お姉ちゃん
閑静な住宅街から離れた平地、その場所に、豪邸というに相応しい邸宅が建っていた。
その家には、執事が勤めている。
名前はウイングス、赤い髪の背の高い男で、燕尾をきている、そんな執事がいつもより帰るのが遅い主人を雑務をこなしながら、待っていた。
メイド達に、ウイングスは確認をとり、指示を飛ばす。
「メルア、晩餐のローストビーフの用意は出来ましたか?」
「は、はい!出来ました」
背の低い、童顔のメイドが答える。
「庭の花の手入れは終わりましたか?アイリア」
「はい!終わりました!」
今度は、赤毛の勝気そうな目のメイドが答えた。
「それでは、メルアとアイリアは玄関で皆様が着くのを待っていなさい」
「「はい!」」
元気よく頷く二人、有能なメイドたちに感心しながらウイングスも玄関に向かう。
時刻は、六時五十分、夕飯時だ。
真鍮の時計を見ながら、ウイングスは何か不備が無いかを確認する。
庭も、居間も、玄関も完璧だ。
この家に長年勤めている、訳ではないウイングスだが、部下が有能すぎて、自分の出番があまり回ってこないのに淋しさを覚えていた。と、言っても部下に仕事を押し付けて全く働いていないわけではない、むしろ朝から晩まで忙しく動いている。それでも、能力をもてあまし気味のウイングスには退屈の極みだった。
「使用人の質が高いというのも、やることが無くて考え物ですね」
ウイングスは心底退屈そうに呟いた。
少しは尻拭いのようなこともしてみたい執事だった。
だが、皿を割られたり、花を台無しにされたりするのも考え物だ。
典型的なドジッ娘メイドなどの需要はいくら退屈でも無いのだ。
「皆様がお着きになったようです」
アイリアが玄関から小走りで近付いてきながら言った。
ウイングスはそれを聞くと玄関口のほうへ向かい、ドアを開けた。
「お帰りなさいませ、ユリアお嬢様、士郎様、レナ様」
ウイングスは恭しく頭を下げた。
その先には、帰ってきたユリア、士郎、レナがいる。
「ただいま、ウイングス、もうすっかりこの家の執事として定着してるみたいね?」
ユリアはウイングスを見て笑顔になりながら言った。
「はい、おかげさまで、しかし、いささかこの家の使用人の質が高すぎて退屈というのはありますが」
「そうね、貴方みたいに有能な人には退屈かもしれないわね」
「有能、というのはいささか言いすぎですが、その通りです」
ウイングスは少し恐縮しながら、ユリアの言葉を肯定する。
「さあ、お夕食の準備は出来ています、サーシャ様は、皆様に先に召し上がっておくようにと言っておりましたので、サーシャ様を待たずにお食べください」
「分かったわ、士郎、レナちゃん、行きましょう?」
レナと士郎は頷くと、食事をする場所へ向かった。
三人の後ろに付き従うように、ウイングスが付き、メイドたちが静々と頭を下げる。
彼らの前方には、大きな階段があった。肖像画などの類のものはなく、所々に花が添えられてある。
この家はあまり歴史のある名家というわけではない、セイファが友人に進められて、建てた、造られてから十年もたっていない家だ。
当然ながら、使用人もウイングスのように何年も仕えているわけではない人間のほうが多い。
ちなみに、ウイングスは、ここに勤めてから、まだ三ヶ月という、新米もいいところの執事だ。
それでも、使用人全員を統率できるだけの能力はある、それゆえ、執事として、使用人を仕切ることが出来るのだ。
士郎たちがこの家に住めるのも、彼の存在によるところが大きい。
士郎とレナは、ウイングスが執事として働く代わりに、ここに居候させてもらうという契約(と、いうほど大げさなものではないが)をしている。
「いつも、迷惑をかけてすまないね、ウイングス」
士郎は、そんな事情から、ウイングスに本当に悪そうに言った。
「いえ、むしろいつも楽しいことばかりで、私は今の生活に満足しています」
「そう、それならいいんだけど・・・」
「さ、夕食が冷めてしまいますよ?今日の料理は、ローストビーフとコーンポタージュです」
ウイングスは、それ以上士郎が気を使うことの無いように強引に話題を転換する。
「ウイングスが作ったの?」
「ええ、仕上げはメルアがやってくれましたが、仕込みは私です」
「そっか、ウイングスの料理は美味しいから、楽しみだな」
レナは心底嬉しそうににこりと笑った。
