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千鶴の本棚  作者: 如月雪
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千鶴の本棚

 第一章 私しか知らない理由

「誰か救急車!」知らない赤の他人の悲鳴にも近い叫び声を聞いて、また失敗した、と悟った。コンクリートの歩道に落ちた体のあちこちが痛い。目を開くとさっきまでいたマンションの二階のベランダが見える。薄れゆく意識の中、救急車のサイレンが近づいていた。

「千鶴、千鶴っ!」誰かが私の名前を読んだ気がした。お母さんだ。目を開けると真っ赤に泣きはらした一重の目が私の顔を覗き込んでいた。ここは市の総合病院だと経験から瞬時に分かった。

「千鶴っ、良かった。あんた何で何回も繰り返すのよっ。」何も言う暇もなく、ほっとしているのか怒っているのか分からない口調でお母さんは続ける。「何で何回もベランダから飛び降りるの?そんなに死にたいの?お母さんを一人にしないでよ。」そう言って号泣するお母さん。お母さんってばなんも分かってない。

 お医者さんに連れられて病室を出たお母さんと入れ違いに女の人が入ってきた。言われなくても分かった。精神科病院の人だ。篠崎って書いてあるネームプレートを付けたその人はベッドの横に腰掛けておもむろに言った。

「千鶴ちゃん、学校でなんか辛いことあった?」やっぱり。この人もなーんも分かってない。大人たちは私のことを自殺を繰り返すクラスになじめなかった中学生だと思ってるみたい。そんなんじゃないのに。

「いいえ、特に。」お決まりのフレーズを答える。少々の沈黙の中、篠崎さんは短くため息をついた。

「千鶴ちゃんは何でそんなに自殺を繰り返すの?」と独り言みたいに言ってから私の方を向いた。

「もしなんか悩んでるんだったら一人で抱え込まなくていいからね。」その言葉で今日の面談は終わった。再び白い病室の天井を眺める。スライド式のドアの向こうからお母さんの嘆く声がひっきりなしにする。今お母さんは篠崎さんと話しているのだろうか。そんなことどうでも良かった。

 ふとベッドの隣にある小さなテーブルに目を向ける。そこには私の携帯と本が無造作に置かれていた。携帯に手を伸ばして写真アプリを開く。そこに写るのは今の様子からは想像もできない程幸せに満ち溢れた四人家族の写真ばかりだった。旅行先の写真の右端に写るメガネをかけた男の人―宮田健二、は私のお父さん。5年前赤信号なのに突っ込んできた車にはねられて一生帰って来なくなった。そしてその隣でピースサインしてる千鶴より背が高い子は宮田千尋。四歳年上のお姉ちゃん。そして私がベランダから飛び降り続ける理由となった人。

「入ります。」看護師さんの声がして慌てて携帯を放り投げて布団に潜った。そしてまた「失礼しました。」と言って出ていくまで潜っていた。

 布団から這い上がり学校の給食みたいなお昼ご飯をじっと見つめる。お腹がなって自分が空腹だったことに気づいた。やけに量が多く見えるご飯を口に運びながら記憶を辿る。

 あれは確か私が小学2年生でお姉ちゃんが小学6年生の秋、まだ今のマンションに引っ越す前で一軒家に住んでた頃だったと思う。お庭で私が生活の授業で使うドングリをさがしてたとき、窓の開く音がしてみたら閉まってて上を何となく見たらお姉ちゃんが立ってた。お姉ちゃん何してるのって言いかけた。でもそれよりも早くお姉ちゃんは柵を飛び越えて地面に落ちてった。と思った。

 いつの間にか食べ終えていて、看護師さんがトレーを下げに来たところだった。そんなに空腹だったのかと我ながら驚く。看護師さんが部屋を出た後、テーブルに置かれた本に手を伸ばした。私はあんまり本を読まない。でもお姉ちゃんはよく本を読んでいた。これはお姉ちゃんが置いていったもの。飛び降りたベランダに置いてあったらしい。少し読んでみた。四人の兄弟姉妹がタンスを通って異世界に行っちゃうって話。お姉ちゃんは異世界に行ったのかな。

 お姉ちゃんの名前を叫んだ。お姉ちゃんはそのまま地面に衝突するのかと思ったら違った。急にお姉ちゃんが落ちていく空中に光の輪、今思えば本みたいな形をしてたのが現れて、お姉ちゃんはその中に落ちていった。それがお姉ちゃんを見た最後だった。土曜のバラエティー番組の最中にお母さんが帰ってきてお姉ちゃんが行方不明って大騒ぎになった。

