第6話 あなたも一緒に参加するの!?
筋骨隆々の、まさに歴戦の猛者と言わんばかりの男たちが、周囲を埋め尽くしていた。
その誰もが、明らかに鍛え上げられた身体に、思い思いの武器を携えている。
肌には傷。
目には自信。
歩き方一つとっても、場慣れしている感じがする。
その中で、私――男のふりをした令嬢崩れは、ひっそりと息をひそめて立っていた。
男装はできた。
髪も短くなった。
けれど、それでも、場違い感がすごい。
「……はぁ、大丈夫かな」
ため息をつく。
「不安がる必要ないぞ。もし落ちたら、オレ様が食べ残しをめぐんでやるからな。チキンの骨とか、魚の骨とか」
「骨ばっかじゃない……て、ツッコむ元気もでないわ」
……この男。
確かにね、不安よ。
自分がちゃんとやれるかどうか、手も足も震えてるくらいには緊張してるわ。
でもね、ノクス。
今この溜め息の半分は、確実にあなたのせいなのよ。
だって痛いんだもの。
刺さってしょうがないの。
視線が。
試験会場に集まった屈強な男たちのなかで、彼だけ明らかに浮いている。
黒髪、銀の瞳、長身痩躯。
すらりとした身体に、どこか気怠げな雰囲気。
顔はもう、整ってるとかいう次元を軽く飛び越えてて、神様が人の姿を借りて降臨しているみたいな美。
――や、精霊様なんだから、その通りなのかもしれないけど。
わかってるけど!
でもそれでも!!
「お前、緊張してんのか? 顔こわばってんぞ」
「誰のせいだと思ってるのよ……」
それでもノクスはいつもの調子で、腕を組んだまま退屈そうにあくびを噛み殺している。
本人はいたって自然体。
でも、その余裕こそが一番目立つ。
……ねえ、お願いだから、ちょっとだけでも地味にしてくれない?
でないと、わたしまで目立っちゃうんだけど。
私、男装してるのよ?
素性を隠したいの。
で、何でこんなことになっているのかというと――
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「――じっとしてろ。動くなよ、今、前髪切ってっから」
「だからって、そんな顔近づけないでよ……っ!」
「文句あるなら自分でやれ」
「……ないです」
ノクスの指が、私の髪をするりと撫でた。
錆びたハサミがじょぎじょぎと音を立てるたび、胸が跳ねる。
だって顔が近い、近すぎる。
なにこの距離。
息、かかってるんですけど。
しかもこの顔、ずるい、ずるすぎる。
いくら精霊でも、イケメンすぎるにもほどがある。
それで何でふわっといい香りするのよ。
「うう……むりかも」
視線をどこにもやれず、私は半泣きになりかけたそのとき。
「うし、こんなもんだろ」
ぱちん、と最後の音を鳴らし、ノクスがハサミを下ろした。
「見てみろ」
そっと差し出された鏡の中に映った私は、少年だった。
いや、正しくは少年っぽく見える女の子だけど。
違和感は想像してたよりずっと少ない。
「……あ……意外と、普通……かも」
ぽつりと呟くと、ノクスが片眉を上げた。
「強くは見えねーけど、それは実力で証明すりゃいいだろ」
「……うん、そうね」
「……ん?」
「……え?」
「いや、ツッコミ待ちだったんだが。『私が実力でぇ!? むりむり!』ってな」
ノクスは顔の前で手を大げさに振る。
「確かに私は強くないけど……でも、初めて魔法を使ったあの時みたいにノクスが陰でサポートしてくれれば、可能性は上がるわ」
「は?」
「え?」
微妙な空気が流れる。
沈黙。
ノクスがごく自然に言った。
「オレ、サポートできないぞ」
「え? なんで?」
「だってオレも試験中だし」
「はい!?」
完全に声が裏返った。
自分でもびっくりするくらいの音量だった。
「ちょっ……ちょっと待って!? 聞いてないんだけど!? ノクスも入団試験受けるの!?」
私が問うと、ノクスは「当たり前じゃん」みたいな顔でこくんと頷いた。
頷きやがった。
「だからお前には、自力で受かってもらう。うっし、闇魔法のレッスン始めるぞ」
「え、ちょ、まっ……どういうことよ!」
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――という流れが、つい昨日の話である。
私は深いため息をついた。
ノクスは相変わらず隣でだるそうな顔のまま、周囲の注目を受け流していた。
お前は本当に、自由だな。
「――よくぞ集まった!」
突如、試験場の中央に威厳ある声が響いた。
ざわついていた空気が、一瞬で引き締まる。
声の主は、がっしりした体格の中年の騎士だった。
濃い茶の短髪に鋭い目つき、背中には赤の騎士団の紋章を掲げたマント。
あの人が、今回の試験官……いや、団長かもしれない。
彼の視線が私たち受験者をひとりひとり、鋭く見据えていく。
思わず背筋が伸びた。
「これより、赤の騎士団・入団試験を開始する!」
その一言で、場の空気が一変した。
重い足音、ざわめき、息を呑む音。
誰もが今この瞬間から『選ばれる者』になろうとしている。
私の中でも、心臓がひとつ大きく跳ねた。
いよいよ始まるんだ。
騎士団という、あの窓の向こうで、ずっと夢見てきた場所への挑戦が。
周囲には、いかにも鍛え抜かれた体つきの男たち。
真っ赤な魔法陣の刺繍が入った洋服を着ている者もいる。
名家の出身か、あるいは騎士志望の専門学校生か。
隣に立つ子は、緊張のあまり拳を小刻みに震わせていた。
私はと言えば、男装しているとはいえ、明らかに場違いだったかもしれない。
細身の身体。
剣を握ったことすらないように見えるでしょう。
でも、心だけは誰よりも熱い。
私――貴族の令嬢リシェルは、必ずここで夢を掴んで見せる。
名乗れない本名を胸に秘め、私は拳を握りしめた。
そのとき、不意に横から声がかかった。
「緊張してるのか?」
低く、どこか余裕を含んだ声音。
振り向けば、黒髪で整った顔立ちの彼が、私をじっと見ていた。
「ノクス」
そう、小さくつぶやいた。
「ビビる必要はねぇ。お前はオレ様直伝の闇魔法を使えるんだからな」
口元をわずかに吊り上げて、ノクスは言った。
その言葉だけで、私は胸の奥がふっと軽くなった気がした。
ありがとう……と口には出せなかったけれど、私は小さくうなずいた。
大丈夫。
やれる。
やらなきゃ。
この試験で結果を出さなければ、黒のまま、ただの落伍者で終わる。
でも、あの日の私とはもう違う。
この身に宿る力で、私はこの運命を変えてみせる。