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5人の名探偵  作者: 夢茫
2/2

2 匿名探偵ファースト (榊)

「ホントに来るんかねぇ……松露子ちゃんよ」

「私の給料増額のため──いえ、真相のためにも来てもらわないとですよ先生!」


 “名探偵”を求む広告を出した翌朝。

 西園寺(さいおんじ) 舞九朗(まいくろう)の事務所に、一人の男から電話が掛かってきた。名を名乗らず「広告を見た」の一言と、今日この日の日時を指定した短い電話。

 西園寺は真相究明にために飛び出したい気持ちを押し殺しながら、事務所のソファーで天井を見つめていた。


「はぁ……この事件の真相を見つけてくれるなら、“名探偵”でも“少年探偵団”でも何でもいいけどよ」

「“見た目は子供、頭脳は──”のやつですか!」

「明智小五郎の方だわ」


 西園寺は、目の前に差し出された“紅茶味の水”を受け取りながら、助手である江戸川 松露子(しょうろこ)へツッコミを入れていく。

 そんな二人だけの事務所に、来客を知らせるチャイムが響く。今日予定していた来客は一人だけ。それを知る松露子は西園寺へ満面の笑みを向け、慌てて入り口へと駆けていく。


「さて……お手並み拝見といきますか」


 西園寺は、飲みかけの“紅茶味の水”を飲み干し来客用のエリアへと向かって行く。


「……お願いだから、このうっすい紅茶からおさらばさせてくれよ。自称“名探偵”さんよ」


   *   *   *


 西園寺は衝立を一枚隔てた来客用のエリアへと向かうと、松露子がソファーに座る一人の男へしっかりと色の着いた“紅茶”を出していた。

 来客者との格差を抱きながら、男の対面へと腰かける西園寺。男は西園寺の顔を見ると嬉しそうに声を上げる。


「西園寺先生!今日はお時間を頂き、ありがとうございます!」

「あ、あぁ。いや、こちらこそ今日はわざわざありがとう」


 電話口の人物と同一人物か?それが、西園寺の男に対する第一印象だった。確かに声質は似ている。しかし、電話越しの男はぶっきらぼうな印象で、こんな好青年を絵に描いた様な人間ではなかった。

 西園寺が目の前の男に関して、思いを巡らせ始めるのと同時に松露子が隣に腰を下ろす。


「先生、先生!なんか、良い人そうですね!」


 松露子に耳打ちをされ、思考が霧散する西園寺。

 目の前の男より、西山 (さとる)の事件の方が優先か──と思考を切り替える。


「えっと……じゃあ、まずは貴方のお名前を聞いても?」

「いやいや、私の名前なんて──あ、江戸川さんから最初の名乗り上げ者と聞いたので“一人目(ファースト)”とでも呼んで下さい!」

「そ、そうですか」


 松露子とは違った明るさに戸惑いながら、西園寺は咳払いを一つしてから青年へと向き直る。


「改めて、とはなりますが。今回貴方にお願いしたいのは『毒ぶどう酒事件』の真相を解明して頂きたいと思っています」

「はい。事前に頂いた資料には、目を通させてもらいました!」

「それを読んで、貴方は……貴方の推理を聞かせて欲しい」


 西園寺のその言葉に、青年は小さく笑みを浮かべ推理を披露し始める。


「先に、この事件の犯人を言わせてもらうと──大岩 貞子さんですね」

「貞子さんと言うと……身重で、大岩家に帰省されてた方ですよね?」


 松露子が、事件資料の関係者一覧を眺めながら確認するように西園寺へと問いかける。


「あぁ。たまたま里帰りしていた人間で──そして、西山 悟以外の犯行を難しくした人間だな」

「犯行を……?」


 西園寺の言葉の意味を理解しきれていない松露子。

 青年は西園寺の言葉を引き継ぐように言葉を続ける。


「当初、井坂という男が酒屋から酒を受け取り、午後1時頃に大岩家の松子さんへ渡したとなっていた。そのため、容疑者である西山氏が午後5時半頃に香代子さんから酒を受け取るまで、約5時間のタイムラグがあった」


