五話
祐也たちはこれといったトラブルもなく森の中を進んでいた。
森の中で出会う未知の生物たちは皆温厚で祐也に襲い掛かるものはいなかった。初めて見る人間を警戒しているだけなのか――これも銀の少女の力なのか。どちらにせよ襲われないに越したことはない。
それに加え、彼は命の神から受け取った翡翠の玉のお陰で生理現象や疲労感すら感じる事を忘れていた。森の不気味さにも慣れ、灰色の樹皮や拍動する草花も、もはや恐怖の対象ではなかった。
そのうち段々と歪な木々は減っていき、視界の先に遠くから見えた丘が現れる。
「……やっと抜けられたな。何事もなくて良かった」
言いながら祐也は少女の方へ振り向いた。
「――あれ?」
声は森の奥へと消えていく。
空気が酷く静まり返っている。
そこに彼女の姿はなかった。これまでずっと祐也の数歩後ろを歩いていた少女の姿が、忽然と消えていた。
「えっ、噓でしょ……」
咄嗟に周囲を何度も確認するが、少女の姿は何処にもなかった。純白のワンピース、艶やかな銀髪、深紅の瞳。僅かにでも見えれば、この灰色の森の中で見落とすはずがない。
全幅の信頼を寄せ、安全の要である少女がいなくなった事に祐也は強い焦りと不安を覚える。
しかし、そんな彼の視界の端で何かが煌めいた。
既視感を覚えながら視線を向けると、そこには銀の少女が立っていた。まるで最初からずっとそこに居たかのように深紅の瞳で祐也を見つめている。
「よかった……」
さながら迷子の子供を見つけた親のように、はたまた親を見つけた迷子の子供のように。祐也は胸の奥がほどけるような安堵を覚えた。
彼一人では、この世界の脅威には対処できない。だから彼女が必要となる。それは紛れもない依存だが、祐也に自覚はない。
そして二人は再び歩き出した。
この世界には昼も夜もなく、空は常にピンクを基調とした極彩色をしている。
その影響で時間の感覚は失われ、幻獣界の神を探し始めてからどれ程の日数が経過しているのかは定かではない。
道中に現れるあらゆる障害は、銀の少女によって振り払われる。
彼女は定期的に姿を消すが、祐也が気付く頃には彼の元へ戻ってきていた。彼女が何をしているのか知ることはできないが、祐也は段々と気にしなくなっていった。
そして神の捜索を続けるにつれ、世界はその様相を変化させた。メルヘンチックな景色こそ変わらないが、異形の姿や世界そのものがどこかチグハグな雰囲気を帯び始めたのだ。
まるで世界のデータが破損したかのような光景に祐也が強く違和感を覚えた頃、彼らの旅は終わりを迎えた。
「何だ……これ……」
そこは小さな花畑。正確には――だった場所だ。
歪になっていく世界に呑まれ、不規則に、色とりどりに成長した花たちが視覚的不協和を生み出している。
その花たちの中心に、一本の木が生えていた。
祐也は恐る恐るその木に近付く。
「――っ!」
木の幹に融けるように、人の残骸が纏わり付いていた。まるで捻じれる幹に巻き込まれたかのような惨状に、祐也は込み上げる胃液を手で押さえ込んだ。
銀の少女はそんな祐也の姿を――じっと見つめている。
その瞳には哀れみとも、満足ともつかぬ色が宿っていた。




