一人暮らしのはずなのに、夕飯の箸が二膳ある
シンクに、箸が二膳。
立ち止まる。
今日は一人のはず。
皿は一枚。
グラスも一つ。
でも、箸は二膳。
濡れている。
少し考えて、首を振る。
無意識。
たぶん。
洗って、戻す。
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翌日も、二膳。
写真を撮る。
食事前は一本。
食後は二膳。
胸の奥が、冷たくなる。
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三日目。
帰宅して、玄関で立ち止まる。
なんとなく、思い出す。
昨日、向かいに誰かいた。
笑っていた。
声は、思い出せない。
顔も、曖昧。
でも、いた。
キッチンに立つ。
箸を一本出す。
少し迷う。
もう一本、出す。
向かいに置く。
しっくりくる。
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食事中。
「今日さ」
口を開く。
自然に言葉が出る。
返事は聞こえない。
でも、会話は成立している気がする。
違和感が、薄れていく。
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数日後。
シンクに二膳。
あれ?
一瞬だけ、引っかかる。
すぐに思い出す。
「あ、そうだ」
昨日は彼と夕飯を食べたんだった。
ほっとする。
忘れてただけ。
最近、疲れてるのかもしれない。
⸻
その夜。
歯を磨いていると、背後で椅子が擦れる音がした。
振り返る。
椅子が、少し引かれている。
自分が座っていた椅子じゃない。
向かいの椅子。
喉が鳴る。
でも、すぐに思い出す。
そうだ。
彼、先に立ったんだ。
当たり前。
自然。
⸻
翌朝。
シンクに箸が二膳。
まだ洗っていない。
昨夜は、洗わなかった?
思い出せない。
でも、問題ない。
彼と食べたんだから。
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仕事中、同僚に聞かれる。
「最近、誰かと住んでる?」
「え?」
「いや、なんか……雰囲気変わった」
笑ってごまかす。
帰宅する。
玄関に靴が二足。
自分のパンプス。
見覚えのないスニーカー。
少し泥がついている。
胸が早くなる。
でも、すぐに安心する。
そうだ。
昨日、公園に行った。
覚えてる。
ベンチに座って。
風が冷たくて。
――誰と?
考えない。
⸻
夜。
食卓に箸を二膳並べる。
向かいに座る。
少し、目を上げる。
空気が重い。
息がかかる距離。
声は聞こえない。
でも、確かにいる。
手を伸ばす。
指先が、何かに触れる。
冷たい。
骨のように細い。
驚かない。
だって、
彼なんだから。
⸻
翌朝。
シンクに、箸が三膳。
立ち尽くす。
一膳増えている。
知らない色。
黒。
少し欠けている。
指で触れる。
冷たい。
しばらく、何も思いつかない。
それから、ゆっくりと。
ああ。
そうだ。
昨日は――
言葉が、うまく浮かばない。
でも、きっとそうだ。
洗いながら、笑う。
大丈夫。
私は一人じゃない。
これから、きっと。