 そうなのだ。本来ならば、その状況証拠を元に西山 悟以外の犯行の可能性を訴えることは可能だった。

 しかし、その可能性を潰したのが“大岩 貞子”だった。


「しかし、西園寺さんから頂いた資料には、酒屋も井坂も、大岩 貞子の“酒類が届いたのが5時少し過ぎ”という証言を聞いてから、急に証言を変えたと記載があった」

「あ、ホントだ。酒屋さんと井坂さん……二人共、午後1と午後5時を間違えるって何だか変ですね」

 

 確かにその違和感はずっと抱いていた。

 しかし、どうしてもぶち当たる壁のせいで他の犯人の可能性が邪魔される。


「どうして、西山氏は犯行を否定するどころか“私が殺しました”と犯行を認めてしまっているのか──ですよね、西園寺先生」

「あぁ、その通りだ。他に犯人を見つけたとしても、西山 悟自身が犯行を認めてしまっている。そもそも西山 悟が大岩 貞子を庇う理由が──」

「西山 千代(ちよ)さんと大岩 貞子の関係を洗いなおして下さい」


 西園寺の言葉に被せるように、青年が口を開く。

 西山 悟の妻、西山 千代と貞子の関係?西園寺は、青年の意図が読めず、松露子が眺めていた事件資料を横から覗き込む。


「僕の予想だと、お二人は姉妹か従姉か……少なくとも血縁者か何かでしょう」


 西園寺は青年の語り出す推理に口を挟まず、耳を傾ける。


「血縁者だったからこそ、西山氏との面識もあったはずです。もちろん、この面識というのは『村の関係者』以外での意味です」

「面識があったからと言って、自分の妻を殺すことになった人間を庇うか?」

「庇う理由があるんじゃないですかね。そこは、西園寺先生が西山氏から聞き出してみて下さい、としか」


 青年のどこが投げやりな言葉に少しムッとするが、あくまで事件当日の推理を求めているのだ──と自分を言い聞かせる。

 西園寺は気持ちを切り替えるために、松露子がいつの間にか入れてくれていたカップへと手を伸ばす。久しぶりに味のする紅茶を飲み、気分が落ち着いていく。


「それで。前置きはそろそろ終わりにして、事件当日の推理を聞かせてくれるか」

 

 青年は待ってました、と言わんばかりに身を乗り出し口を開く。


「事件当日。2時半過ぎ。人気(ひとけ)のない大岩家で貞子は、居間かどこかに置かれていたぶどう酒を見つけた。計画的だったのか、突発的だったのかは分かりませんが──このぶどう酒を使えば目的の人物を──と貞子は思い立った」

「……もし、そうだとしても酒が大岩家に到着したのは午後5時過ぎ。西山 悟が酒を受け取りに来た時間まで30分弱しか時間がない。身重の女性が農薬を運び、バレないように酒に混入させるなど現実的に不可能だろ」

「3時間あれば、出来ると思います」

「3時間?」


 西園寺は青年の言葉を受け取り、思考を巡らす。

 西山 悟が酒を受け取る午後5時半の3時間前。それはつまり、大岩 貞子が病院から帰って来た時間。


「酒は……最初の供述通り、午後1時頃には大岩家に置いてあった?」

「おそらく」


 青年の嬉しそうな笑顔を横目に「しかし──」と自分の推理を否定する西園寺。


「酒屋の店主も酒を最初に受け取った井坂も、酒は午後5時過ぎに大岩家に、と──この二人も共犯だと言っているのか?」

「共犯、とまではいかないんじゃないですかね。大岩 貞子に『酒を割ってしまったから』なり言われて新しい酒を用意した、とか……まぁ、店主も井坂も貞子が農薬を入れことは、薄々気付いてるんじゃないんですかね」

