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7. 20代の思い出

私はロイのこともあり、結婚にはずーっと慎重になっていた。

また大事な瞬間に裏切られたらどうしよう‥‥‥。

もちろんジャンはロイと違う。いつも私に優しくて、大事にしてくれて、そんなことは無いことは分かっている。

それでもあの晩の不安は何年も私を捕らえ続けて、放さなかったのだった。


ただ20歳になり、そんな気持ちも少しずつ変化を迎えていた。

ジャンは違う‥‥‥それはすんなり、心の中にすとんと落ち、彼となら、両親の様な理想な家庭を築けるような気がする。

ちょうどそんなとき、「そろそろ落ちつきなさい、彼にも失礼よ」と母にたしなめられる。

そして私はジャンと結婚することにした。

ジャンからは10代の頃から何度何度も求婚を受けていたので、私が結婚しようと言ったときは、それはそれは凄い喜びようであった。


待たせ過ぎだったかもしれない‥‥‥ごめんね、ジャン。

ずーっと、私の気持ちを尊重してくれてありがとうね。

我儘で頑固な私だけど、これからもよろしくねっ!

口には出しては言えないけど 笑


ジャンはルードの街で細工師をやっていて既に父親の工房で働いている。

実家は長男のリチャードさんが継ぐので、結婚したら実家を出て行って、ゆくゆくは自分の工房を持つ必要がある。

決して楽な経済状況じゃなかったけど、二人であればどうにか幸せに暮らして行けると確信していた生活。


「行ってくるね~」

「は~い、いってらっしゃ~い。あっ‥‥‥」

「あっ? なんか忘れ物?」


ジャンが仕事に出ようとしたとき、昨日言おうとしていたことを思い出して、つい声かけてしまう。

こういうことはちゃんと落ち着いたときに話した方が良い。


「いや、帰ったら話すね」

「えーーーー!? それ仕事中気になってしょうがない奴じゃん! 今教えてよ~~」

「そ、そう? じゃあ‥‥‥もしかしたら出来たかも」

「なにが?」

「赤ちゃん」


ジャンの喜びようは凄くて、その日仕事を休むと言い出して、追い出すのに一苦労したものだった 笑

2人の初めての赤ちゃん。

私は今まで以上に身体を大事にして、この子を丈夫に産まなきゃいけないと、強い責任感を感じていた。


そんなときだった、ジャンの強制招集令状が届いたのは。

青天の霹靂、まさか自分達の身にそんなことが起きるとは‥‥‥。


いくら義理のご両親がいるとはいえ、お腹の子のことを気にしながら独りで生活するのはとんでもなく大きな不安であった。

私はつわりが重く、本来もう安定期に入っているところ、まだほとんどまともな食事を取れていなかった。

ジャンのことも心配だったけど、それ以上に自分のことで一杯一杯だった。

一旦実家に帰ろうかとも思ったけど、リベルタの方が魔導王国に近く、戦火に巻き込まれる可能性が高いから辞めた方が良いと義理のご両親に忠告され断念したのだった。

その代り、避難も兼ねてうちの母親に家へ来てもらう。


そして私は、ジャンが少しでも安全な配属になるようあらゆるツテを使う。

ほとんどの人に冷たくあしらわれる中、意外にも支援の手を差し伸べてくれたのはロイの父親であるダンさんが経営するスチュワート商会。


てっきりダンさんには嫌われていると思っていた‥‥‥。

散々迷いはしたものの、他に声をかけてくれる人は居なく、ダンさんに手配をお願いすることにしたのだった。

これで大丈夫! そう思うしかない‥‥‥。

そう思い込むしか、私に出来ることはない‥‥‥。

ジャンが私を裏切ることは無い。それだけを私は信じる。



そして、大敗したというニュースが舞い込んできたのは戦いが終わって二日後のこと。

まだこの時点ではそれがどの程度の話なのか、どういうことを示しているのか分からず、不安に思いながらもただ毎日を母親と過ごすだけであった。


数を半分に減らした騎馬隊が街に戻ってきてから、一日ぐらい経って生き残った兵士たちがポツリポツリと街へ戻ってくる。

焼けてボロボロになった服を着ていたり、大やけどを負っていたり、迎え入れる街の人たちも目を逸らしてしまうほどのおぞましさ。

いったい何が起こったのか想像すらできない‥‥‥。


私はジャンがどんな格好をしていようと、どんな怪我で帰ってこようと構わないから、ただ帰ってきてくれることだけを信じて、何日も何日も、街の広場で皆と一緒に帰らぬ人々を待ち続けた。


――― そして届いたのは、リベルタからの、箱と、差出人の名前がない手紙。


箱の中に、入っていたのは、

彼が作ったお揃いの銀の結婚指輪と、

一束の彼の髪の毛。


手紙に書かれていたのは、

ジャンが戦死したという事実と、

助けられなくてすまなかったという、

誰か知らない人の謝罪の言葉。


なんでジャンがっ!

なんで!? どうしてなのっ!?

そんなの、だれか、嘘と言ってよぉーーーーーー!!!

ジャンは私を裏切らないんだからぁーーーー!

お願いだから! お願いだから!

そんなの嘘といってよ、お願いだからあああああぁぁぁっぁ‥‥‥。


私は半狂乱になりながら、隣に居た母親にすがりつく‥‥‥。

そのあとのことは、何日も記憶が抜けていて、ほとんど覚えていない。


街では統治者が変わるという異変は起きたが、私達住民にはなんの違いも分からなかった。

ただ多くの家で若者の命が失われ、街自体が暗く沈みこんでしまっている。それが私達の世界の現実。

私は母親の奨めもあり、リベルタの実家に帰ろうとしたけれど、ジャンの義理の両親が許してくれなかった。

お腹の子は嫁いだ先の家のもの。それがこの社会のルールであった。


なぜ私が幸せになろうとすると、神は邪魔をするの?

お願いだから、信心深くなりますから、心を入れ変えますから、どうか、このお腹の子の父親を私に返してください‥‥お願いします‥‥。

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