 あの後やたらガタイのいい警察官に囲まれて気を失ったってお母さんから聞いた。通りでその後の記憶があいまいなんだ。多分あの出来事から私はベランダから飛び降りるようになったんだと思う。お姉ちゃんに何としてでも会いたい。たとえ飛び降りて傷を負っても、骨を折ってでも。

 第二章 千尋のいる場所へ

 ほどなくして私は総合病院を退院した。でも精神科にはしばらく通わないといけないらしい。正直言って面倒くさい。あの人たちに何を話せばいいというの。なんも分かってない。今日は日曜日。精神科の篠崎さんとの面談があるから人が多い電車に乗ってる。でも行先は精神科のある都心じゃなくてそこから少し離れたとこ。お姉ちゃんが飛び降りた家に向かってる。位置情報は切ってあるからしばらくは誰も気づかないはず。バッグの中の本の感覚を確かめて、最寄り駅のホームに降りた。

 数分後私は懐かしいこぢんまりとした家の前に立っていた。表札は見るところなく、人が住んでいる気配はない。多分お姉ちゃんの事件の噂が広まって事故物件っぽくなったのかも。でも玄関は当然鍵がかかってるはず。

「ねえ、もしかして千鶴ちゃん?」いきなり声がしてすくみ上った。背後に見覚えのあるおばさんが立っていた。

「柳沢さん、お久しぶりです。」ネギの先がはみ出したエコバッグを持った、ザ・買い物帰りのおばさんという格好で現れた柳沢さんは、お隣に住んでた人のいいおばさんで、よくお母さんと買い物帰りに話したり、たまに庭に咲いた綺麗な花をくれたりと、お世話になったお隣さん。

「あー!やっぱり千鶴ちゃんだわぁ。大きくなったねぇ。ちなみにどうして今日はわざわざここまで来たの?」

「ちょうど今日みたいな日だったので。姉が消えたのは。せめて会いに行こうと思って。」そうちょうどこんな涼しい秋の日だった気がする。会いに来たという点では噓はついてない。

「そうなの、じゃあおばさんが開けるからちょっと待っててね。」当時のことを思い出したのか、少し沈んだ顔をしていって、町長さんの家のほうにかけてった。

 家の前に立っていると、なつかしさが急にこみ上げてくる。あのお姉ちゃんの失踪事件の後、両親はこの家を手放して都内の別の地区に引っ越した。どうして二人はあの家でお姉ちゃんを待たなかったんだろう。ここ四年間感じてきた素朴な疑問だった。多分幼い私は信じたかったんだと思う。ここに居ればお姉ちゃんにまた会える。そんなはずないと否定してた頃もあったけど今はそれを信じてる。じゃないと一生お姉ちゃんに会えない気がする。

「千鶴ちゃん、鍵借りてきたよぉ~」終わったら返しに村長さんの所へいってねとだけ言って、柳沢さんは家に帰っていった。彼女の家の戸が閉まるまで見送ってからいつの間にか握りしめてた鍵を差し込んで四年ぶりに我が家に足を踏み入れた。

 第三章 再会

 四年ぶりに足を踏み入れるかつての我が家は懐かしい匂いがした。家具が運び出されていて記憶にあるよりも広く見える。キッチン、洗面所、リビングと歩き回りながら思い出に浸ってると、ついつい時間の感覚をなくしちゃう。覚悟を決め、二階のお姉ちゃんの部屋へと向かう。

 お姉ちゃんの部屋は記憶にある通りだった。日当たりのいい六畳ほどの部屋。ドアから入った先に大きく開けた窓がある。思わず唇を嚙む。お姉ちゃんに会うんだと自分に言い聞かせて窓からベランダに出る。

「お姉ちゃんのところに連れてって。」お姉ちゃんとの最後の繋がりであるこの本。お姉ちゃんが残してくれた大切なヒント。それをベランダの床に置いて柵から身を乗り出して下を見下ろす。勢いを付けて柵越え、落ちていく。後は祈るだけ。

 次の瞬間私の体は宙に浮いていた。スローモーションのように落ちていく私の足元にあるはずのないものが開いてた。お姉ちゃんの本だ。理解した時には既に遅く、本は光り始め、大きな口を開けたオオカミみたいに私を飲み込んでいった。

