第十一話 第二の試練 ─知恵─
エレン達は第二の試練の部屋のある階層に辿り着く。エレン達はまず驚いた。目の前に聖獣と人間の無数の死体が床に転がっていたのだ。間違いなくクロエとヴァルキュリアの仕業だろう。
人間の死体は数体あった。おそらくこれから第二の試練に挑戦しようとした冒険者達の死体だろう。死体の有り様はとにかく酷かった。下半身がない死体や内臓をえぐり出された死体、原型を留めていない潰れた死体。どの死体を見てもとにかく酷い。顔が残っている死体の表情は死ぬ瞬間まで苦痛を味わっていたのか、とても見れたものではない表情をしている。
聖獣の死体もまた酷い有り様だった。聖獣の脚が切断された死体はその頭に自分の切り落とされた脚の骨が深々と突き刺さっている。わざとやったとしか思えない殺し方だ。
他にも生態解剖されたであろう聖獣の死体や明らかに聖獣の頭部を無理やり引きちぎったであろう死体等、様々な死体が通路の床一面を覆っている。何故、わざと相手が苦しむ方法で殺しているのか。それも物凄く残酷な方法で。エレンにはそれが全く理解出来なかった。とにかく、どの死体も異常な殺され方なのだ。
通路の床一面は人間の赤い血と聖獣の青い血が混ざりあっており、とても気持ちが悪い。そして血の独特な鉄臭さがエレン達の鼻に臭ってくる。
「……何よ、これ。酷すぎるわ」
エレンがそう言葉を発した時、まずルビアが嘔吐物を吐いた。レイコがルビアの背中をさすっているが、レイコの顔も青ざめている。それを見たエレンはルビアとレイコに声を掛ける。
「……二人とも、少し下の階層に行ってて。私が処理しておくから」
レイコはエレンの言葉をすぐに理解し、嘔吐し終えた涙目のルビアを連れて下の階層に行った。
エレンでもさすがにこのような異様な光景は見た事がない。
吐き気を堪えながら詠唱し、焼却の魔法で通路に散らばる人間と聖獣の死体を燃やす。せめてもの供養のつもりで丁寧に燃やしていく。肉の焼ける臭いがエレンの鼻に漂い、胃が嫌な感じでムカムカしてくる。
血の鉄臭さを我慢し、次に赤と青の血で混ざり合った床を綺麗にする為に新たに詠唱をする。魔法が発動し、光が床一面を覆った。エレンが手をパンッと叩くと光が一瞬で消え、床一面の赤と青の混ざり合った血の海も消えた。ついでに鼻に漂う血の鉄臭さも魔法で消しておく。
一連の作業を終えたエレンは咳き込む。さすがに臭いがキツくて、涙目になっていた。深呼吸をし、気持ちを落ち着かせる。
何故、クロエはこんな酷い方法で殺したのだろうか?もし、殺す相手を物凄く憎んでいるのならば理解出来る。三百年前に自分がオマロを殺した時がそうだったからだ。しかし、人間や聖獣を無差別にわざと殺したのは何故だろうか?
