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一人暮らしのはずなのに、夕飯の箸が二膳ある

作者: Wataru
掲載日:2026/02/23

 シンクに、箸が二膳。


 立ち止まる。


 今日は一人のはず。


 皿は一枚。

 グラスも一つ。


 でも、箸は二膳。


 濡れている。


 少し考えて、首を振る。


 無意識。


 たぶん。


 洗って、戻す。



 翌日も、二膳。


 写真を撮る。

 食事前は一本。


 食後は二膳。


 胸の奥が、冷たくなる。



 三日目。


 帰宅して、玄関で立ち止まる。


 なんとなく、思い出す。


 昨日、向かいに誰かいた。


 笑っていた。


 声は、思い出せない。


 顔も、曖昧。


 でも、いた。


 キッチンに立つ。


 箸を一本出す。


 少し迷う。


 もう一本、出す。


 向かいに置く。


 しっくりくる。



 食事中。


 「今日さ」


 口を開く。


 自然に言葉が出る。


 返事は聞こえない。


 でも、会話は成立している気がする。


 違和感が、薄れていく。



 数日後。


 シンクに二膳。


 あれ?


 一瞬だけ、引っかかる。


 すぐに思い出す。


 「あ、そうだ」


 昨日は彼と夕飯を食べたんだった。


 ほっとする。


 忘れてただけ。


 最近、疲れてるのかもしれない。



 その夜。


 歯を磨いていると、背後で椅子が擦れる音がした。


 振り返る。


 椅子が、少し引かれている。


 自分が座っていた椅子じゃない。


 向かいの椅子。


 喉が鳴る。


 でも、すぐに思い出す。


 そうだ。


 彼、先に立ったんだ。


 当たり前。


 自然。



 翌朝。


 シンクに箸が二膳。


 まだ洗っていない。


 昨夜は、洗わなかった?


 思い出せない。


 でも、問題ない。


 彼と食べたんだから。



 仕事中、同僚に聞かれる。


 「最近、誰かと住んでる?」


 「え?」


 「いや、なんか……雰囲気変わった」


 笑ってごまかす。


 帰宅する。


 玄関に靴が二足。


 自分のパンプス。


 見覚えのないスニーカー。


 少し泥がついている。


 胸が早くなる。


 でも、すぐに安心する。


 そうだ。


 昨日、公園に行った。


 覚えてる。


 ベンチに座って。


 風が冷たくて。


 ――誰と?


 考えない。



 夜。


 食卓に箸を二膳並べる。


 向かいに座る。


 少し、目を上げる。


 空気が重い。


 息がかかる距離。


 声は聞こえない。


 でも、確かにいる。


 手を伸ばす。


 指先が、何かに触れる。


 冷たい。


 骨のように細い。


 驚かない。


 だって、


 彼なんだから。



 翌朝。


 シンクに、箸が三膳。


 立ち尽くす。


 一膳増えている。


 知らない色。


 黒。


 少し欠けている。


 指で触れる。


 冷たい。


 しばらく、何も思いつかない。


 それから、ゆっくりと。


 ああ。


 そうだ。


 昨日は――


 言葉が、うまく浮かばない。


 でも、きっとそうだ。


 洗いながら、笑う。


 大丈夫。


 私は一人じゃない。


 これから、きっと。


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