そんな表情を見て、ウイングスは満たされた気分になった。
この家にレナが来るまで、こんな嬉しそうな表情はそうは見られなかった。
だが、今では毎日が心の底から楽しそうだ、それでウイングスは満たされたような感情になるのだ。
士郎とレナとウイングスは、ある事情を抱えて、この場に居る。
それはサーシャも知るところで、もちろんユリアも知っている。
本来、その事情を知れば、普通の人間ならこの三人を敬遠して、関わろうとは思わないだろう、それでも、サーシャとユリアは、三人を受け入れてくれた。
「感謝をしなければいけませんね」
ポツリと、ウイングスはそんな事を考えながら、呟いた。
何に?とは、士郎もレナもユリアさえ聞かなかった。
言わなくとも、三人には分かっていた。
「さ、行きましょう」
ウイングスは三人に前に行くように促し、自らも進んだ。
そのまま進んで、一階の食堂へ、四人は向かう。
無駄にだだっ広い食堂だった、三人で使うには広すぎる、そんな食堂。そこに三人分の食事が置いてあった。
士郎達は席に座り、手元のおしぼりで手を清めると、食事にありついた。
ローストビーフとコーンポタージュ、ナイフで肉を切り、スプーンでスープをすする。
三人は本当に美味しそうに食事をしていた。
そんな様子をウイングスは嬉しそうに見ていた。
二十分ほどたち、三人は食事を終える。
「お風呂の準備がしてあります、どなたから先に入りますか?」
ウイングスは、恭しく礼をしながら尋ねた。
「じゃあ、レナちゃん私と一緒に入りましょう?」
「うん!」
レナが頷く。
「士郎は後ででいいよね?」
ユリアの確認に士郎は肯定し、自分の部屋へ向かう旨を伝えた。
そこで、ユリアとレナ、士郎は別れ、士郎は自分の部屋へ、ユリアとレナは、一階の浴場へむかった。
レナとユリアは、浴場の脱衣籠に服を入れ、(二人が入っている間に、使用人が取り込み洗濯をする)
裸になって、個人で使うには大きすぎる浴室へと入っていった。
ライオンを模した給水口、大理石の床、四方十メートルはある浴槽。
規格外といって差し支えない。
「何度入ってもすご浴室だね?レナちゃん」
ユリアはそう呟いた。
「私は、ここ以外のお風呂を見たこと無いから、分からないな」
レナはピンとこないという顔で、首を傾げた。
「そっか、レナちゃんはそういう生活をしてきたんだもんね?」
「うん、それより・・・」
レナは、ユリアの胸元を見た。
「どうしたの?」
急に黙りこくったレナを不思議そうに見ながら、ユリアは自分の割と大きな二つのふくらみにレナの意識が注がれているのに気付かない。
(やっぱりお兄ちゃんも胸が大きいほうがいいのかな?)
レナはそんな事を考える。
ここ数ヶ月で、ユリアの身体は順調に発育を遂げていた。
それが、レナには分かる。
何度も一緒にこの浴場に入っているからだ。
レナは、自分の起伏に乏しい胸を見た。
そして、がっくり肩を落とす。
「どうしたの?レナちゃん」
ユリアはレナのそんな様子気付いているものの原因までは気付かない。
「さ、身体を洗いましょ?背中流してあげる」
ユリアはとりあえず話題を転換し、シャワーのある場所へ向かった。
ちなみに、シャワーは三個ほど並べられている。
ユリアは、レナに座るように指示すると、その背中にお湯をかけた。
シャワーではなく風呂から汲んだお湯だ、たらいを使ってお湯を背中にかけてやったのだ。
そして、タオルにボディソープをつけて、背中を洗ってやる。
レナの白すぎるほどに綺麗な肌を洗いながら、ユリアは妹の背中を流しているような錯覚に陥った。
「妹が出来たみたいで嬉しいな」
そして、その感想をそのまま言葉で言い表した。
「私も、ユリアさんのことは姉ちゃんだと思ってる」
「それならさ、私のことも、『ユリアさん』じゃなくて、お姉ちゃんって呼んで?ね?」
しばらく、レナは目を丸くしていた、背中を向けられているので、ユリアにはそれが分からなかった。
「うん、ユリアお姉ちゃん」
それは、大きな一歩だった。
今まで、レナは、ユリアをよそよそしく「ユリアさん」と呼んでいた。ユリアもそれを正そうと思っていたが、とうとう出来ずじまいだった。
そんな二人が、ついに心のそこから打ち解けあった。
そんな瞬間だったのだ。
「じゃあ、今度は私が背中を流してあげる」
レナは、言った。