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姉さんの素晴らしさが留まる所を知らない案件

作者: 須方三城
掲載日:2014/12/01

「お父さんとお母さん、どこ?」


 2人共、突然に俺の目の前から姿を消してしまった。

 両親がもう帰って来ない。理解できなかった。


 その事実を受け止めるには、あの頃の俺は幼すぎた。


 2人がいつまで経っても帰って来ない、ちょっと買い物に行くって言っていただけなのに。

 何で? どうして?


「きっちゃん、大丈夫だよ」


 悲しくて、不安で、泣きじゃくる俺を……姉さんは優しく抱きしめてくれた。

 今思えば、姉さんだってあの時、泣きたかったはずだ。

 それでも俺を安心させるために、姉さんは泣かなかった。


「私が、絶対にどうにかするから……!」


 その胸の中にいると、不思議な安らぎを感じた。

 辛いと言う気持ちが、和らいだ。


「お姉ちゃん……」

「私、頑張るから……少し、離れ離れになっちゃうけど……絶対迎えに来るから……!」

「……うん……」

「それまで、辛くても我慢だよ、きっちゃん」

「……うん……!」


 姉さんはその時まだ高校生で、俺達は別々の家に引き取られる事になった。

 でも、それからたった3年で、姉さんは俺を迎えに来てくれた。


「有言実行、ってね」


 そう微笑みかけて来た姉さんに、俺は思わず飛びついてしまった。

 その衝撃で姉さんが転倒、後頭部を打ち付けしばらく気絶してしまうと言うアクシデントはあったが……


 とにかく、俺は1つ決めた事がある。


 姉さんは俺のために青春の多くを棒に振ってしまった。

 楽しみだと語っていたキャンパスライフも諦めてしまった。


 時間は戻せない、ならばどうするか。


 決まっている、俺の時間を、姉さんのために捧げるのだ。






 俺の名は有根津《あねず》騎助《きすけ》。

 15歳、来月から高校生である。


 両親は早くに亡くしたが、俺はすくすく育ち、今日と言う日を生きている。

 全ては姉さんのおかげである。

 弟を女手1つでここまで育て上げる……やはり姉さんは素晴らしい。


 3LDKのマンションが姉さんと俺の自宅。

 家賃・生活費は姉さんが負担してくれている。

 心苦しいが、俺はまだ働ける年齢では無い。

 来月から覚悟していろアグレよ、良いバイトが見つかるまで読みあさってやるからな。


 ふふふ……ふははははは、はははははは!



