3. 30代の後悔
30代の後半の時だった。
母親を早くに亡くしてうちは、父親が後妻を連れてきたりしたこともあったけど結局長続きせず、ほとんど父一人子一人で育ってきた。
このときにはもう商売拠点をルードに移していて、父親のリベルタにあるスチュワート商会とは全く別のスチュワード商会を立ち上げていた。
私が父親を一人残してというか、絶縁されてまで何の所縁もないルードに行ったのは様々な理由がある。
昔気質の口うるさい父親から抜け出し、自由にビジネスをしてみたかったというのもあるし、リベルタの街ではモンドさんがいるからそれ以上商会を大きくすることは難しかったということもある。
ただそれ以上に根底にあったのは、10代の頃のあの出来事を、どうしても許すことが出来なかったのだ。
父親だけの問題じゃない、それは分かっている。
それでも、どうしても、あの時の父親の、憎ったらしい顔を、忘れることが出来ない。
そんな父親が危篤であるとの連絡が隣の家に住む細工職人メイソン家の奥さんから届いた。
よりにもよってメイソン家のロアナさんから父親のことを知らされるなんてっ!
なんか申し訳なさと情けなさと恥ずかしさで、顔から火が出る思いがしたものだった。
父親はことある毎に細工職人であるメイソン家のことをバカにしていた。
自分達商人がその銀細工を貴族や富裕商に売り込まなければあっという干からびてしまうと。
そんな父親の態度が一番嫌いだった、何様のつもりかと! 貴族にでもなったつもりかと!
私はリベルタのモンドさんに手配だけお願いして自分がリベルタに戻ることは無かった。
妻のルイベが何度か、看病に行こうかと申し出てくれたけど、私は子供達を理由に行かなくていいと、最後まで首を縦に振らなかった。
結局リベルタに戻ったのは、亡くなったという早馬がきてから。
急ぎ戻ったきた久しぶりのリベルタは、ひとあし先に秋の装いを深めていて、綺麗な紅葉でその町並みを黄色に染めていた。
はらはら散る落ち葉に、一緒に居たルイベが「もうそんな時期なのね~」と感慨深くつぶやく。
ルイベと共に義兄のモンドさんとの久しぶりの再会を楽しんだ後、父親の葬式の手配をする。
「本当にいいの?」
モンドさんから何度なく確認を取られた。それはそれほど異例のことだった。
私はスチュワート商会としてではなく、スチュワート家としてこじんまりとした葬式にすることを決めていた。
葬式を終えたあと、父親の資産を整理する。
リベルタのスチュワート商会は事実上開店休業状態になっていたので、さほど混乱することもなく、残った資産を片付けることが出来た。
父親が一生をかけて育て、一時はモンドさんの商会に迫る勢いで拡大していたスチュワート商会も、終わるときはあっという間であった。
父の最期を看取らなかったことは、後悔していない。
父親はそもそも、家庭より仕事に打ち込むタイプの人で、なおかつ自分のエゴのために、色んな人から恨まれるようなことを、平気で出来る人であった。
そんな人間にはこんな寂しい最期がお似合いだとすら思ったものだ。
それでも今になって思えば、自分の父親が最後に何を語ったかぐらいは聞いておけばよかったという思いがよぎることがある。
歳を取ったせいだと言えるかもしれないし、自分が今その立場にいるからだと、言えるかもしれない。
あの父親が、自分の人生をどう思ったかは、今更になって気になってしょうがないのであった‥‥‥。
そして父親の葬式では久しぶりに、メイソン家の幼馴染リアナと再会した。