第十五話 創造神と天空神
「エレン、着いたよー。早速中に入ろうか」
城の前に着き、シルヴィアは呑気な声でそう言うとエレンの手を握ってゆったりと歩き出す。エレンはシルヴィアの握ってきた手に驚いた。シルヴィアの手は物凄く冷たかったのだ。まるで死者のように。
流石に疑問に思ったエレンはシルヴィアに聞いてみる。
「シルヴィア、あなたの手……物凄く冷たいわ。どうしてなの?」
「うーん……。なんと言えばいいのかな。私やエリザベードの身体を構成してる物質は“成分”なんだよね。これはちょっと説明してもわからないと思うからそういう事だと認識しておいてね」
「……わかったわ。ねぇ、シルヴィアには私の手の暖かさは伝わってるの?」
「それがね、実はわからないんだ。私達は暖かさも冷たさも感じる事は出来ないんだよね。身体の構成の都合上そういう風になってるの。私達の身体は人間や他の生物の身体にある心臓や脳、骨や筋肉や他の臓器は存在してないんだ。人間と同じ外見で人間と同じように身体を動かしてるけど、人間とは違い私達は成分で出来ているから人間や他の生物の感じている感覚はわからないんだよね。“暖かさ”や“冷たさ”もエリザベードが創造してくれたんだけど、それは元々は私の考えた感覚なんだよ。だから直接触って感じる事は出来ないけど、考えたのは私だから“暖かさ”や“冷たさ”という感覚は知ってはいるよ。直接触って感じる事が出来ないのは非常に残念だけどね」
シルヴィアは残念そうな表情でエレンにそう説明をした。エレンはそういう物だと認識しておく。シルヴィア達にはシルヴィア達なりに事情があるのだろう。エレンが首を突っ込む事ではない。
城の中に入ると沢山の悪魔達がエレンの目に映る。悪魔達は皆忙しそうに仕事をしていた。地獄に来た転生の準備に入る人間の魂の列の管理をしている悪魔や、城内を飛び回って書類を運んでいる悪魔等様々だ。他にも城内を掃除している悪魔や天井付近を飛び回り指示を出している悪魔もいる。悪魔達は皆、慌ただしく仕事をしていた。
「お、今日も皆元気だねぇ」
シルヴィアが感心したのかうんうんと頷いていると一人の悪魔がシルヴィアに気付いた。慌ただしく近寄って来る。
「シルヴィア様、お疲れ様です!」
「お疲れ様。エリザベードはどこにいるか知ってる?」
「エリザベード様は先程ご自分のお部屋に行かれました」
「そっか。教えてくれてありがとう」
シルヴィアはそう言って悪魔ににっこり微笑んだ。エレンはシルヴィアの笑顔を地獄に来て初めて見たが、思わずシルヴィアの笑顔にドキリとした。とても美しく慈愛に満ちた笑顔をしている。その中には可愛らしさも混じっており、女であるエレンも思わず目を奪われる程だった。
シルヴィアの飛びっきりの笑顔を向けられた悪魔はとろけそうな表情をしていた。悪魔の癖に面白い。
エレンがとろけそうな表情をしている悪魔をじっと見ていると悪魔がエレンの視線に気付いた。
「あの、シルヴィア様。そちらのお方は?」
「私達の大切なお客様だよ。粗相のないようにね」
「畏まりました。他の者にも伝えておきます。では、仕事に戻ります」
悪魔はシルヴィアとエレンに頭を下げると慌ただしく仕事に戻っていく。
「シルヴィア、悪魔っていつもこんなに忙しそうにしているの?」
「うん。天国より五倍は忙しいんじゃないかな?天国と違って仕事が沢山あるし」
「へえ。それにしても……」
エレンは悪魔達の姿を見る。天使とは違い皆、シルヴィアが先程、指パッチンで消した悪魔と同じ姿をしていた。天使の目で見てみても悪魔の姿はそのままの姿でエレンの目に映る。天使とは違い階級制度はないのだろうか?