「……む」


 見慣れた天井。

 カーテンから陽光が差し込んでいる。朝か。


 姉さんの素晴らしさを説明し、高笑いする夢を見ていたか……今日も俺は平常運転だな。うむ、ノープログレム。


 姉さん関係の夢を見れた、今日も良い1日になる事が保証されたも同然である。

 やはり姉さんは素晴らしいと言う事だ。


「……姉さんは、まだ睡眠中か」


 ベッドから身を起こし、気配で隣室の姉さんの状態を察する。

 弟スキルだ。標準装備である。


 部屋を出てリビングへ向かう。

 時計を確認。

 現在時刻は午前7時42分。


 偉大なる我が姉は未だ就寝中。


 姉さんは少しばかり売れっ子のイラストレーターである。

 なので世間一般のサラリーマンと比べ、朝はちょっと遅い方だ。

 寝る姉は育つ、素晴らしい。やはり姉さんは流石だ。


「さて」


 さぁ、仕事だ。

 姉さんの平均起床時間は8時30分前後。

 それまでにゴミ出しや諸々の支度を整え、姉さんが起床する直前に出来立ての朝御飯を食卓に並べる。


 朝の弟ミッションである。基本中の基本だ。


 学校があった頃は、心苦しくも朝御飯は作り置きするしかなかった。

 だが今は春休み……出来立ての朝御飯を姉さんに提供できるのだ。


 そして俺が来月より通う高校は、このマンションから自転車で5分、朝のHRは9時開始。

 つまり8時30分に姉さんに朝御飯を出し、共に食事をして8時50分過ぎに自宅を出れば間に合う訳だ。


 ふふふ……流石は姉さんも通っていた高校だ。

 最高の立地、最高の時間割。そんな高校に通っていた姉さんはやはり素晴らしい。


 姉さんが素晴らしい事は最早改めて確信する余地も無い事だが、賛美せずにはいられない。


「今日も1日、やるぞ」


 俺は幼きあの日に誓った。

 姉さんのために、この生命、燃やし尽くす事すら惜しまぬと。

 声に出して誓ったのだ。


「有言実行、だ」


 弟ミッション朝の部、開始である。






 有根津《あねず》亜音子《あねこ》。


 我が素晴らしき姉さんの名前だ。

 もうこの時点で素晴らしさが隠せていない。

 何て素晴らしい名前だろうか。


 姉さんが高校の時に入賞したと言う書道の書がリビングに飾られているが……

 その『有言実行』と言う達筆の素晴らしさも去る事ながら……やはりその横に刻まれた姉さんの署名の方が輝いて見える。


「……はっ……!」


 思わず跪いて洗礼を待つ信徒の様に祈ってしまっていた。

 いかんいかん、そろそろ姉さんが起床してくる。


 白米は既に炊き上がっている。

 5分ほど蒸らしたし、そろそろ裏を打って良いだろう。

 そして今回のオカズはオーソドックスに攻めるつもりだ。

 ベーコンと目玉焼き、マッシュポテトを用意する所存である。


 しかしここでまさかの事態が発生する。


「っ!」


 姉さんの覚醒が近い。

 俺の弟としての姉センサーがその予兆を捉えた。


 馬鹿な、まだ20分にもなっていない……くっ、今日は『気まぐれグッドモーニング』か……!

 不味い、気配からして覚醒まで残り3分程……


「ふん……」


 ギリギリだが……やれない事は無い。

 俺を焦らせるとは、流石は姉さん。

 この俺の予定を狂わせるその魅惑の奔放さ、素晴らしい。


 おっと、姉さんを賛美している場合では無い。

 そんな当然の事は不本意ながら後に回すとしよう。


 さぁ、時間との戦いだ。

 そして俺は、負けはしない。

 姉さんのためなら俺は阿修羅すらも凌駕する力を発揮できると自負している。


「3分以内に全てカタを付ける」


 いざ、


「有言実行だ」






「おはよー、きっちゃん」

「おはよう、姉さん」


 弟への挨拶を忘れない、当然の事を当然に行えるのは素晴らしい事だ。


 整然としたルックス。

 メガネは最早その素晴らしき御顔の一部である。

 抜群のプロポーション。

 出過ぎず控えすぎず、バランス感覚が素晴らしい。


 雑誌の表紙を飾れば誰もが確実に1度は手に取るだろう。つまり素晴らしい。


 ……まぁ、身内補正が入っている可能性は否めない。

 実際は平々凡々なメガネ女子で、特筆点の無い地味なプロポーションという可能性も微粒子程度のレベルでは存在する。


 でも俺には姉さんが『有象無象のミスコングランプリ共を軽く一蹴できる程の麗人』に見えるんだ、仕方無いだろう。


 仮にこの現実と俺の認識の齟齬が事実だったとしたなら……ふっ、この俺すら盲目させる姉さんの魅力は底が知れないな。

 やはり姉さんは素晴らしい、その1点に全てが集約される。


「うーん……あ、何かスースーすると思ったら」


 現在、姉さんはシャツは着ているが下はショーツ1枚だ。

 春先から既にクールビズ、先見の妙が素晴らしい、


「またやっちゃったー。ま、いっか」


 姉さんはやや裸族の気があるらしく、寝てる間に脱衣している事がたまにある。

 今日はまだ残っている方だ。

 豪快な所も素晴らしい。


「………………」


 しかしまぁ素晴らしい。

 朝のリビングに降臨せしその純白のショーツは最早奇跡。

 そこにはいやらしさなど一片も存在しない。後光を錯覚してしまう。

 素晴らしすぎて劣情を抱く事すら恐れ多い。

 と言うか神々しすぎてもう性欲とか生存戦略とか阿呆らしくなってくる。

 除夜の鐘も裸足で逃げる程の煩悩浄化力である。


 ああ、心が洗われ……


「!」


 浄化してる場合では無い。


「姉さん、寝癖が!」


 姉さんの真珠が嫉妬で砕け散る程の美しい長髪の毛先が、毛先が……!


