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第8話 三名の合格者

 歓声が鳴り響いていた。

 でも私はまだ拳を振りかぶったまま、青年をまたいだ体勢で固まっていた。


 鼓動がうるさい。

 握った拳がびりびりする。

 でも、それ以上に、何が起きたのか自分でもまだ理解しきれていなかった。


「――ま、参った参った! いやぁ、やるなあ!」


 下に倒れた青年が、ひらひらと手を上げて降参のポーズを取る。

 その言葉に、ようやく力が抜けた。

 ふぅと息を吐くと、すぐに試験監督の騎士が鋭く声を上げた。


「そこまで! 戦闘終了、次!」


 次の三人の名前が読み上げられ、別の参加者たちが戦場へ向かっていく。

 私はふらふらとその場を下がり、ノクスと合流する。

 と、私とノクスの周りに男たちがわっと群がった。

 はしゃぎ気味な声、興奮した顔、好奇の目。


「おいおい、マジかよ! お前、何者だよ!」


「拳で騎士団員をぶっ飛ばすとか、見たことねぇって!」


「アンタただもんじゃねえな! 動き見えなかったぞ!」


 ……近い。

 距離が近い。


「うっとーしい。黙れ」


 ノクスがぼそりと一言。

 その瞬間、周囲の空気がびりっと静まった。

 ……流石というか、怖いというか。


「私語を慎め!」


 試験監督の一喝が飛び、全員が背筋を伸ばす。

 その後も滞りなく試験は進み、戦闘が一周したころ。


「――全員終了したな。それでは選考に移る。この場で待機しておけ」


 それだけ言い残し、騎士団員たちは一斉に奥の控え室へ消えていった。

 場に残るのは受験者たちと、見張りの騎士が数名。

 私はほっと息をつきながら、ノクスの横に腰を下ろす。


「何とか、無事終えられたわ」


「おう。まあ、オレ様が鍛えたおかげだな。感謝しやがれ」


「……ふふ。ほんと、ありがとう」


 思わず素直に言葉が出た。

 振り返ると、ノクスの眉がぴくりと動く。


「……ん?」


「え?」


「いや……いや、なんでも。なんか今、変な気分になっただけだ」


「なにそれ。変なの」


 そのやり取りの最中。


「す、凄かったですね……お二人とも」


 柔らかく、けれど少し息の上ずった声が背後からかかった。

 振り返ると、そこに立っていたのは、涼しげな青髪に眼鏡をかけた細身の青年。

 服装も姿勢も整っているのに、どこかおどおどした雰囲気がある。

 騎士団というよりは、学者か書記官のよう。


「さっきの試合、見てたんです。同じ参加者として……その、すごく、感動して……」


 言葉を探しながら、それでも真っ直ぐにこちらを見つめてくるその目は、とても真剣だった。


「えっと、自己紹介……僕はべレト・ブラウレンっていいます。よろしく……お願いします」


 緊張しているのが、伝わってくる。

 でもそれはたぶん、私も同じだ。

 彼の立ち方、しゃべり方、空気の読み方。

 どちらかというと、その他の参加者よりも、私たち(こちら)より。

 そんな不思議な安心感がある人だった。


「…………おう」


 隣でノクスが、じろじろとべレトを観察したあと、あっさりとそっぽを向く。

 あまりにもそっけなさすぎて、べレトがちょっとだけたじろいだ。

 私はというと、正直返しに困っていた。

 えっと、どうすべきか。

 こういう時、男の子だったら。


「あ、ああ……どうも……」


 ぎこちないながらも、低めの声を意識して返す。

 口調は合ってると思う、多分。

 でも明らかに不自然すぎた。

 自分で分かるくらい。

 べレトが、ぱちぱちと瞬きをした。

 気まずい空気が流れる。

 そして、なぜか。


「あはは……すみません、変な空気にしちゃって」


 謝ったのは、彼の方だった。


「い、いや。こちらこそ、です」


 反射的にそう返したけど、男の口調っぽくなかった気がする。

 内心で顔をしかめつつ、視線をそらした。

 それでも、べレトはにこにこしていた。

 笑っていて柔らかい雰囲気。

 威圧感とかはまったくない。


「あの……緊張、してます? 僕もなんです。こういう場慣れてなくて」


「まぁ、少しは」


 言いながら、正直ホッとしていた。

 こんなふうに話しかけてくれる人がいるとは思わなかったから。


「ですよね。こんな人数の前に立つと、息が詰まりそうで……。

 でも、さっきの戦闘は本当にかっこよかったですよ」


「そ、そう?」


「はい。……あ、ボクも一応頑張ったんですけど上手くいかなくて。

 ハハ、田舎の出なんで、都会の試験ってだけで緊張しちゃって……。

 ボクはきっと落ちてるだろうなあ」


 彼は照れくさそうに笑いながら、右手で後頭部をかいた。


「……ううん、まだわからないよ。

 さっきの試験官の人だって、勝つことが条件じゃないって言ってたし。

 きっとベレトは大丈夫だよ」


 私がそう言うと、彼はぱあっと一段表情を明るくした。


「うわぁ……強いのに、心まで立派な方だ。

 ありがとうございます……ええと」


「《《リシェド》》だよ。よろしくね」


 予め考えておいた偽名を告げる。

 リシェルから一文字変えてリシェド。

 安直すぎるけど、できるだけ本名に近い方がいい。

 だって間違って本名言っちゃってもごまかせそうだし、全然違う名前呼ばれても無視しちゃいそうだし。

 きっとこれが私の最適解なのだ。


「リシェドさん、ですね。よろしくお願いします!」


 ぱっと笑顔を見せる彼は、どこか無邪気だった。

 こういう人もいるんだな、と少し驚く。

 男装してここまで来たけど、誰も話しかけてこなかったし、話しかける余裕もなかった。

 でもべレトの声は、少しだけ私の緊張をほぐしてくれる。

 ほんの短いやりとりだけど、忘れられない出会いだった。

 そんな空気を断ち切るように、訓練場の奥から重たい足音が響いた。

 戻ってきた、騎士団員たち。


「それでは、合格者を発表する!」


 先頭に立つ一人が鋭く場を見渡し、腹の底から響くような声で言い放った。

 一瞬で、訓練場がしんと静まり返る。

 誰もが息を飲んだ。

 私も例外じゃない。

 鼓動が早くなる。

 手のひらにじっとりと汗が滲む。


「今回、ここに集まった受験者は四十七名。そのうち合格者は、三名」


 ざわっ、と。

 声なき動揺が会場を駆け抜けた。

 合格者は、たったの三人。

 それはつまり、ここにいる大半が落ちるということ。

 誰かが小さく息を呑み、誰かが肩を落とし、誰かが拳を握りしめていた。

 重たい沈黙の中で、騎士団員がゆっくりと視線を動かす。


「まずは……と。おお、固まっているな。そこの三名、君たちだ」


 指さされたのは、ノクス。そして、べレト。

 そして――


「……私?」


 小さく呟いた声は、自分でも驚くほどかすれていた。

 確かに、私に向けられていた。

 隣にいたノクスが小さく鼻を鳴らし、べレトが目を丸くする。


 胸が大きく跳ねた。

 嬉しいとか、安心とか、誇らしいとか。

 そんな言葉じゃ足りなかった。


 私は、夢を叶えることができたんだ。


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