『最強』を目指す少女
平洋上に浮かぶ科学都市『エリア』、その街中の路地裏で神谷士郎は走っていた。
というより、逃走だ。
この、白い髪のひ弱そうな少年が逃げている理由は、単に追われているからだ。
そして、裏路地から少年は大通りに出た。
沢山の人々が行き交い、車は通れなくなっている大通りだった。
当然、信号機も無いし、車の案内板なども無い。
そんな場所は好都合だ。
「ここまでくれば」
士郎は、数キロ走ったにも関わらず全く息を弾ませずに呟いた。
だが、直後、コンクリートが砕ける音が響いた。
士郎は横に転がり、音がした方向、つまり自分がさっきまで立っていた所を見た。
そこには、セーラー服の少女が居た。肩まで伸ばしたストレートの黒い髪、喧嘩っ早そうな瞳。
まるで、武道家のような佇まいだ。
そんな少女の足の革靴が地面に食い込み、そこから煙が立っていた。
恐らくはコンクリートと少女の足の摩擦熱によって煙が立ったのだろう。
そう、この少女がライダーキックよろしく、士郎が先程まで居た場所に蹴りこんできたのだ。
そして、少女は地面から足を引き抜き士郎を睨みつけ、
「神谷士郎!今日こそ決着を付けさせてもらうわ!」
凛!という効果音が似合いそうな表情で、少女は言った。
それを見て、士郎は大変げんなりした様子で顔をしかめた。
少女の放つ凛!という効果音が実際に聞こえたような気がした。
それが士郎がげんなりした一つの理由だったが、なによりこの少女のしつこさに呆れた結果だった。
「何でこんなにしつこいかなあ、もう」
士郎は呟く、愚痴をこぼすように。
そして、少女の顔を見て、ため息をついた。
「そこ!ため息つくな!」
少女が士郎を睨み付ける。
更に、立ち上がって服をパンパンとはたいて埃を払った士郎に近付き、正拳を見舞う。
士郎はばったり倒れる、ことは無かった。
正拳が士郎の居た場所に届いた頃には、士郎はその場から三歩ほど下がった場所に移動していた。
拳が空を切る。
「!」
少女は僅かに顔をしかめながらも、二撃目を放つ。
みぞおちに吸い込まれるような拳打、士郎はそれを右手で掴み、すぐに離すと更に後ろに下がった。
そこまでやって、士郎は気付いた。
周りの人間が、こちらを見ている。
見世物を見るように、二人を取り囲んでいるのだ。
士郎は頭を抱えたくなる衝動を無理やり押さえつけ、少女の方を見た。
刹那、少女は一気に間合いを詰めていた。
怒涛の攻撃が始まる。
少女の右拳が、士郎のみぞおちに再び吸い込まれ、ヒットする、更に少女は回し蹴りを放ち、士郎のわき腹を射抜いた。
ように見えた。だが、士郎は微動だにしない。
(ガードされた!)
少女は悟る、刹那の間に、士郎は二つの攻撃を、腕で受け止めていたのだ。
「やるわね、神谷士郎!さすが、エリアが誇る改造兵の一人よ!」
少女は犬歯をむき出しにして笑った。
まるで、強敵に合間見えることで更に燃え上がるバトル漫画の主人公みたいに。
「僕は、改造兵じゃないって、何度も言ってるだろ?」
「改造兵じゃない?じゃあ、その、動きは、何なのよ?」
言いつつ、少女は攻撃を続けた。
拳の四連撃、だが、士郎はその全てを交わす。
そして、地面を蹴り跳躍し、街灯の上に立った。
一跳びで、縦三メートルほどある街灯の上に立った士郎を見上げながら、少女は笑う。
「いや、やっぱあんたが改造兵じゃなかろうと、そうであろうと関係ないわ!あんたを倒せば、私がこの街で最強なんだから!」
「最強?」
士郎は鼻で笑った。
「何よ?」
「最強ね、下らないな」
「うるさい!お前に何が分かる!?」
少女は、士郎が立っている街灯に向かって、蹴りを放った。
街灯が倒れ、見物していた人々が慌てて逃げる。
士郎は、義経のような身のこなしで、別の街灯に跳び移った。
先程まで立っていた街灯が無残に崩れ去るのを無表情に見ながら、士郎はそこに立っていた。
「下らないよ、最強なんて」
その眼には、少女は映っていない、どこか別の場所を見ているような、そんな雰囲気を醸し出していた。
少女は歯軋りした。相手は、自分を見ていない、どこか別の場所を見て、そう言っている。
それが少女にはとても悔しかった。何故だか、とても悔しかった。
士郎は少女を見下ろし、手をかざした。
「・・・お休み」
そんな声が聞こえる。
直後、士郎が視界から消えた。
少女だけでなく、見物していた人間全てが、彼を見失った。
少女は戸惑い、あたりを見渡した。
だが、士郎の姿は見えない。
少女はもう一度歯軋りした。