「あ、あーうん。昨日はお風呂上がりにすぐ寝ちゃったからー……」

「そのワイルドさも素晴らしいけども!」


 姉さんの寝癖対策セット、天然イオン水入り霧吹きと髪を傷付けない最高品質の櫛、そして充電式小型ドライヤー。

 それらを駆使し、姉さんの素晴らしい御髪をあるべき姿へと戻す。


「わぁー、相変わらず一瞬だね。流石きっちゃん」


 当然の労働を労ってくれるその聖母の様な慈愛の心、素晴らしい。

 その無邪気に喜ぶ笑顔も素晴らしい。写真を取ってラミネ加工したい。

 でも「身内とは言え、そんな日常的にパシャパシャやられるとねー。ちょっと恥ずかしいしー……」と苦言を呈されて以来、俺は特別なイベントが無い限り姉さんを撮る事は控えている。


 嫌な事は嫌と言える姉さん、素晴らしい。

 そんな姉さんの意向ならば、どれだけ口惜しくとも耐えるさ。


「さ、寝癖は直ったし、朝御飯を食べよう」

「わぁー、今日も出来立てだー。いつもありがとね、きっちゃん」


 いつだって作り手に感謝を忘れぬその精神、人類の鑑過ぎて素晴らしいです姉さん。


「そうだ、じゃあ今日のお昼御飯は私が作るよー」

「とんでもない。姉さんは仕事に集中してて良い」

「実は今、受注無いんだー」

「なら好きな絵を描くと良い」

「でも、たまにはきっちゃんも楽しないとー」

「けど……」

「それに、たまには私もお姉ちゃんらしい事したいし」


 何を言っているんだ。

 姉らしい事なんて、今まで散々してくれたじゃないか。

 その謙遜の心は大和撫子的で素晴らしいが、とんでも無い話だ。

 食事だって、俺が料理できる様になるまでの1年間ずっと作ってくれていたじゃないか。毎日毎日、俺の大好きな『お姉ちゃん特製チャーハン』を。

「もしかして、これしか作れないのかな……?」とか邪推しちゃうくらい毎日3食チャーハンを作ってくれたでは無いか。


 それなのに、まだまだ姉としての振る舞いを積み重ねて行こうと言うのか。

 どこまで行く気だ姉さん、求道者かよ姉さん。素晴らし過ぎる。


「気持ちは本当に有り難いけど、やはり姉さんはたまにしか無い自分の時間を有意義に……」

「きっちゃんのために使う時間なら、充分有意義だよー?」 

「っ……!」


 どうしても俺のために昼食を作りたいと言うのか。

 ヤバい、泣きそう。その素晴らし過ぎる優しさに感涙である。


 ……確かに、あの素晴らしいチャーハンを最後に食べたのは最早数年前。

 度々「また食べたいなぁ」とか思う事もあった。

 でも、俺は今まで散々姉さんに甘えてきたんだぞ。

 ようやく最近になって家事炊事全般を俺が担える様になったんだぞ……!

 この上で、まだ姉さんを俺のために働かせると言うのか。


 だが、姉さんがどうしてもそうしたいと言うのなら……そうだ、姉の要求に応えるのも弟の基本だ。

 決して俺が姉さんのチャーハンを食いたい訳では無い。

 ……いやダメだ、食べたい。この気持ちは偽れない。


「姉さん、俺、姉さんに昼飯を作ってもらっても良いのかな……?」

「当然だよー。きっちゃんの大好きな特製チャーハン作るからね!」


 期待しててね! とウインクをする姉さん。

 ああ、もうヤバい。

 俺、どこまで恵まれているんだろう。

 こんな素晴らしい姉さんがいるだけでも俺は恵まれ過ぎていると言うのに。

 ヤバい、涙腺崩壊したかも。


「きっちゃん? 何かすごい泣いてるけど、大丈夫?」

「目にゴミが入っただけだから……!」

「きっちゃん、よく目にゴミ入るねー」


 姉さんがいちいち素晴らしいからだ。

 今まで何度その優しさに泣かされた事か。

 そしてこのボロ泣き具合を見ても「目にゴミ」程度で簡単に騙される姉さんの純粋さ、素晴らしい。


 でもちょっと詐欺関係の方面で心配です。姉さん。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 良姉と良弟 [一言] ぜひ続編化して頑張っていただきたいです。
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