一話
簡素な部屋に電子音が鳴り響く。
黒い遮光カーテンが陽射しを遮り、古びた団地の一室を仄暗く包む。座卓の上には空き缶と空の弁当箱が無造作に散らばり、棚には擦れた背表紙の漫画や雑誌が乱雑に押し込まれている。
部屋の中心に置かれた布団の中、呻き声を上げながら身じろぎする影がスマホを掴んだ。
白坂祐也――社畜街道を歩む独身男は休日の朝に喚くそれを恨めしく睨み、溜息と共にアラームを切った。愚かな昨日の自分を呪いながら、彼は再び微睡みへと沈む。しかし、執拗なスヌーズ機能が容赦なく彼を夢から引きずり戻す。
のそりと上体を起こした彼は手探りでスマホを引き寄せる。
コードが抵抗するように引っ掛かり、コンセントが壁から引き抜けた。充電器はしぶとくスマホに縋りついたままだ。
画面を見やった彼は顔を顰める。
「……充電できてねーじゃん」
バッテリー残量は黄色く染まり、残りが二割を切っていた。それに続いて電波もなく、画面端には圏外の文字。
祐也は部屋の明かりを点けようと立ち上がる。しかし、スイッチを押しても反応はない。
「停電とか勘弁してくれよ……」
彼はぼやきながら水を汲もうと台所へと向かう。だが、幾ら蛇口を捻っても水一滴出る気配はなかった。
「断水……」
祐也は世間の様子を調べようとスマホを開いた。それと同時に圏外であったことを思い出し溜息を吐く。
冷蔵庫の中にある温くなった缶ビールと溶けたアイスが物憂げに沈黙していた。
白昼夢にも似た妙な不透明さを覚えながらリビングへ戻ったその瞬間、祐也の足が止まる。
布団の上に、見知らぬ少女が立っていた。
真っ白なワンピースを纏い、月光のような銀髪を波打たせた少女。彼女は沈黙したまま、深紅の瞳で祐也を捉え続ける。
――一瞬、祐也は呼吸を忘れた。
彼女の姿に見覚えがあったからだ。決して現実には存在しない、ゲームの中の虚構。祐也が画面越しに眺めていた『少女』が、この瞬間そこに立っていた。
「あー……幻覚でも見てんのかな……」
彼は目をこすり、頬を叩くと深呼吸をした。そして閉じていた瞼をそっと開く。だが、変わらず少女はそこに居た。
祐也は覚束ない足取りでカーテンへ向かう。日光を浴びれば、きっとこの夢も覚めるだろうと。
遮光カーテンを掴み、再度深呼吸をすると一気に開け放つ。
――窓の向こうには住宅街ではなく、森が広がっていた。歪んだ灰色の幹を持つ木々は、天へ伸ばす濃緑の葉の上に瓦礫を被っている。雑多な喧騒も今はなく、山奥に居るような静けさだ。
空はピンク色を基調とした極彩色へと変わり、翅を持つ小人や火を纏う蛇、他にも見たこともない形状の生き物が悠々と飛んでいた。
そこに見知った景色の日常はなく、覚醒していく脳がこれは夢ではないと告げている。
祐也は少女の方へ振り返った。
やはり少女は黙ったまま、ただ祐也を見つめていた。
――その沈黙の意図を、彼はまだ知らずにいる。