「シルヴィア、悪魔には階級とかあるのかしら?」
「悪魔に階級はないよ。天使の方に階級があるのはクラディウスが優劣を付けたかったからそうしたんだよ。あんまし意味はないのにね」
シルヴィアに手を握ってもらったままエレンは城の中を移動する。長い通路を通ったり階段を上がったりするがどこを通っても悪魔達は忙しそうに動いていた。シルヴィアが通ると「お疲れ様です!」と元気良く深々と頭を下げてくる。シルヴィアは「お疲れ様、頑張ってね」と悪魔に返事を返す。
エレンは何故シルヴィアが自分の手を握ってきたのかを疑問に思ったので聞いてみる事にした。
「シルヴィア、そういえばなんで私と手を繋いで城の中を歩くの?」
「それはね、悪魔達にアピールしているの。私がエレンの手を握っている事に意味があるんだよ」
「どんな意味があるの?」
「私と親しいってアピールする事によって、悪魔達にエレンの事を認めさせてるんだよ。城の中に入ってから沢山の悪魔達がエレンの事を見たけれど、嫌な顔を誰もしなかったでしょう?私がエレンと手を繋いでる事によって悪魔達は理解するんだよ。『シルヴィア様が手を繋ぐ程のお方なら粗相のないようにしなければ!』ってね。もし手を繋いでなかったら、悪魔達はエレンの事を警戒してたと思うよ。エレンは地獄にいきなりやって来た部外者みたいなものだから」
「なるほど。そういう事ね。シルヴィア、気を使わせてしまってごめんね」
「別に気は使ってないよ。エレンとは手を繋ぎたかったし。それに私はエレンの事が好きだしねー」
シルヴィアにそう言われエレンは恥ずかしそうな顔をする。シルヴィアはエレンの顔を見て「おやおや、観察しがいがあるねぇ。やっぱりエレンは面白い」と呑気に言い嬉しそうに頷いた。
暫く城の中を歩くとエリザベードの部屋の前に辿り着いた。シルヴィアが呑気な声だが透き通った声でエレンに言う。
「エレン、ここがエリザベードの部屋だよ。扉を開けたら注意してね。エリザベードが何を“創造”してるかわからないから」
エレンはシルヴィアの言ってる意味がわからなかった。だが、シルヴィアがエリザベードの部屋の扉を開けて部屋の中の様子がエレンの目に映った時、シルヴィアの言っている意味を理解した。
エリザベードの部屋の中は沢山の剣が空中を漂っていた。剣だけが空中を漂っており、時折、二本の剣が空中で打ち合ったりしている。部屋の中心に銀髪の少女が腕を組んで「うーん……」と目を瞑って唸っており、真剣な表情で考え事をしていた。
「エリザベード、エレンを連れてきたよ」
シルヴィアの声にエリザベードは目を開いた。エリザベードは空中で人差し指をくるくると動かす。すると空中に漂っていた剣が次々と消えていく。一連の作業を終えたエリザベードはシルヴィアとエレンを部屋の中に手招きする。
「エリザベード、何をしていたの?」
「剣を創ろうとしていたわ。エレンの為にね」
エレンはエリザベードの言葉に反応する。
「私の為に?」
「ああ、エレン、初めまして。会いたかったわ。私は創造神エリザベードよ。あなたが地獄に来るってシルヴィアから聞いてね。剣を創ってあなたにプレゼントしようと思ったのよ。エレン、あなたはクラディウスと戦うつもりなのでしょう?なら、対等の条件にしてあげないと」
「……それはつまり、今の私の実力じゃクラディウスを殺せないって事?」
「そうよ。今のエレンが本気で挑んでもクラディウスには傷一つつけられないわ。クラディウスには“神器”の加護があるもの」
エレンは初めて聞いた神器という用語に首を傾げた。シルヴィアがエレンに説明をする。
「神器とはね、私達神が持っている宝玉の事だよ。神器は四つあって、一つはクラディウス、一つはエリザベード、一つは私……なんだけど、実は無くしちゃって。まあ、それは気にしないで。あと一つがこの後会いに行くんだけど、終焉神アウローラ。この四人が神器を所持しているの。それで神器とはわかりやすく言えば永続的に莫大な力を供給し続けてくれる装置だね。だからもし、クラディウスが神器の力を使ったら、今のエレンでは絶対にクラディウスには勝てないんだ」
シルヴィアの説明にエレンは納得した。クラディウスが何か力を隠しているのはなんとなくわかっていたのだ。天国で戦ったが、何か得体の知れない力を感覚的に感じていた。いくら合成魔法をエレンが使えたとしてもクラディウスには絶対に勝てなかっただろう。
エリザベードがエレンに優しい表情で話し掛ける。
「だからせめて対等の条件にはしてあげたいのよ」
「なんでシルヴィアとエリザベードは私に協力してくれるのかしら?」
「理由は二つあるわ。一つ目の理由は……」
エリザベードがそこまで言った時、シルヴィアが喋り出す。
「あ、エリザベード。それは私が説明するよ。エリザベードにとっては二つ目の理由の方が大事でしょ?」
