四話
少女の手を引き玄関へ向かう祐也は、漠然とした自信に浮足立っている。
絶望的な状況の中で、圧倒的な味方を得た。
ただの慢心ではあるが、原動力としての役目は十分だ。
磨かれた革靴ではなく履き古したスニーカーを履く。少女は用意された靴には見向きもせず、裸足のまま彼の後に続いた。
そして玄関の扉を開け放つ。
――大量の白い埃が舞った。
「うわっ!」
突然の事に驚き、祐也は声を上げる。
咄嗟に鼻と口を押さえ、小麦粉をばら撒いた時のような細かな粒子の霧を手で払い除ける。
「何だこれ――」
世界が変異して何度目か。晴れた視界の中で祐也は言葉を失った。
左右に続く廊下や天井、他の部屋の扉。蛍光灯に至るまで、全てが原型を留めたまま灰と化している。
先程の埃は扉を開けた際の僅かな風圧で崩れた廊下の一部だ。今も天井の灰がさらさらと崩れ落ちている。
祐也は振り返り、自身の部屋へと目を向けた。
あるのは何の変哲もない、見慣れた光景だ。
そこでふと、彼はある事を思い出した。
『あなたが生きているのは彼女が守ってくれたから』
『外に出れば否応なしに受け入れられる』
それは命の神の言葉。少女の力を疑う祐也への投げやりな返答。
「こういう事か……」
呟き、銀の少女へ視線を落とす。
彼女の保護がなければ祐也の部屋も、そして彼自身も、例外なく灰となっていた筈だ。
視線に気付いた彼女は、ただ祐也を見つめ返す。
彼女の圧倒的な力を見たのはこれで二度目。
依然正体は分からない。無表情で声も発さない。
それでも――祐也の中に芽生えた信頼はより強固に、確かなものへと変わっていた。
自分を見上げる銀の少女の頭に彼は手を置き、絹のような髪をそっと撫でる。
「守ってくれてありがとう。これからもよろしくな」
それから改めて外へと目を向け、灰の廊下へ静かに片足を乗せる。靴は柔らかな灰に沈み、靴底を白く染めた。
祐也は足を玄関へ戻し、腕を組んだ。
「どうやって降りよう……」
このまま踏み出せば灰は崩れ、地面まで落下するのは目に見えている。
灰がクッションになって助かるだろうか。
助かっても埋もれてしまえば同じだ。
そんな事を考えていると、徐に祐也の身体が浮き上がった。
「――え?」
唐突な浮遊感に彼は間の抜けた声を漏らす。
次の瞬間、驚く間もなく玄関を抜け、廊下を越え、団地の最上階から宙へと投げ出された。
「――っ!」
迫る地上と衝撃に祐也は強く目を瞑る。しかし、激突する前に減速し、僅かに滞空した後、ふわりと地面へ降り立った。
「…………ん?」
彼はいつまで経っても訪れない衝撃に首を傾げ、そっと目を開けた。
周囲には部屋の窓から見た歪んだ灰色の幹をした木々が立ち並び、背後には真っ白な団地。
そして、傍らに立つ少女を見て先程の浮遊も彼女の力だと察する。
「もう何でもありじゃん……」
攻撃、防御、移動。絶対的な味方である銀の少女は一人で何でもこなしてしまう。
恐れるものは何もない。次の世界の覇者にでもなったかのような感覚だった。
「もしかして、探せって言われた神も君ならすぐに見つけられるんじゃないか?」
幻獣界の神――おそらく祐也たちの世界を滅ぼした元凶。
どこにいるか分からない上に、捜索範囲はこの世界全て。普通ならば数年かけようが土台無理な話である。
だが未知数の力を持つ彼女なら簡単に見つけ出せても不思議ではない。
そして、元凶の神を早く見つけることができれば、それだけ早く世界を修復することができる筈だと祐也は考えていた。
しかし、待てども少女からの返答はない。
「そう楽じゃないか……」
目的地へと手を導いてくれる、あるいは瞬間移動のようなものはないと知り、がっくりと肩を落とした。命の神と銀の少女。二人の協力を得られている時点でほとんどの問題点は解決されている。だがより貪欲に楽を求めるのは人の性だろう。
「まずはこの気味悪い森を抜けるか」
そう言って祐也は歩き出した。向かうのは玄関から見えた景色の奥、岩肌の露出した丘だ。
足を取られながら進む彼の後を、少女はただ静かに追った。




