六話
その残骸は確かに人のものだった。
内臓や骨は原型をあまり留めていないが、手足や頭部など、そのままの形で残っている部分も多くある。
ここに来るまでの間、人間を含め生物の亡骸は全く見かけなかった。そのほとんどは異形に食べられたか、幻獣界の自然に完全に取り込まれたのだろう。
その事と現場の異様さ、命の神が人の姿をしていたことから、この残骸は幻獣界の神である可能性が高い。
「……これって捜してた神、だよな」
祐也は口元を拭いながら、残骸を見ないように視線を銀の少女へ向ける。残酷かつ奇怪な光景の中でも、彼女の可憐さは僅かすらも綻びずにいた。
そして未だにネタばらしはない。これは神による悪趣味なドッキリではなく、幻獣界の神は紛れもなく死んでいるのだ。
「……とりあえず、あの神様に知らせなきゃな」
これを聞いた命の神はどうするのか。
祐也にはこれからどうなるのか想像も付かなかったが、まずは社会人として嫌という程に身に染みている報連相をしない事には始まらない。
「あの神様のところに行きたいんだけど、行ける?」
そう少女に問い掛けた瞬間――世界が揺れた。
明確に地震とは違う。まるで舗装されていない道を走る車に乗っているかのような揺れだ。
「何が起きて――」
――刹那、周囲の景色が一変し、現実逃避にも似た理性はあっさりと打ち砕かれた。
歪な花畑ではない。倒壊したビルや家屋が埋没し、散乱する平野。そこには生理的嫌悪を覚える植物……動物……人間……粘土で造られたそれらをぐちゃぐちゃに混ぜ合わせたような、決して生き物だとは言えない「物体」がそこかしこに溢れている。
「何だ……これ……」
突然現れた悪夢の光景に、祐也は言葉を失う。僅かな時間の中で何が起きたのか、彼には到底理解できなかった。
しかし、脳が理解を拒む程に悍ましい物体に囲まれた人影は確かに見覚えのあるものだった。
「神様……?」
そこに居るのは、命の神その人。しかし、初めて会った時のような慈愛に満ちた雰囲気は欠片もない。見開かれ血走った眼で虚空を見上げ、口元には歪な笑みを浮かべていた。一目見て、正気の沙汰ではないと分かる。
「私の可愛い生命たち……もう少し、もう少しだから……あぁでも――漸く!」
命の神は祐也たちの存在には気付かず、狂ったように叫ぶ。ドロリとした血液が顔中から溢れ落ちる。
そうしている間に、ピンク色だった空に段々と薄暗い紺色が混ざっていく。
それに反応するかのように周囲に転がる「物体」が各々違う声で呻き出し、その身を震わせる。そのうちパタリと倒れ動かなくなったかと思えば、ぐねぐねと蠢き別の形をした「物体」へと姿を変えた。しかし、再び呻き倒れると動かなくなる。「物体」たちはそんな事を繰り返し始めた。
命の神は狂い、世界は更なる変貌を遂げようとしている。
祐也はただ呆然と立ち尽くし、銀の少女は変わらず彼を見つめる。
一体何がどうなっているのか。
しかし、そんな呆然とする祐也の元に虚空から突如一人の男が現れた。空気が重く、冷たいものへと変わる。男は黒いローブを身に纏い、顔は見ることができない。
彼は命の神へ顔を向けた後、祐也へと向き直る。
「君がそうなのか……可哀想に……」
低く、とても静かな声。
同情の言葉を零し、祐也が口を開く前に男は語り出した。
「彼女は、命を司るには優しすぎた。自然の摂理だとしても、命が消えるのを耐えられなかった。もうずっと前に、彼女は狂ってしまったのだ」
銀の少女はどこか咎めるような視線を男へ向ける。男はそれを意に介さず、話を続けた。
「彼女はそこの少女の力を利用して全ての神を殺し、この世界の唯一の神になろうとしている。既に私以外の者は全て殺された。私は死ぬ前に、君になるべく多くの事実を伝えたかった。それが、私から君にできるせめてもの慰めだと思っている」
「ま、待ってくれ。どういう事なのか全然分からない……」
「すまないが、もう時間がない」
いつの間にか揺れは収まり、世界は薄闇に包まれていた。細い煙のようなものが現れては消え、消えては現れる。この瞬間、世界を象る三つの領域は一つとなった。
そして、男の存在に気付いた命の神は歪に笑う。
「ところで――いつまで芝居を続けるつもりだ?」
誰に向けるわけでもなく、男は呟いた。
「それはどういう――」
その瞬間、突如地面から伸びた樹が男を貫いた。内側から身体を引き裂くように枝が伸び、その場所には汚れた小さな樹と、男の破片だけが残る。
どこか気まずさにも似た静寂が、辺りを包み込んだ。




