1-2 わたし、安心するみたい
わたしよりずっと背の高い雨森さんを見上げる。わたしが小っちゃいから、だいたいの人と話すとき、目線はどうしても上になってしまう。雨森さんは背がやや高いほうだと思うから、尚のことだった。わたしも大きくなりたいけど、もう無理かもしれない。
わたしの問いに僅かに困惑したように見えたけど、それでも永い間を空けずに、雨森さんは答えた。
「うん。昨日ね、ここら辺りで栞ちゃんのことを見かけて、クラスメイトのコだってすぐに判ったから。名前も憶えてたし」
昨日は公園には寄らずに家に帰ったから、そのわたしを見たということは、雨森さんも直帰したのかな。部活動の見学も始まっているのに、雨森さんみたいに活発そうなコがすぐに帰るなんて、ちょっとびっくり。わたしは部活動をする気が無いから、良いけど。
「後ろを付いていくつもりは無かったんだけど、偶然にそのあとも帰り道が一緒でね、栞ちゃんが家に入るところを見たの。だから家を知ってるんだ」
納得したわたしは、コクコクと幾度か頷いた。
「ごめんね。急に現れて送っていくって連れ出したと思えば、家を知ってるなんて、そりゃ驚いちゃうよね。私も思慮が足りなかったよ」
雨森さんのことはクラスメイトってことくらいしか知らなかったし、突然話しかけられて驚いたのは事実だった。名前を憶えられていたことも家を知っていたことも、どれもわたしを怪訝にさせた。でもね。
「雨森さん、良い人そうだから、大丈夫」
まだ全然話もできていないから、もちろん確証は無い。
「ふふ。その根拠はどこから?」
雨森さんは微笑んで、わたしのほうを見る。
根拠なんて、たしかなものじゃないけど、わたしはこれだけは言える。わたしにとってはたしかなことだから。
「雨森さんと話してると、わたし、安心するみたい」
ひどく感覚的なもので、雨森さんにとってはどうか分からない。でもわたしは、中学生のころ、友達と話しているときに感じたものとおんなじ気持ちになっている。だからきっと、雨森さんは良い人なんだと思う。
「ありがとう」
そう言って、雨森さんは相好を崩した。
◇
わたしの家に付くと、雨森さんは携帯端末を取り出した。
「ね、栞ちゃん。連絡先教えてもらっていい?」
「うん!」
わたしは飛び付くような勢いで頷いた。わたしも雨森さんの連絡先、知りたかったから。
ポケットに手を入れて、ブルーのケースに入っている自前の携帯端末を引っ張り出す。パネルを触って、メッセージをやりとりするアプリケーションを起動した。
「んー……これ、どうするの?」
お友達は数人しか登録したことが無いから、わたしは不慣れだ。なんだか機械音痴みたいで恥ずかしい気分になってくる。
「ちょっと借りるね」
雨森さんはわたしの端末を手に取ると、自分の端末と代わりばんこで操作する。とても慣れている手つき。わたしと違って、幾度もこの作業をやってきたのだと思う。
「はい。できたよー」
ほとんど時間はかからずに、わたしの連絡先に彼女の名前が追加された。「あまもりあかり」と平仮名になっている。なんだか可愛らしい。
「ありが――あ」
わたしは端末をいじって、雨森さんにメッセージを送った。
『ありがとう』
雨森さんはくすくす笑って、わたしに返事をする。
『どういたしまして♪』
こういう風に笑い合えるお友達ができたことが、嬉しい。あんまり楽しみじゃなかった学校も、待ち遠しくなりそう。まだまだ高校生活は始まったばかりだけど、なんとはなしに、良いものになりそうだと、わたしは思った。
それから少しだけ立ち話をして、わたしたちは「またあした」と手を振った。
読んでくださった方、ありがとうございます。