3 ひどい探偵セカンド (クレイジーエンジニア)
”名探偵”からの初めての電話。
それは、指定時刻への遅刻を詫びるものであった。
「すみませんね。道端で転んでどうにもならなくなってしまって」
電話から小一時間ほど経過して事務所に現れたのは、眼鏡をかけたスーツ姿の大柄な中年男性。
来客スペースのソファーに座り再度遅刻を詫びるが、西園寺はその理由に疑問を感じた。
「えーっと、転んだのは災難かと思いますが、それで小一時間ほど遅れますか?」
「私は左足が義足でして。転んだ時に部品が外れましてね。赤電話まで這って電話した後、応急修理をしておりました」
西園寺はそう言われて気付いた。
確かに、左足のズボンの膝より下が不自然にしぼんでいる。
「あっ。申し遅れました。私はクレイ=エンジと申します」
「えーと、変わったお名前ですね。外国人の方ですか?」
目と肌の色は日本人。白髪混じりの頭髪も黒髪。
日本人にしては大柄だが欧米人には見えない。
「日暮れの暮れに井戸の井で暮井、延長の延と二次創作の次で延次と書きます」
「失礼しました。日本人でしたか」
「理由あって今は米国籍なので外国人ではありますね」
「はぁ……」
ややこしい男だ。西園寺はそう思った。
「先生。話を進めませんと」
隣に座る松露子に耳打ちをされ、我に返る西園寺。
しかし、イヤな予感が根拠もなく沸き上がり言葉が出ない。
僅かな沈黙の後、暮井が切り出した。
「依頼の件ですが、先生は死刑覚悟で自白した西山氏の証言を覆してまで真犯人を調べて、どうしようというのです?」
「西山を助けて真犯人を裁きたい。それだけだ」
国選弁護人の仕事だが、冤罪を防ぎたい使命感もある。
「西山氏は死刑を望んでいます。死刑ってすごく人道的な死に方ですよ。法の庇護下で裁かれて、法に則った厳正な手続きの下で人権を奪われずに命を失う。素晴らしい最期じゃないですか」
「……何を言っているかわからんぞ」
いきなりの超理論に思わずツッコむ西園寺。
隣の松露子もドン引きしている。
西園寺は元検事の弁護士。
多くの修羅場を越えてきた自負はあるが、暮井の発言についていけない。
「20年前。父の仕事の関係で、私は家族と共にアメリカに居ました」
あまり思い出したくないが、西園寺はその頃に起きたことを知っている。
「真珠湾攻撃か」
「そうです。父は外交関係者として対米開戦回避のために尽力していました。でも、日本は在米邦人を見捨てて真珠湾を攻撃。結果、私達は敵性国民として暴徒に襲われ、両親は路上で、妹は強制収容所で人権の無い最期を遂げました」
言い知れぬ雰囲気。左足の義足。訳ありの米国籍。
西園寺は暮井という男の持つ独特の雰囲気の背景を理解した。
「両親の最期を見届けた時。収容所で妹を守れなかった時。銃創が腐って左足を失った時。死刑という美しい死に方に憧れたものです」
異常な境遇で生きたなら感覚が歪むのは理解できる。
しかし、彼の主張は認められるものではない。
「それは戦時下の話だ。戦争は終わった」
「戦争は終わった? だから悲劇も終わった? お笑い草です。戦争が終わった後、進駐軍の男達があの村で娘達にナニをしたか」
スパァァァァァァァァァン
西園寺がソファーの下から出した特大ハリセンが、暮井の脳天に炸裂。
「いい加減にしろ。俺は【亡霊】と仕事する気は無い」
「生き残ってしまったら【亡霊】にすらなれない。これがこの事件の真相です」
特大ハリセンを構えて見下ろす西園寺に対し、暮井は一言。
そして、西園寺に目配せして間を空けた。
「松露子ちゃん。ちょっと席を外してくれ。事件とオカルトの区別がつかないこのアホに実務者としてキツイ説教をせねばならん」
「分かりました」
松露子が立ち上がって部屋から出た後、西園寺は小声で切り出した。
「どういうことか教えてくれ」
「【配慮】に感謝します。お察しの通り、若者には聞かれたくない内容です」
事件に対する暮井の推理は、【集団心中】であった。
記録には残されていないが、終戦から昭和20年代後半にかけて進駐軍による暴行事件は日本各地で多発した。
戦争に勝利した連合国兵にとって、敗戦国の原住民は戦利品でしかなかったのだ。
あの村でも当然のようにそのような事件は起きた。
しかし、他と違ったのは、その現場に子供達が居たことだ。
「今回の犠牲者は、その時の子供達です」
西園寺は元検事であり、そのような事件の存在は知っている。
だが、それは表立って語ってはならない事になっている。
「仮にだ。そんな事件があの場所で過去にあったとして、何故10年以上経った今になって心中するんだ。おかしいだろ」
暮井は小声で重々しく答える。
「子供の頃に【地獄】に触れて【闇堕ち】した人間は、マトモな親になれません。彼女達も悟ったんでしょう。そして、次世代に禍根を残さないため、自ら【亡霊】となったんです」