 第三章 再会

 どのぐらいの時間落ち続けてたんだろう。もう理解が追いつかない私の脳に、追い打ちをかけるようなこの空間。気がついたら目を疑うこの空間にいた。映画のフィルムが絶えず空間の周りを回ってて、近づいてみて開いた口がふさがらなくなった。だって一つ一つのフィルムが私たちの映像を流してたから。一つは私の失踪をしり慌てふためくお母さんの姿、一つは4年前、お姉ちゃんが消えた日に私が警察官に囲まれてる姿と過去、現在、未来、様々なシーンが写ってた。

「なんなの、この空間。」誰にともなく呟く。だから返事が帰ってきたときには驚いた。

「ここは、世界の時間の全てを見れる巨大なデータベースみたいなとこ。」振り返って絶句した。

「お姉ちゃん?」確信を持てずに呟く。考えてみれば同じところに吸い込まれたからいてもおかしくはないけどそれでも信じられなかった。

「四年ぶりだね千鶴。」実に四年ぶりに見るお姉ちゃんの姿は少し歳を取っているけど記憶と変わらない姿だった。

「お、お姉ちゃんは何で四年間も帰ってこなかったの?」聞きたいことは山ほどあったはず。だけど口から出てきたのはこれらの年月ずっと胸の底にあった素朴な疑問だった。

 その質問にお姉ちゃんは目を見開いた。「マジで?四年も経ってたの?」逆に驚いた様子のお姉ちゃん。言葉遣いとコロコロ変わる表情。なんも変わらないお姉ちゃんを見てあふれ出したものがあった。多分この四年間ずっと寂しかったんだと思う。お母さんと二人残された中、お母さんは日に日にストレスをためていって、いつも家の中がピリピリしてた。そんな状態に耐え続けるには無理があった。押し殺していた感情があふれ出した。涙が止まらない私をお姉ちゃんは何も言わずに抱きしめてくれた。

 泣くだけ泣いて、涙も流石に干からびた。私は、泣いてる間もずっと目まぐるしく回ってたフィルムに目を向けた。

「お姉ちゃんはここで何をしてるの?」何気ない質問だったが、お姉ちゃんは急に表情を曇らせ、唇をギュッと嚙んだ。

「私がここに何年もいるのは帰らなくなった人に会って死なせないようにするため。」

「もしかしてその帰らなくなった人って。」心当たりがあった。五年前のある日私たちの元を突然去ってしまった人。

「そう。私たちのお父さん、宮田健二を戻そうとしてるのよ。」

 第四章 時空を超えて

「まさか。」

「そのまさかよ。」複雑な表情を浮かべたお姉ちゃんは、かつてはすごくお父さんっこだった。お父さんは私たちにすごく甘くて大好きなお父さんだった。お姉ちゃんは表情を変えずにフィルムの方に歩いて行って、呟いた。

「2014年9月27日。」お父さんの命日だ―とまで考えた時、あれほど目まぐるしく回っていたフィルムがスピードを落とし、止まった。目の前に止まったフィルムをお姉ちゃんが触れると、かがやきと共に変身した。青い本だ。お姉ちゃんは本を開いて言った。

「私は行ってくる。千鶴はここで待ってて。時空を超えるのは思ってる以上に大変なのよ。」そう言って床に本を開いた状態で置くと、その中に飛び込んだ。

「待って!」飛び込んでいく背中に叫んだけど手遅れ。お姉ちゃんの姿は本の中に消えていった。追うかと一瞬ためらった。

「待っててって言われて素直に待つ人なんていないでしょ。」そう誰にともなく呟いて本の中に飛び込んでいった。

 あの不思議な空間に来た時と同じように、途方もなく長い光のトンネルを通り落ちたのは見覚えのある場所。図書館で師匠の時空を超えたせいか、頭はズキズキ痛むわ微妙に吐き気はするわで足元がフワフワする。薬の副作用みたい、そう思った。私は今図書館へ向かってる。お姉ちゃんの姿が見当たらないけど、お父さんを救おうとしているならここにくるはず。だってお父さんはここで司書として働いていて、仕事帰りに車にはねられた。

 天井まで伸びた本棚が私を向かい入れた。本の並びが少し変わってるけど、記憶と変わらない懐かしい風景だった。ふと右端にひっそりとある貸出カウンターへと目を向けると、見慣れた顔がパソコンの画面を凝視していた。

「お父さん、」私のお父さん、宮田健二がいた。

初めまして、ユキです。

JC1と言ったら伝わらないかもしれないですけど、今年私立中学校に進学した中一です。

ずっと書いてみたかったミステリーを書いてみました。改善や褒めのコメントぜひ待ってます。

そのうち後編も出すので待っていてください!

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