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1. プロローグ

ベットの横の窓から優しく吹き込む春の風。

微かに桜の甘い爽やかな香りが漂ってくる。

風に揺らされた白い髪の毛が顔の表面をさわさわっと撫でていく。


最期にこの季節をまた味わうことが出来てほんとうに良かった。


もうこの目で淡い桃色の花吹雪が舞うところは見れないけれど、目を閉じれば若い頃に見たあの荒々しくも温かい花びらの舞を鮮明に思い出すことが出来る。


私はロイ・スチュワート。

一大商業地域に育ってきたこの北部5都市連合の商業ギルドを、初めて一つにまとめ上げた大スチュワート商会の初代商会長。

そして今、その波乱と幸福に満ちた人生を閉じようとしている老年の男。


ベットの周りから、妻のルイベ、息子のダレン、ゴードン、娘のローレライ、アリエル、そしてその孫達の楽しげな歓談の声が聞こえてくる。

みな、私に、死に床の感傷的な雰囲気なんて似合わないのは、よく分かっている。

これ程愛と幸運に囲まれ、幸せに生きられた人生は無かったんじゃないかと思う。

子宝に恵まれ、商売も成功して、何の気兼ねもなく次の世代にバトンを渡せる。


それでも人は皆、人生最期になにかを後悔すると聞く。


"自分に正直に生きればよかった"

"仕事以外も考えればよかった"

"自分の気持ちをちゃんと伝えればよかった"

‥‥‥


そんな私も思い残すことは‥‥‥やはりある。


あのとき謝っておければ‥‥‥。

あのとき話せておけば‥‥‥。

あのとき勇気があれば‥‥‥。


そしてあのときあの場所に行っていれば、彼女と人生を共にすることが出来たのだろうか。


人生最期に、忘れていたつもりの数々の記憶が、シーンの欠片と共に舞い降りてくる。

その欠片は懐かしさと愛おしさを伴いながらも、熱き思いを沸き出させ、心に溜まった後悔という澱を煮えださせてくる。


私は、この人生を、このまま終えるのだろうか‥‥‥。



「わっ!」「きゃぁ!」


そのとき一際強い春の風が部屋に迷い込み、部屋の中にいた私の家族をかき乱しながら吹き抜けていったのであった。

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