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仮想世界の人々

Brain In a Vat Poor boy's story

作者: 伊豆海



今日は。今日という日は、僕の大きな区切れとなるだろう。

目の前には多くの花で彩られた壁が見える。中央には可愛らしい少女の笑顔の写真だ。

写真に写る彼女の事を純粋無垢とは言わない。僕は彼女の事は何でも知っていて、何にも知らないのだ。

何でも知っていると思い込んでいて何も知らなかった。自分のものだと思っていてそうではなかった。

だから呆気なく。美しい顔をそのままに。今、彼女は、長方形の木で出来ている。箱の中に息をしないで、冷たくなって、俺の目の前で眠っている。この状態になるまで、僕は起こすための努力をしたつもりだ。

妹が静かになって戻ってきた日、あいつは寝起きが悪いんだ。まだぐずっているだけなんだ。誰も聞いていない言い訳を自分にして、肩を揺すり、頬を抓り、頭を小突き、肩を撫でて……、頬も…………優しく撫でて………………、頭を……………………抱き抱え…………………………、「馬鹿野郎……、馬鹿野郎……」と何度も。その息をしないで目を開けない、まだ少し温かみのあるその頭を撫でながらそれに向かって、……

親の居ない、この家の中でとりあえず広い和室で、………………………………ぼろ泣きした。

これはもう過去の事だ。今は泣いていない。僕は、彼女と僕だけのときか、自分しかいないとき以外、きっと泣くことを、自分が許したりはしないのだろう。

このだだっ広いこの空間には黒と白以外の服を着た人間以外見えない。彼女と同い年くらいの女の子も、オシャレをしたい年頃だろうに、制服を着て、ほとんどのやつが俯いている。笑っているのはこの重い空気に飽きた小さな子供だけ。

子供とはうるさいだけだと思ったが、癒しをくれるらしい。こういうときほど気を紛らわせるために子供がありがたいと思える日はないだろう。

年子の妹は、彼女は、朝、元気に僕をいじって学校へ行った。

そして、僕が帰宅する頃病院から静かに、行儀良く黙って動かず、目をつむったまま、お腹も胸も一定のリズムを刻んで動くことのないまま、……息をしないまま……、家に帰ってきた。

母親は崩れ落ち、親父は、いつも心の奥底で『昼行灯』と僕がぼやく、あの人とは思えないほどに自分の妻を抱きしめて泣きつかれるまで泣かしてやり、その後にすることを手際よくやってのけた。

そして今、僕の妹は静かに業火に焼かれる事を待っているのだと思うと、……正直しんどい、心が。

忙しなく親族総動員で働いているので休憩室には荷物以外何も居ない。

畳の上に座る。何が込み上げて来る。視界がぼやける。顔の肌に濡れた感触が唇まで伝う。

なんてしょうもない兄だ。何が妹一人元気なままでいせられなくて、何が兄だ。

そう考えると左右に再び濡れた感触が現れる。

どこから出てくるんだこの水。くそ、拭いても拭いても溢れてきやがる。

そんなとき、不意に気がつく。畳だった床がまるでゼリーのように緩くなっていることを。


グニュッ。


うわあああああー!!!!


言い訳させてくれ。落ちていったのだ。一階の畳部屋から真下に。信じてもらおうなんて大それた事は思わない。

しかしありえない落ち方をしたんだ。情けない声で大絶叫くらいする。


『ミキセイジサマ』


視界が無い。すべてが黒い中、誰かが僕を呼んでいる。

後ろから?


『貴方は酒造清治様ですか?』


は、はい。

後ろを振り返るとそこにはそうだな、ちょうど妹と同い年くらいの長髪の少女が佇んでいた。


『突然お呼びしてしまいすみません。そして、おめでとうございます』


淡々と言葉を続ける少女。抑揚なんてものは無く、表情も無い。そこには、めでたさのかけらも無い。


『まだ涙が残っているようですね。お拭きになってください』


手で顔を触ると確かに濡れている。

そうだ。休憩室で一人でいて、情けなく泣いているときにわけがわからない感じに床が抜けて落ちたんだ。

慌てて服で顔を擦る。

何で、お前はこんなところに僕を呼んだんだ?あと、おめでとうってなんだよ?


『もう泣かなくて結構ですか?時間はありますので』


お前、無表情で結構えぐいこと聞くんだな。

他人の前で泣けるか。


『左様ですか。ならば、本題に、入らさせていただきます』


一回ゆっくりと瞬きをし、少女は僕を見る。


『貴方は、この世界が、どのようなものか、ご存知でしょうか?』


なんだそれ?宗教学?僕は基本的に無宗教だから、そういう話しには疎いんだけど。


『いえ、貴方方の知覚されている世界の真の姿を聞いたことがあるか、という話です』


それこそ宗教学になるだろ。定義はそれぞれ様々で定まってはいないだろうけれど……。


『そうですか……。あの方は世界については語ることをしなかったのですね』


少女は俯きながらそういった。

何の話だ?


『いいでしょう、貴方には貴方方の世界の真の姿を語ります。この話をした後、願い事を一つだけ叶えて差し上げます。』


は?願い事を一つ?どんなものでも?等価交換とかなくてか?


『はい、いまする話を聞いていただけたら何でも一つだけ願い事叶えて差し上げます』


変な話だ。話一つ聞くだけで何でも願い事を叶えると言う。胡散臭いにもほどがある。


『貴方方は、自身がデータの塊であることは、知っていますか?』


どういう意味だろう。世界の大体の事は計算で弾き出せるということだろうか。


『そうですね。半分正解というところでしょうか。正式に言いますと、バーチャルリアリティの世界なんです』


は?