「ここでも“擁護”が邪魔するのか」

「ははっ!狭い世界で生きて来た人たちですからね。どこでどんな横の繋がりがあるか分かった物じゃないですよ」


 嬉しそうに笑う青年。少し狂気気味た雰囲気を感じながらも、西園寺は思考は徐々に深く潜らせていく。

 西山 悟は大岩 貞子を庇い。酒屋の店主も井坂も貞子を庇い。

 大岩 貞子は誰を狙って農薬など仕掛けたのか。

 西山 悟にしたって、不幸にも自分の妻が巻き込まれているのだ。例え妻の死が目的の人物を殺すことに関わってしまった“事故”だったとしても、そんな人間を庇うだろうか。

 しかし、逆に自分の妻を殺した人間を庇い立てする理由さえ見つけることが出来れば──そこまで考えた西園寺は、ふと視線を上げる。


「お、おい。松露子ちゃん、彼はどこに行ったんだ」

「何のことですかー?」

 

 松露子が、備え付けのキッチンから顔を出す。

 西園寺は松露子へと顔を向け、指先を正面のソファーへと向ける。


「いや、今までここに座ってただろ。自称名探偵の“一人目(ファースト)”様が」

「え、先生……ファーストは、ちょっと痛いですって」

「俺が言ったんじゃねぇ!ほら、見ろ!マグカップが置いてあるだろ!」


 西園寺は、湯気が薄っすらと残るマグカップを指さす。来客のために用意された“紅茶味の水”ではなく、しっかりとした“紅茶”を。


「あれ……ホントですね」


 素っ頓狂な表情をする松露子。その表情を見て、嫌な汗が背中を伝っていく西園寺。

 その感情を誤魔化すように、松露子へと今までそこに居たはずの青年の推理を伝えていく。


「……なるほど。それなら、一応の辻褄が。やっぱり先生は凄いですね!」

「あ、あぁ。そうだろ」


 動機探しなどは残っているが、状況証拠と確証もない妄想で出来上がった筋は通った推理。

 西園寺は、どこか納得のいかないこの状況に戸惑いながら、ソファーへと腰を下ろす。その瞬間、気味悪さを残した事務所に“名探偵”を名乗る人物からの『初めて』の電話が掛かって来たのだった──。





おお〜っとォ!

第2走者=榊さん。

いきなりAjuが想定していたコースを逸れて藪の中に突っ込んでいったぁーーー!!

どこへいくんだる? イスカンダル?

新たな謎が生まれました。

この「ファースト」なる匿名の探偵は何者? あるいは何?

幽霊なのか‥‥。はたまた西園寺の妄想なのか?

「見た目は大人‥‥」などという昭和30年代にはなかったアニメのフレーズを、なぜ松露子は口にしたのか?

謎は謎を呼ぶ予測不能な展開!

後の走者はこれをどうしていくのか?


ところで、昭和30年代にチャイムなんてあったっけ?(少なくともこんな貧乏事務所に‥‥)

 ↑容赦無くツッコむAju (^◇^)

これ、ほんとに「推理小説」らしいスマートな終わり方ができるんでしょうか?

途中でホラーになったりしないかな?? (^^;)


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― 新着の感想 ―
続きはどんな展開になるんだろうと楽しみです……! 事件自体の謎解きと合わせて二度おいしい作品ですね(*´ω`*) 次の名探偵はどんな方なのか。 Ajuさん、ありがとうございました。
 いや、この事件はひじょうにむずかしい、「昭和」の悪いところを体現しているような課題だと思います。とくに若い世代の方々には、時代の空気的な、前提条件的なものを理解するのがむずかしいかもしれません。  …
おそろしい展開になりましたね(;゜Д゜) いやまさか、この時代より前の『トレドから来た男』が関係してきたりするのか。 とにかく別の時代もしくは世界線が交差したとしか(;゜Д゜)
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