスの小僧っ子を引きずり出す事が出来ればそなたは聖域の影響を気にする事なくクラディウスの小僧っ子と戦う事が出来る。さらに言えば、今のそなたはいつでも悪魔になれる。そなた程の者が今以上に実力を身に付け、聖域外で堕天使から悪魔になればクラディウスの小僧っ子を殺す事は可能だ。たとえクラディウスの小僧っ子が神器の力を使ったとしても聖域外なら悪魔になったそなたには叶わぬだろう」
「それなら……」
「待て、エレンよ。このやり方には問題がある。まず、天国や天国塔の中では悪魔になった瞬間、聖域の影響により動けない程の痛みがそなたを襲う。故に聖域外にクラディウスの小僧っ子を引きずり出す必要がある。今の堕天使の状態なら身体に苦痛を感じるが天国塔に入る事が出来るし、まだ動ける。そして問題はもう一つ。おそらくクラディウスの小僧っ子を天国、或いは天国塔の外に引きずり出す事は不可能だろう。あやつが聖域外に出るとは到底思えん。そして聖域外に引きずり出すのも難しいと妾は思う。故にこのやり方は条件が厳しすぎる」
アウローラの説明にエレンは納得した。アウローラが言葉を続ける。
「もし天国、或いは天国塔の聖域外にクラディウスの小僧っ子を引きずり出せれば、たとえそなたでなくともクラディウスの小僧っ子を殺す事が出来る。悪魔が五百万人程度で挑めば聖域外ならクラディウスの小僧っ子を殺す事はおそらく可能だろう。まあ、たとえ話ではあるがのう。とにかく、これらの条件の中で一番可能性の高い方法は、クラディウスの小僧っ子の体内に“障気”を流し込み、弱らせてから殺す、だのう。これが一番手っ取り早い」
「“障気”を体内に流す……」
「方法はなんでも良いぞ。例えば障気を仕込んだ剣で刺す、とか」
アウローラのその言葉を聞いたエレンが「そうか!」と手を叩いた。
「だがクラディウスの小僧っ子相手にそなたの身体が聖域の影響で弱っている状態でどこまで保つか。条件はかなり厳しいぞ。それでもそなたはやるのかのう?」
アウローラの問い掛けにエレンは力強く頷く。答えは最初から決まっている。ルールを守らないのならそれは間違った事だ。ならばそれを正さなければならない。
「エリザベード、シルヴィア。そなたらはエレンに協力するのであろう?」
「うん。もちろん。私はこれからエレンに地獄の魔法を教えようと思ってるし、エリザベードはエレンの為に色々“創造”する気だし」
シルヴィアの言葉にエリザベードもアウローラに頷く。アウローラは片目を瞑り少し考えこむ。
「妾もそなたに何かしてやりたいのう」
「あの、アウローラ様。シルヴィアとエリザベードが私に協力してくれるのはわかりますが、アウローラ様はなぜ私に協力してくれようと思ったのか聞いても良いですか?」
「ふむ。理由か。簡単な事よ。妾はそなたを好意的に思っておる」
アウローラの言葉にエレンは驚いた。まさかアウローラに好かれるとは思っていなかった。今気付いたが、先程からアウローラのプレッシャーを感じていない。アウローラはエレンに向けて言う。
「そうだ。思いついたぞ。地獄にいる魔獣逹を妾がしつけ、そなたに渡そう」
「……魔獣?」
「そうだ。エリザベードが昔、遊びで“創造”した魔獣逹が地獄には沢山おる。だが皆凶悪な性格をしておる故、妾達も悪魔達も魔獣には近づかないのだ。だが、もし意のままに操れればそなたの力になるであろう。魔獣逹を手懐けるのは妾に任せておけ。して、シルヴィア、エリザベード」
アウローラの言葉にシルヴィアとエリザベードは「何?」という顔で先を促す。
「そなたら、エレンに地獄と人間界が繋がる次の時期を教えたか?」
アウローラの言葉にシルヴィアとエリザベードは首を横に振る。二人とも忘れていたのかエレンにすまなそうな顔をした。アウローラがシルヴィアとエリザベードに呆れながらエレンに言う。
「エレンよ。人間界と地獄が繋がる時期は何百年に一度か聞いたかのう?」
「それはシルヴィアから聞きました」
「ふむ。それは聞いておるのか。エレンよ、次に地獄と人間界が繋がる時期は約三百年後だ」
「さ、三百年!?」
「そうだ。故にクラディウスの小僧っ子を殺しにいくとしても三百年は待たねばならん。逆に言えば、三百年は時間があるという事よの。三百年も鍛錬をする時間があれば、クラディウスの小僧っ子を越える実力を身に付けれるかもしれん」
アウローラの言葉にエレンは顔をしかめる。だが、アウローラの言う通りかもしれない。しっかりと三百年準備をしてから人間界に戻った方が良いだろう。
「これから三百年、妾達がそなたを鍛えよう。励めよ、エレン。クラディウスの小僧っ子を殺してみせよ。妾達は期待しておる。……人間達もそろそろクラディウスの小僧っ子から独立するべきだ」
アウローラはそう言うと手に持っている扇子で仰ぎ始めた。