きっと“愛”を憎む上での行動だろうが全く理解が出来ない。そして物凄く、胸糞悪い。
エレンはその時、固く決意をした。クロエは絶対に殺さないといけない。エレンは父親のせいでほとんどの人間が嫌いになったし、どうでもいいと思っているが、殺してしまいたいとまでは思っていない。嫌いだし、どうでもいいが、殺す理由がないし、人殺しはルール違反だ。
だが、クロエは絶対に殺す。ルールに例外は付き物だ。別に人間の為ではない。クラディウスに対しての感情と似たようなものを抱いているからだ。ただ、ただ、クロエを許せない。
気持ちを沈めてエレンは下の階層にルビアとレイコを呼びに行く。
◆
エレン達は第二の試練の部屋の中に入った。ルビアとレイコは先程の死体の光景を目の当たりにした衝撃が残っているのか、まだ暗い表情をしている。
二人の気持ちは分かるがこれから試練に挑戦するのだ。集中しないで試練に挑戦し、命を落とされるのは困る。エレンはルビアとレイコを叱咤する。
「ルビア、レイコ。あんた達がクロエの行った行動に対して胸糞悪くなっているのはわかるわ。でも、今から試練なのよ?気持ちを切り替えなさい!死んでもいいんだったら、そんなグズグズな気持ちのまま試練に挑戦するのを私は止めないわ。でも、私はあんた達には死んで欲しくない。だから……お願い」
ルビアとレイコはエレンの言葉にハッとする。
「……そうね。ごめんなさい、エレンちゃんの言う通りね。私達は先に進む為にここの試練を乗り越えないといけないのよね。もう、大丈夫よ。ありがとう、エレンちゃん」
「そうでしたね。ごめんなさい、エレンさん。集中します!」
「……よし。あそこの石版と水晶の所に行くわよ」
第一の試練と同様に部屋の中央に水晶と石版があった。エレン達は水晶と石版の側まで歩く。
ルビアが石版に書いてある試練の内容を読み上げていく。
「水晶に手を触れよ。さすれば試練を与えん。試練を乗り越えし者は先へ進む事が出来る。試練に敗れた者には罰が下る。知恵を示せ……今度は知恵ですか。あれ、下の方にまだ何か書かれてますね」
ルビアがしゃがんで石版の下に書かれている内容を読み上げる。
「尚、試練は一人でも挑戦出来るが複数人でも挑戦出来る……つまり、三人一緒に挑戦出来るみたいですね!」
エレンは三百年前に挑戦した第二の試練の内容を思い出してみるが、あまり覚えてないのか記憶が曖昧だった。確か、何か問題を解いたのは覚えているが、あまり難しくなかったのは覚えている。
「じゃあ三人で行きましょうか」
エレンの言葉にルビアとレイコは頷き、三人で一緒に水晶に手で触れた。
◆
水晶の中に入ったエレン達は周りを見回す。水晶の中の空間の周りの景色は薄暗く、不気味な雰囲気を漂わせていた。
エレンは三百年前の試練に挑戦した時はこんな感じではなかったとなんとなく思い出す。第二の試練の問題はどうやらランダムのようだ。
エレンがそんな事を考えているとルビアが口を開く。
「えと、一体どうすれば……?」
ルビアは周りを見回してオロオロしている。その時レイコが後ろを振り向いて言った。
「後ろに道があるわねぇ。一本道みたいだけど、あれを進むしかないみたいね」
レイコの言葉にエレンとルビアは頷き、一本道を進む。一本道の他には何もなく、暗闇が延々と広がっている。上も下も右も左も道以外は暗闇だった。完全な暗闇ではなく薄暗い暗闇の為、お互いの顔や一本道はちゃんと視認は出来る。
レイコが下を見て思ったのか、疑問を口にする。
「下に落ちたらどうなるのかしら?」
「知らないわよ。ルビア、飛び降りてみる?」
「嫌ですよ!エレンさんみたいに飛べませんから!」
「冗談よ。レイコ、そんなに気になるならなんかの魔法を下に向けて放ってみたら?」
「そうね……」
レイコは詠唱し、火炎弾を何発か下に向けて放った。延々と深い暗闇をレイコが放った火炎弾は進んで行くが、途中で消えてなくなってしまった。
「……消えたわね。どうなってるのかしら?」
「さあ?そんなに気になるなら飛び降りてみる?」
「そうねぇ。ルビアちゃんが飛び降りるなら私も一緒に……」
「だから、飛び降りませんから!」