「そうね。シルヴィア、任せるわ」
「ありがとう、エリザベード。エレン、私達があなたに協力する理由の一つはね、エレンが神であるクラディウスに初めて敵対した存在だからだよ。今まで人類……人間達の中で神であるクラディウスに対して敵対したり、反発する者は現れなかったんだ。それは敵対や反発したら神であるクラディウスに滅ぼされるかもって人間達がクラディウスに対して恐怖を抱いているからでもあるんだけれど……。それでも少しぐらいは敵対なり反発なり、クラディウスに対して異を唱える人間が出てくると私達は期待していたんだよ。私達は、そういう“今までにない初めて”の事象を観察したいの。でも、そういった人間は今まで現れなかった。“可能性”を人間達は放棄してしまったんだよ。私達の目から見ればね。でも、エレンは違った。人間を捨て、天使になり、クラディウスに堕天使にされてもエレンは諦めない。そして、人間の魂を食べているクラディウスを許せないからクラディウスを殺そうと思っている。……私達はね、そういう存在を待っていたんだ。そういう“今までにない初めて”をエレンがやってくれると私達もそれを観察出来るから。だから、エレンに協力するんだよ。もし天国でエレンがクラディウスに殺されそうになったら助けるつもりだったしね」
「なら、もしそれが私じゃなくても協力するつもりだったの?」
「うーん……。どうだろうねぇ。多分協力はしないかな。だって協力したってその人間がクラディウスに勝てるはずがないから。でもエレンなら勝てるかもしれないんだよ。エレン、君は特別なんだよね。その理由は二つ目の理由なんだけど、それはエリザベードが説明してくれるから」
シルヴィアはエリザベードを見る。エリザベードは頷くとエレンに協力する二つ目の理由を話しはじめた。
「二つ目の理由はね。エレン、あなたは私を元にして造った人間の子孫だからよ」
エレンはエリザベードの言葉に驚愕した。
「それって……」
「そのままの意味よ。だから私にとってはエレン、あなたは特別なの」
シルヴィアが口を挟む。
「エレン、自分の容姿がエリザベードとなんとなく似てるって思わない?こうしてエリザベードと対面してみてどう思った?」
シルヴィアの言葉にエレンはエリザベードを見て、自分の容姿と比べる。確かに、エリザベードに似た面影が自分には、ある。
エリザベードがエレンを見つめながら言った。
「だからね、エレン。あなたには私の“創造”の力が備わっているのよ。と言うより、エレンの家系の人間は全員、ね。最も、神器が無ければ何かを“創造”して創りだす事は出来ないんだけれど」
「……なるほどね。だからシルヴィアとエリザベードは私に協力してくれるのね」
エリザベードが話した二つ目の理由にエレンは納得した。シルヴィアがエレンに言う。
「でもね、エレンが堕天使になったり、地獄に来たりしたのは私達にとっては予想外だったんだよ。まさか地獄に自分から来るとは思わなかったよ。もしかしたら惹かれたのかもしれないね」
シルヴィアの言葉にエレンは頷いた。
「そうね。子が親に惹かれるようなものかもしれないわね。私自信、無意識に惹かれたのかも」
エレンはそう言うとエリザベードを見る。エリザベードは子を見るような優しい眼差しでエレンを見つめ返す。
「ほらほら、見つめ合ってないでそろそろアウローラの所に行くよ!」
シルヴィアがエレンとエリザベードに告げると、ほぼ同時に「そうね」とエレンとエリザベードは口にした。
「ねぇ、エリザベード、シルヴィア。アウローラってどんな神様なの?人間の世界の文献とかには地獄の神様って事しか載ってないんだけど。後、クラディウスが何故“統一神”って呼ばれてるのかも疑問に思っているわ。文献だとクラディウスの方が偉くて、シルヴィアとエリザベードが神だけどクラディウスの部下……みたいな書かれ方がしてあったんだけど、これってどういう事なの?」
エレンの疑問にシルヴィアが説明を始める。
「まずアウローラはね、簡単に言うと“終焉をもたらす神様”なんだよ。そうだなぁ。……あ、わかりやすく置き換えるとね、人間の世界では劇とかである舞台ってあるでしょ?舞台の脚本を考えたり、登場人物を考えるのが私。舞台の登場人物を用意するのがエリザベード。舞台を終わらせるのがアウローラって所かな。つまり今の世界の文明を終わらせる役目がアウローラのやる事。まあ、世界を終わらせると言っても生き物が完全にいなくなってもうこの文明がどうやっても発展しないってアウローラが判断しない限り文明を終わらせるなんて事はないけどね」
「なるほど。終焉神ってそういう意味なのね」
