黄昏時
校門でユリアが待っていた。
「士郎、レナちゃん一緒に帰ろう?」
鞄を抱えながら、ユリアは二人に言った。
士郎とレナは無言で頷き、歩き出す。
「ちょっと寄りたいところがあるの」
ユリアが、士郎の隣に付きながら少し神妙な面持ちで言った。
「僕たちも付いていっていいの?」
「ええ、お願い、来て」
美しい髪をなびかせ、肩にかけながら、ユリアはどこか遠くを見ている。
何やら深刻な事情があることを士郎もレナも察し、あえてどこに行くかは聞かない。
そのまま、閑静な住宅街が並ぶ道を三人は歩き続けた。
夕暮れ時になり、日が下り始めている。
三人の影は長く、長く、長い線を描いていた。
ユリアの表情は暗い、学校に居る時,士郎とユリアは楽しく話していたのに、今の彼女からは、そんな雰囲気を感じ取れない。
しばらく、歩き、夕暮れの太陽が半分ほど沈んだ頃。
ユリアは立ち止まった。
そこは、病院だった。
白い五階建ての建物だったが、夕日の光を受けて、オレンジ色がかってみえた。
「ユリア、一体」
「・・・付いてきて」
有無を言わせぬ態度で、ユリアは士郎にそう言い、早歩きで病院の入り口に向かった。
レナと士郎は、ユリアの背中を追いかける。
自動ドアを通り過ぎて、ユリアは、受付に向かう。
病院内には疎らに人が居て、雑談をしたりしている。
受付の女性が、用件を尋ねた。
「面会です、305号室」
ユリアが何故か声を潜めて言うと、受付の女性が接客マニュアルの笑顔で、応対した。
そして、ユリアは受付から少し離れたところにあるエレベーターに向けて歩き出す。
士郎もレナもそれについていき、ユリアはエレベーターのボタンを押した。
しばらく待ち、エレベーターが一階に下りてきた。
三人は、開いたドアからそこに入って行くと、ユリアが扉の開閉ボタンを押した。
『二階です』
数秒後、そんな声が聞こえ、扉が開く。
三人は、無言でエレベーターから出ると、305号室へ向かった。
照明に煌々と照らされた病院内は、清潔な白一色で塗り固められていた。
三人がしばらく歩くと、三人から見て左手に305号室が見えた。
士郎は、ユリアの意図を測りかねていた。
ユリアが、病室に入る。士郎とレナもそれに習う。
その部屋は、個室だった。
狭いとも広いとも言えないスペースの端、窓際に、ベッドが置いてあった。
見舞い用の花が、その脇にある台に飾られており、年配の女性がその花をいじっていた。
彼女は患者ではない。
それは、ベッドに横たわる人間が居ることから分かる。
それ以前に、士郎もレナも、その年配の女性のことを知っており、頻繁に会っていたので、余程のことが無い限り、彼女を患者だと思うことは無かった。
「お義母さん、来てらっしゃったんですか?」
ユリアが尋ねる。
「ええ、心配で・・・」
ユリアにお義母さんと呼ばれた女性が答える。
「サーシャさん、その患者はもしかして?」
士郎が女性の顔を凝視する。
サーシャはこくりと頷いた。
「ええ、私の夫、セイファよ」
士郎はそれを聞くと、複雑な表情をした。
「そんな顔をするのも無理ないわね」
士郎の表情を見て、サーシャはため息をついた。
「この人は、貴方を殺そうとしたんですものね」
サーシャは苦い表情で、居心地悪そうに呟いた。
「それについては、もう、別に気にはしていません」
士郎は言いつつ、ベッドに近付いた。
「それに、この人が僕を殺そうとしたように、僕もこの人を殺そうとしたんですから」
ユリアがうつむくのが見えた。
士郎はベッドに横たわるその人間の顔を見る。
ライオンのたてがみのような髪、精悍な顔立ち。
セイファがそこに横たわっていた。
「意外です」
士郎はぽつりと呟いた。
「お兄ちゃん?」
レナが心配そうに、士郎を見つめる。そんなレナの髪を撫でながら、士郎は続けた。
「彼に会ったら、僕がどんな気持ちになるかは分からなかった」
今、士郎の心は、ある種の憐れみに近い感情に揺り動かされていた。
「まさか、こんな気持ちになるなんて・・・」
士郎は、眼を瞑り、また開いた。
「何で今頃、僕等をここに連れてきたんだい?ユリア?」
「貴方達には、知る義務がある、だけど、心の準備、私の心の準備が出来なかったから」
「そっか」
士郎は、窓の外を見た。
「僕は、あれから何か変わったのかな?あの戦いを終えて、普通の暮らしに戻って、平穏を手に入れた。でも、僕の芯にある、破壊兵器『ホムンクルス1st』っていう根底は覆らない、それでも、僕は少しでも人間に近付いているんだろうか?」
「士郎・・・」
ユリアが士郎にそっと寄り添った。
夕暮れが窓から、二人を照らし、細い影を作り出す。眩しさを感じながら、士郎は答えを彼に寄り添う少女に求める。
「貴方の感じた感情が本物なら・・・」
少女は答えた.