どうでもいい雑談をしながら一本道を進むと今度は別れ道が出て来た。別れ道の前に石版があったのでルビアが読み上げる。
「先に進みたければこの問を解き、正しき道へ進め。別れ道の先にはそれぞれ門番がいる。片方の門番は真実だけを口にし、片方の門番は嘘しか言わない。片方の門番が守る門は先に進む事が出来る。もう片方の門番が守る門は先に進む事が出来ない。質問を一回だけ許す。正しき道へ進め」
エレンとレイコはルビアの読み上げた内容に早速頭を悩ませる。
「色々なパターンがあるわねぇ。なんて質問すれば正しい道に進めるのかしら?エレンちゃんは何か思いつく?」
「……私はこういう頭使うのはあんまり得意じゃないのよ。結構難しいし。ルビア、あんたはどう質問すればいいと思う?」
「うーん……難しいですね」
ルビアとレイコは頭を悩ませている。エレンとしては体力が削がれるので早く先に進みたいが答えを出すのに時間が掛かりそうだ。エレンは少し考えて一つ思いついた事があるのでルビアとレイコに提案する。
「ちょっと門番と門番が守ってる門を見てくるわ。どんな感じなのか様子を見てくる。考えるのは任せたわ」
「わかったわ。ルビアちゃん、頑張りましょう」
「私もこういう頭使って考えるのは苦手なんですよね。できる限り頑張ってみます!」
エレンは二人に「よろしくね」と言い、黒い翼を羽ばたかせ門番と門番が守ってる門まで飛んでいく。エレンはとりあえず右側の門番の方を見る事にした。
門番は天使の石像だった。人間の三倍の大きさはある。天使の石像の近くをウロウロと飛んでいると飛んでいるエレンを天使の石像の目が追う。天使の石像の目がギョロギョロと動いておりとても気持ちが悪い。気持ち悪いがちゃんと門番としての役割は果たしているようだ。
エレンは天使の石像に近付いて質問をする。
「ルビアちゃん、なんて質問すればいいのかわかったわ」
「レイコさん、わかったんですか!?」
「ええ。質問するのはどちらの門番でも構わないのよ」
「なんて質問をすればいいんですか?」
「それはね……」
レイコがルビアに答えを説明をしようとした時、エレンが戻ってくる。
「二人共、わかったわよ。右側の扉が先に進む扉みたい」
「あら、エレンちゃん。おかえり。答えがわかったのね。私もちょうど答えがわかったからルビアちゃんに説明しようとした所なのよ」
「エレンさん、凄いですねっ!私はいくら考えてもわかりませんでした……」
レイコとルビアがエレンに感嘆の声を掛けてくるが、エレンは首を横に振る。
「いや、別になんて質問すればいいのかわかった訳ではないわ」
エレンの言葉にルビアとレイコは首を傾げる。
「とりあえず右側の道を進みましょう」
エレンが先に進むように促すので、ルビアとレイコはエレンの後に続く。レイコがエレンに質問をする。
「それでエレンちゃんは何をしてきたの?」
「門番を下に落として来たわ。ほら、レイコさ、この下の暗闇がどうなってるのか気になっていたじゃない?だから門番を下に落として確認して来たわ。ああ、門番はね、天使の石像だったわ。それで門番にこう質問したの。『石像だけど翼があるから飛べるのかしら?』って。そしたら門番が『飛べる』って答えたから、爆破の魔法で下に落としてみたの。そしたらね、門番は飛べなかったのよ。『そんな……』って言いながら下に落ちてったわ。だからそいつが嘘しか言わない門番だったのよ。それでとりあえずもう片方の門番も邪魔だったから爆破の魔法で吹っ飛ばして下に落としたわ。後は両方の扉を開けて、両方に探索の魔法を放ったのよ。それで右側の扉が先に進めるって事がわかったわ。それでレイコ、どうやら下に落ちたら下に漂っている暗闇に飲まれて死ぬみたいね」
エレンは物凄い得意気な顔でルビアとレイコに話す。ルビアは開いた口が塞がらず唖然とした表情だ。レイコは笑いを堪えているのか肩を震わせている。
「エレンさん、強引すぎです……」
ルビアがぼそりと言い、レイコはクスクスと笑う。エレンは二人の反応に首を傾げる。自分は何も可笑しな事をしているつもりはない。
「とりあえず、先に進むわよ」
暫く歩き、右側の扉の前に着く。エレン達は扉の中に入った。