親が心に闇を持っていると、子供はその闇を受け継いでしまう。
闇の世代交代を止めるためには、親となる前に【亡霊】になるしかない。
「じゃぁ何で西山は自分が殺したと自白したんだ」
「彼は彼女達の心を【闇堕ち】から救おうとした。でも、できなかった。その無力感と罪悪感から犯人として死刑を望んだ。そんなところでしょう」
西山が集落の女性としていたという不倫。
それは不倫ではなく、彼女達の心を救うカウンセリングだった。
誰にも明かせない真相とそれが残した【闇】に対し、たった一人で挑んだ痕跡。
「確かに筋は通っている。犠牲者となった女達が結託していたなら、酒に毒を入れるのにトリックは要らない。そして、村人が黙るのも、警察が西山を犯人として事件の幕引きを急ぐのも分かる」
「そうでしょう。だからもう余計な事をしないのが一番です。【亡霊】は歴史の闇と共に静かに成仏させましょう」
終戦後に進駐軍が起こした一連の事件は、たとえ一部でも表沙汰にすることは許されない。
関連する事実を語っただけでも、自分の身が危険に晒される。
西園寺もそれはよく理解している。
しかし、元検事としてこの形での幕引きは許容できないと感じた。
「どんな事情があろうと、犯人ではない人間を刑に処すわけにはいかん」
「何故です? 西山氏は死刑を望んでいます。望み通り人権を持ったまま彼女達の所に送って事件を終わらせれば、皆幸せになりますよ」
事件の真相を次世代に伝えるわけにはいかない。
ならば、関係者が納得する形での幕引きも人道的と言える。
それを理解しつつも、西園寺はそれを許すわけにはいかなかった。
「日本は法治国家だ。裁きは法に則って行う。法の適用を情で曲げるのは野蛮人のすることだ」
「法に従うことで苦しむ人間が居てもですか?」
法律は必ずしも人を幸せにはしない。
法に関与する人間なら誰でも理解している事だ。
それでも法律を守るのには理由がある。
「日本は軍事力で国を守ることはできない。戦争をより身近に見てきたお前さんなら分かるだろ」
「そうですね。国際感覚ポンコツな国民性はともかくとして、どう戦っても海上封鎖と戦略爆撃で兵站が詰む地理的条件はどうにもなりません」
世界と戦争すれば必ず負ける。
戦争で負けたら何をされても逆らえない。
敗戦を通じて日本人が共有した現実。
そんな時代に法の道を志した人間として、西園寺は静かに語る。
「だからこそだ。日本の未来を守るには、世界のルールを力の支配から法による秩序に進化させる必要がある。そのためにも、日本国民は世界の誰よりも法を尊重せねばならん。例えそれで不幸になる人間が居たとしてもだ」
法の意味を知る男と、戦争の現実を知る男。
二人の間に重い沈黙が流れた。
「……法に則って裁くとしたら、犠牲者のうち何人かが被疑者死亡のまま【自殺ほう助】ですかね。西山氏が白状するかどうかですが」
「そうだな……。その場合、聴取を警察に聞かれるわけにはいかないから、どう説得するかだな」
暮井の提案に、西園寺も同調する。
無罪となり生き延びた西山氏の心中を思うと、憂鬱になる。
しかし、一人の人生よりも法治の原則のほうが重い。
「法で世界を導く日本国民ですか……。西園寺先生、今日は良い話を聞けました。この【亡霊】も成仏できそうですよ」
スパァァァァァァァァァァァァン
ふっ切れた表情で感謝を述べる暮井の顔面に、西園寺のハリセンが再び炸裂。
「いきなり何するんですか先生! この流れでハリセンってオカシイでしょ!」
「あっ。スミマセン! 本当に成仏されたら怖いのでつい【確認】してしまいました!」
「意味が分かりません!」
「申し訳ありません。意味は聞かないでください。そうだ! 何か食べましょう。生きている確認として!」
「いや、確認しなくても生きてますよ! 肢体欠損でも生き残った命を大事にして日々生きてるんですよ! まぁ、空腹なので何か頂けるとありがたいですが」
「松露子ちゃーん! なんか、お茶とか、茶菓子とか。ある物持ってきて!」
「ハーイ」
戦後十数年。
戦争の残した闇が引き起こした事件と考えれば、この推理も筋が通っていると言える。
そう考えながらも、西園寺はこの男が目の前で消えるのは勘弁してほしいと、それだけを切に願った。
▼クレイジーエンジニアさんの後書き。
作者に政治的思想はありません。
あるのは飽くなき【ひどい】への探究心。
【ひどい】のためなら何でもアリです。
ひどい。ひどい。
▼Ajuからの実況中継
おおーっと! クレイジーエンジニアさん、いきなり人生の深みへと急降下!
お笑いも含めながら見事な推理と作品だぁ!
しかしまだ、一部の謎は残ったままではあるが‥‥。
さてアミダでEを選んだ3番手、第4走者のかわかみれいさん、一応の締め切りは1月6日です。
どんな探偵が現れ、どんな推理を披露してくれるのか?
楽しみですねー。。(^^)




