帰路と不機嫌
三人が帰路につく頃には、太陽は完全に姿を消し、静寂と闇がその場を支配していた。
閑静な住宅街の一室一室が、電灯をつけ、その光がカーテンの間から漏れている。
三人が帰る場所は一緒だ(士郎とレナは、ユリアの家に居候している)。
ユリアの暮らす家、というより、サーシャの家が異常に広いことと、経済的な余裕があることから、士郎とレナは、ユリアの家に泊まらせてもらっている(もちろん、ただで住まわせてもらっているわけではないが・・・)。
ともあれ、三人は同じ場所を目指していた。
ここから、三人の暮らす家までは、歩いて三十分ほど掛かる。
「レナ、学校はどうだった?」
士郎は、隣を歩くレナを見ながら言った。
「うん、みんな良い人で、とっても楽しかった!」
「そっか」
士郎は満足げな表情で頷いた。
「レナちゃん、友達は出来たの?」
「うーん、話しかけてくれた人は沢山いたよ?」
「そう、良かったじゃない」
ユリアの問いかけに、しばし考えながら、レナは答えた。
友達かそうではないという線引きは案外難しい、レナにとっては、一度二度話しただけの相手だし、相手もそうだろう。
そこらへんの微妙な対人関係の機微というものは、レナにはまだ理解できないことだったのかもしれない。
士郎もユリアもそれを察した。
レナが、数日前まで、人生の中で士郎を含めた数人の人間としかコンタクトを取っていないことをかんがみて、レナにとって、対人関係がどれほど難しいものなのかを理解したのだった。
それでも、レナはこの数ヶ月で成長している。
士郎とユリアはそれを感じていた。
数ヶ月前までは、レナは、非常にたどたどしい喋り方をしていたのに、今ではしっかりと喋れるようになっている。
レナを取り巻く環境は、この数ヶ月で激変した、それがプラスに働いたようだ。
士郎とユリアは、レナの顔を見ながら、そんなことを考えた。
そして、夜の道を三人は歩く。
「そう言えば、紅龍って娘と楽しそうに話してたね?」
士郎が思い出しながら言うと、レナはいきなり不機嫌になった。
表情がみるみる曇っていく。
士郎はその様子に全く気付かない。
レナは、自分が不機嫌そうな顔をしているのに気付き、必死で頭を振って元に戻そうとした。
「紅龍って、私たちが助けた娘だよね?」
そこへ、ユリアが横槍をいれた。
「うん、でも嫌われてるみたいなんだよね」
士郎が呟くと、レナの表情が再び険悪になり、ユリアは、ため息をついた。
士郎は二人のそんな様子に、頭に疑問符をつけて、首を傾げた。
その様子を見て、レナの顔が更に険悪になる。
(士郎、本当に気付いてないの?)
何故か小声で、士郎に近寄り、質問するユリア。
「気付くって、何に?」
士郎はさっぱり分からないといった感じの顔で言った。
だめだこいつ。
ユリアは半ば本気でそう思った。
レナの対人関係の心配をする前にその自分の鈍感を治せ!と突っ込みたくなるユリアだった。
レナは相変わらずしかめっ面で、士郎を見ている。
士郎は頭に疑問符を浮かべるばかりだった。
だが、レナが何故か怒ってるらしいことには気付いた。
「レナ、何で怒ってるの?」
「何でもない!!」
レナにぴしゃりと返され、士郎は肩をすくめる。
「レナ、何か気に入らないなら、何でも言うことを聞くから、許して・・・」
しれを聞くと、レナはいきなり眼を輝かせた。
「何でも?何でも聞いてくれるの?」
確認を取るように、レナは、士郎に詰め寄った。
「うん、出来る限りのことはするよ」
士郎はレナの迫力に押され気味になりながらも答えた。
「じゃあ、今度の日曜日、『ミーミルチェスト』に連れて行って?」
「何だ、そんなことでいいの?」
「うん!絶対だよ?絶対だよ?」
眼を輝かせながら、レナは、繰り返した。
「じゃあ、ユリアも一緒に行こう、みんなで行ったほうが楽しいし」
士郎は無自覚に爆弾を投下してしまった。
ユリアが再びため息をつく、レナが再び険悪な表情になり、口をきかなくなった。
爆弾を投下したことに気付かない士郎はただただ首を傾げるばかりだった。