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桜の樹の下には

作者: 咲村雛乃

 校庭の隅にひっそりと佇むその樹は、毎年たいそう綺麗な桜の花を咲かせる。存在感もさることながら、春の間だけ姿を輝かせたきり陰へと隠れてしまう謙虚さもさらに桜の樹を神秘的かつ厳格に見せているように思えた。

「知ってる? 綺麗な桜の樹の下には、死体が埋まってるんだって」

 桜の樹が満開になる頃、決まってその話題は学校中に現れる。最初は誰もが興味津々に聞き入りあれやこれやと議論を交わしていたが、毎年やっていればさすがに飽きてくるらしい。皆は「またその話か」という風に聞き流していた。

「あんたも飽きないね。そんなの都市伝説に決まってるじゃない」

「え、でもさ。なんか、こう、ロマンを感じない?」

 確かに私もそういった類の話は嫌いじゃない。窓の外に見える桜の風景には、何故だか何度も心をざわめかせられるからだ。

「……それなら、本当に掘り起こしてみたらいいよ」

 教室中がしんと静まり返る。それは普段喋らない私が急に発言したからか、それともあまりに突拍子もないことを言ってしまったからなのか。自分ではない自分に突き動かされるようなこの感覚は少し心地がいい。

「やってみようよ、桜がすべて散る前に」

 勝手に掘り起こしたりなどしたら怒られるかもしれない。けれど私の胸は、初めてあの桜の樹に出会った時のように高鳴っていた。


「スコップ、人数分足りそうだね」

「本当に何か出てきたらどうしよう……」

 一人ひとつスコップを抱え桜の樹の下へ集まる。桜は風でいくらか散り、辺りを桃色に染め上げていた。そんなところにスコップを深々と突き立てるのはなんだか気が引けてしまう。しかし好奇心のほうが勝ってしまうのだから仕方ない。

「よし、この辺にしよう!」

 その声を皮切りにざくざくと音が響き始め、桃色は濃茶へと姿を変えていく。どのくらい掘り進めていただろうか、唐突にかつん、という聞き慣れない音が響いた。

「え、なにこれ……」

 板のようなものの表面だけしか見えていない状態では判断できない。皆は口々に「棺桶だ」だの「骨壺だ」だの言いながらそれを掘り起こす。出てきたのは棺桶でも壺でもない、両手にのるぐらいの大きさの箱だった。

「なにこの箱……。なんか結構年季が入ってるっぽいんですけど」

「え、開けちゃう?」

「さすがにやばそうじゃない?」

 このサイズなら骨が入っている可能性も否めない。掘り起こした箱を囲みながら頭を悩ませる。すると突然背後から声が聞こえた。

「こら、なにやってんだ」

 慌てて振り返るとそこには今年の春に新任としてやって来たばかりの先生が立っていた。顔はわかるが名前が憶えられていない。しかし厳しい先生に見つかるよりは良かったのかもしれない。

「すみません、先生。綺麗な桜の樹の下に死体が埋まっているかどうかを調査中でして」

「なにくだらないことやってんだか……。暇そうでいいな」

「いやいやでもね先生。本当になにか出てきたんですよ」

 先生は差し出されたその箱を見ると、驚いたように目を見張った。

「先生、なにか知ってるんですか?」

「これ、俺たちが卒業するときに埋めたタイムカプセルなんだよ。懐かしいなー」

 先生は中身を取り出し楽しそうに眺めているが、私たちはほっとしたような、残念なような複雑な気持ちだった。しかし私はあることを思い付いた。

「私たちもタイムカプセル、埋めようよ」

 皆も同じことを考えていたらしい。手頃な箱を先生から頂き、あっという間に準備は進んだ。何を入れようか散々悩んだけれど、結局あの桜の花を押し花にして入れることにした。

「掘り返すのはいつにする?」

「また、綺麗な桜の樹の下に死体が埋まってるか気になったらで、いいんじゃない?」

 先に掘り起こすのは数年後の私たちか、それとも疑問を抱いた少年少女か。そんなことをふと考えた。

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