2. 40代の後悔
あれは40代で子供達も成人して、仕事により一層脂がのって、商会の拡大にのめりこんでいた頃。
その話は突然やって来た。
「ロイ、こんなチャンスはもう二度と来ないぜ? これを見逃したら一生あの街には入っていけないし、お前の夢である北部都市連合の商人ギルト統合なんて夢のまた夢だぜ」
それは父親の代から付き合いのある馴染みのリベルタの商人からもたらされた話であった。
「‥‥‥分かってる。でもそれはルイベの兄で、私が今までお世話になったモンドさんを裏切ることになる‥‥‥。商人は信用が命なのにそんなことをしたら‥‥‥」
「ばれやしねーって! それにお前がしなかったら他の誰かがやるだけだぜ。そんなのいっぱい見て来ただろ? お前も」
知ってる。商業ギルドの裏でうごめく数々に悪巧み。
私がギルド長を勤めているリベルタの隣の都市ルードでも似たようなことはしょっちゅう起こっており、私がこの地位を維持するのにどれ程注力を割いているかと言ったらきりがない。
実際、暗殺ギルドから密告(有償)が無ければ、命を落としていた可能性も1度や2度では済まない。
今回の件はモンドさんの失態が引き起こしたことで、それに付け込むことは商人としては当たり前の行為といっても言い過ぎではない。
それでも私は義理の兄であり、このルードに来るときに仕事を斡旋してもらった恩人でもあるモンドさんを裏切ることに強いためらいを感じていた。
「話にのるかは明日までに決めろよ。昼には俺はリベルタに戻るからな」
「‥‥‥分かったよ」
「それと、このルクシオン共和国と繋がっているという話は絶対に他に漏らすなよ! とんでもない事態がおきるからなっ!」
「それは分かっている‥‥‥」
その後私は一晩寝ずに考えこむことになる。
もし自分がなにもしなかったらどうなるのか。
自分が主導することでどこまで出来るのか。
俺はモンドさんを裏切ることにどれだけ耐えれるのか。
そして北部都市連合は、これで良い方向に進むことが出来るのか。
決心がなかなか着かない。
分かっている、頭では分かっている。
心が付いて来てないだけで、答えは最初から一つに決まっていたのだ‥‥‥。
この晩は月明かりのない真っ暗な夜だった。
蝋燭の灯り一つで、ひたすら執務室で椅子に座って悩み続けるのは、良い歳になっていた自分の身体には、かなりこたえるものがあった。
この夜が人生で2番目に長い夜となったのである。
――― 結局この話にのることを決めたのは朝方になってからだった。
ビジネスやこの街のために自分の信念や気持ちを曲げるのはこれで何度目だろう‥‥‥。
少しずつ傷付く自分を自覚しながら、いつまでこんな生活を続けるのか、自分に問いかけずにはいられなかった。
ギルド長を辞めたモンドさんがその後、どこに住んでいるかは今でも知っている。
それもこのリベルタの街に住んでいる、行こうと思えばすぐに行ける。
本当は謝りに行きたかった。
許してもらえなくても、自分の指図であったことを告白してちゃんと謝りたかった。
でも結局私はあわす顔がなく、このまま人生を終わらせようとしている。
そしてあともう一つ ―――
このとき私は、棺桶までもっていかなければならない罪を犯している。