『理解出来ないのはわかりますが、理解してください。貴方の存在と世界は科学者達の作り出した夢のような世界です。これらを作り出しているのは複数の人間の脳とそれを纏めるスーパーコンピュータです』


人間の脳?スーパーコンピュータ?


『はい、剥き出しの生きた脳を使っています。多分、数十から百個を越えているかと思います』


待てよ、僕の体はここにあるだろ。


『そうですね、そう認識できるように設定してあるので、そう認識できるのは当然ですね。ちなみにですが貴方のオリジナルの脳はそれらには無いでしょう。夢の中の登場人物といえる存在です』


抑揚の無い言葉が嘘にしてはバカバカしい言葉が出てくる。

じゃあなんだよ、僕の妹が死んだのはあんたらが決めたことなのかよ。


『貴方の妹ですか?』


知らないのか!


『はい、無作為に一人、選出しますので。貴方方の私情に関しては存じていません』


そうか。


『貴方方の世界は、コンピュータで出来ています。なので今ここなら世界を改ざんを容易に出来ますが?』


世界を改ざん?


『ああ、そういえば貴方にはまだ、この場所の説明をしていませんでしたね』


頭にはハテナしか浮かばない。何を言っているんだ、あの少女は。


『この空間は世界を作り出しているスーパーコンピュータに直接作用させる事が出来る空間です。そうですね世界を舞台と考えるとここは舞台裏です。世界にいる大多数の人は舞台しか見ることなく一生を終えるでしょう。しかしそのように舞台しか見えず人生という劇の中身が気に入らなくてもそれを割り切る形で演じていくのです』


先程から表情を一切変えていない少女の顔が段々不気味に見える。しかし、少女の言葉は今の僕には都合のよい言葉に聞こえる。


『どうですか?一度くらい貴方の人生の筋書を変えてみませんか?一つだけなら、願いを叶えますよ』


それじゃあ、俺の妹を生き返らせられるか。


『もちろん出来ますよ。貴方の妹の亡きがらとして置いてあるそのモノのデータが使えますのでオリジナルに近いものが出来るでしょう』


叶ってしまいそうだ。普通なら叶うことの無い僕の願いが。


『しかし、ただたんに生き返らせるのではありませんのでご了承を。さて、事故の記録も世界から消しましょう。ただし、再構成を行うときには貴方の記憶は用いませんいいですね』


ああ、あいつが帰ってくるならば。


『では、いいでしょう。再構成には貴方の世界の人が集めた。貴方の妹さんに関わる記録を用います。物質的データは残っていますが残念なことに精神データは既にデリートされたとのことなので、生前の妹さんにはならないかも知れませんがいいですね?』


はい。


『では妹さんの名前を、あと容姿が必要となりますが。燃やされる前でしたからね。ここにあるものを使いましょう』


複数の光りの点が、線となり、立体的な形を作っていく。

色が付く前にわかった。棺桶の中で眠ってた俺の妹だ。

何をしたんだ。


『貴方の居たところから貴方の妹さんであったモノを持ち出しただけです。さあ、名前を教えてください』


酒造媛華ミキヒメカ


『では、酒造媛華の再構成を開始します』





背中に走る痛みと共に僕の目が覚めた。

畳の感触がする。


「邪魔」


三日ほど聞いてない妹の声。


「何でこんなところで寝てるの」


目を開けて振り向く。

確かに俺の妹がさぞ不機嫌そうに立っていた。


「制服のままでだらし無い。私、着替えて来るから」


「媛華」


立ち去ろうとする妹を引き止める。


「なn」


妹が振り返った瞬間、気がついたら抱きしめていた。いや、声を聞いた瞬間からしようとしていたのかもしれない。


「お前が帰ってきてくれてよかった。お帰り」


「な、何やってんの!歳考えてよ歳、小さい子じゃ無いんだからそんなことしないで」


声からして困惑しているようだ。

無理はない。こいつが生きてる間、こいつを抱きしめたことなんか一度も無いからな。


「お前が旅立っていくまで僕が守る。だから何があっても安心してくれ、何があっても僕はお前の味方だ」


「いきなり何言ってんの」


「僕の言葉は気にしなくていいさ。しっかり生きていてくれれば」


「よかった。よかった」と言いながら抱きしめる力が強くなる。


「痛い、痛い。わかったからわかったから離して」


妹の言葉ではっとした。


「あ、悪い」


全く何を妹相手にやってるんだか。

そう考えながら離そうとしたとき、不意に首が見えた。うなじの辺りに【Copy01】と刻まれているのを見つけた。

さっきまで見ていた夢の最後に少女が言っていたことを思い出す。

確か、コピーしたものには必ず印を付けると言っていた。

そして……、


「……悪い。悪かったな。悪い夢見てたみたいだ」


「しっかりしてよ。とりあえず兄なんだから。どんな悪い夢見てたか知らないけど、私はまだ生きてるから」


妹は、呆れたような顔をして自分の部屋にいった。

僕は、妹が見えなくなったのを確認して自分の左手首を確認する。左手首から4・5cm下に【0002A】と番号が刻まれていた。

妹が死んだという事件は確かに起きたもののようだ。

そして、妹に刻まれた番号も、僕に刻まれた番号も。他人には見えないそうだ。あの少女が言っていた。

しかし、僕は、わからないとはいえ妹に傷を付けた。多分罪にはならない、証拠はこの世界からはもう消去されたはずだから立証も出来ない。残っている僕の記憶の話をしても、夢の中の話だと割り切られてしまうだろう。しかし、あいつが落ち着くまで僕が見守ろうと番号をなぞりながら再び決心した。俺が出来るのはこれくらいなのだから。



視界に少しだけ入ったのだが、開かれていた新聞には、三つほど葬儀の知らせの記事があった。



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