「うん。それと人間界の文献とかに私とエリザベードがクラディウスの部下って書かれてるのは当然と言えば当然だよ。だって、私達はクラディウスを観察する事が目的だから。一番偉い存在にするとどうなるのか、を知りたくてクラディウスを天国で一番上の存在にしたんだよ」
「なるほど。だからクラディウスが一番偉い事になってるのね」
「人間界の文献ではね。でも私達が天国に居た時はクラディウスに命令されるなんて事はなかったかな。対等な存在だったよ。と、ここの部屋だ」
シルヴィアはアウローラの部屋の前で立ち止まる。エレンとエリザベードもシルヴィアにならって立ち止まった。
エリザベードがエレンに話し掛ける。
「エレン、最初に言っておくけれど、多分面倒な事になると思うからそのつもりで」
「面倒な事?」
「アウローラは私やシルヴィアとは違うの。一言で言えば性格が悪いのよ」
エリザベードはそう言い肩をすくめる。シルヴィアも苦笑いをしていた。エレンは二人の反応に顔をしかめる。
シルヴィアが扉に手を掛けエレンに声を掛けた。
「それじゃあ、扉を開けるよー」
エレンが頷くとシルヴィアが扉を開ける。部屋の中が見えた瞬間、エレンの背中を冷や汗が伝う。確かなプレッシャーをエレンは感じていた。思わずひれ伏してしまいそうになるほどのプレッシャーだ。天国塔の最上階でクラディウスと相対した時もプレッシャーを感じたがそれとは比べものにならない程のプレッシャーがアウローラの部屋の中から漂ってくる。思わず後ずさりしそうになるが、右手をシルヴィア、左手をエリザベードに握って貰いなんとかプレッシャーに耐える。
エレンは手を握ってくれたシルヴィアとエリザベードを交互に見る。二人ともエレンに頷いた。エレンは意を決して部屋の中に入る。
アウローラの部屋に入ると扉が勝手に閉まる。部屋の中は物凄く広く、真っ白い空間だった。床も白、壁も天井も白。周りには何もなく、中央に白い椅子に座った女性が居た。椅子に座っている女性は足を組み椅子の肘掛けに肘を付き、頬杖をしている。その女性の服装は白いドレスで、白い薔薇の装飾が施されている。髪の色も白くかなり長い。瞳の色は透き通った綺麗な青い瞳の色をしている。
白い髪の女性が静かに口を開いた。
「白は良い。何にも染まらない純粋な色だ。そなたはどう思うか?」
エレンはいきなりそう聞かれなんて答えようか迷う。白という色について一瞬考えるが直ぐに答えが出た。
「私は白は美しくて綺麗な色だと思います」
「ほう」
白い髪の女性はそう言いエレンをジッと見る。少しの間沈黙が続くが白い髪の女性が静かに名乗る。
「妾は終焉神アウローラ。今の問い掛けは妾の趣味だ。特に気にするでない。妾はこの地獄を束ねる神だ。そなたの名を聞かせよ」
「私はエレン・クリエイドと申します」
「そうか。して、エレンよ。何故地獄に来たのか聞かせよ」
「私は、人間を辞め天使になり天国にいるクラディウスの不正を見つけ、クラディウスに堕天使にされて、クラディウスと戦ったのですが力及ばず地獄に逃げて来ました」
「それはまたなんとも矮小な理由よの。クラディウス……あの小僧っ子は今だに人間の魂を喰らうておるのか。して、エレンよ。そなたはおめおめと地獄に逃げて来たのは何故だ?」
エレンは天国にあるゲートから何故地獄に来たのか──それは。その理由は。
「アウローラ様に会いに来ました。そして、アウローラ様以外にも神様はいるのか、と考えて地獄に来ました」
「ほう。何故妾に会いに来ようと思ったのだ?」
「アウローラ様にクラディウスに勝つ方法を教えて貰おうと思い、地獄に来ました」
何も考えずにエレンは地獄に来た訳ではなかった。最初から地獄の神であるアウローラに会う為に天国のゲートで地獄に行きたいと望んだのだ。
エレンの理由を聞いたアウローラは目を少しだけ見開く。そして静かに笑い出した。
「フフフフ。エレンよ。そなたは貪欲よの。クラディウスの小僧っ子を殺す為に妾に会いに来たのか。感服したぞ。そこまでしてクラディウスの小僧っ子を殺したいか」
「はい。殺したいです」
「ふむ。ならばまずは妾を楽しませよ。エリザベード」
アウローラに名前を呼ばれたエリザベードは「何かしら?」とアウローラに聞く。
「エリザベード、何か創造せよ。中身は空で良い。ただ戦う為だけの生物を何か創り出しておくれ。戦闘能力は高めでな」
「大きさは?」
「人間と同じ大きさで良い。後、同じ剣を二本用意しておくれ」
「わかったわ」
エリザベードはそう言い握っていたエレンの手を離す。エレンに「大丈夫」と言い少し離れた場所に移動し“創造”を始めた。
アウローラはエレンに静かに言う。
「エレンよ。今からエリザベードが創造した生物と戦って貰おう。そなたの実力を見せてみよ。どちらかが死ぬまでの戦いだ。そなたの実力を妾が認めれば、クラディウスの小僧っ子を殺す方法を教えてやろう」