チャプター22
〜シュラーフェンの森・奥地〜
足元の怪しいキノコを一口食べたフォルクローレは、そのまま昏倒してしまった。少しだけ苦しげな様子が、全てを物語っている。
ヘレンは顔を曇らせると、エルリッヒに語って聞かせた。
「このキノコ、見た目は普通だろう? 毒キノコってのは、大体が派手な見た目や色をしているもんさ。けどね、中にはこういう大人しい見た目をしているものもある。こいつはその代表格みたいなもんだ。とんだ錬金術士の見立てだよ」
「こればっかりは、友達としても擁護できないです。多分、見た目で判断したんだとは思いますが……」
素材の真贋や品質を確かめるために、植物であれば露骨に毒だとわかるもの以外は直接口に含んで確認することもあると言っていたが、まさかその矢先にこのようなあからさまな事態に陥ろうとは、誰も思わなかった。
「これがフォルちゃんが食べた毒キノコ……」
その手に握られたままになっていたキノコを手に取る。そして、その様子を確かめてみた。こちらは錬金術師ではなく、料理人としての知見をフル活用して。
「うん、匂いは、ない。見た目は、確かに普通のキノコだ。火を通したら食べられそう」
「アンタも物好きだねぇ。煮ても焼いても食えやしないよ。試したことはないけどね。素手で触るのだって、あたしゃ感心しないよ」
そんなヘレンの静止は、ここでもエルリッヒの耳にはあまり届いていない。これだけ平凡なキノコであれば、確かに食べても安全そうだと思ってしまうのも無理はない。いくらフォルクローレが錬金術士としての目利きを働かせたとしても、見抜けなかったのも仕方ないだろう。
そんなことをじっと考えていた。
「最後は、味か。味付けも何もしてないから、流石に期待はできないけど……」
「バカモノ、一体何をする気だい!」
エルリッヒは傘についた土を軽く払うと、フォルクローレが齧ったのとは反対側に口を寄せ、齧ってみた。
「にがっ!! うわ、何これ。煮ても焼いても食べられないんじゃないかな……んっ」
ひとしきり齧って味や食感を確かめると、そのまま飲み込んだ。その様子を、ヘレンは驚きに満ちた眼差しで見つめていた。
「今、そのキノコを飲み込んだろ。アンタ一体……」
「私のことは今はいいですから、フォルちゃんを助けることを考えましょう。今すぐ家に戻って、解毒薬を! 解毒薬の用意はありますか? なければ、作れますか?」
ヘレンには一切説明していないが、結局のところエルリッヒは人ではない。だから、この程度のキノコの毒では、何一つ影響がないのだ。毒の強さや種類にもよるので一概に効かないわけではないが、一口齧った時点で、吐き出す必要がないことはわかった。だから、料理人としての矜持もあり、そのまま飲み込んだのである。
今目の前でフォルクローレが昏倒したところを見た直後にこんなことをされては、驚くのも無理はないだろう。だから、請われれば説明するつもりではいたが、それは今ここでする必要のある話ではない。今はまず、フォルクローレを安静にして、一刻も早く解毒薬を飲ませてやることだ。
「今、ウチにはないけどね、この毒を中和する薬なら作れるよ。アタシだって魔女と呼ばれてこの数十年、薬を作って人知れず人助けしてきたんだ、目の前で倒れた娘くらいは救ってみせるさ」
「ありがとうございます。手伝えることはなんでもするから、遠慮なく言ってくださいね。とりあえず、フォルちゃんは私が背負って帰りますから」
激しく動かさないようにゆっくりと担ぎ上げると、籠はやむをえず足元に置いて帰ることにした。先導はヘレン。流石にエルリッヒほどの歩幅も速さもないが、それでも迷いなく引き返していくその後ろ姿に、やはりこの森の主と呼ぶに相応しいと感じた。
「若い頃みたいに早くは歩けないけどね、間違いなく家まで案内するからね。くたばるんじゃないよ!」
「聴こえてないと思うけど、頑張ってね」
二人は、一路自宅を目指して進んでいった。
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〜シュラーフェンの森・奥地 ヘレンの家〜
「ほら、アタシのベッドを使いな」
「ありがとうございます。とりあえず、ここで寝かせておきます。これから解毒薬作りをするんですよね? 私に何が手伝えますか?」
家に戻るなり、ヘレンは自分のベッドに寝かせるよう指示し、フォルクローレを寝かせた。相変わらず小さく呻き声を上げているが、意識はない。毒と戦っているのか、毒にやられているのか。見ていることしかできないのはもどかしい。ヘレンを手伝うことができれば、このもどかしさも少しは晴れるのではないか、という思いでいた。
「そうだね。これから準備を始めるから、寝巻きにでも着替えさせてやんな。その格好じゃ寝づらいだろう」
「そっか、そうですよね。この錬金術士の服じゃ、病人が寝てる感じじゃないですもんね。じゃ、フォルちゃん、ちょっと失礼するよ」
ヘレンが解毒薬作りの準備をする間に、フォルクローレの服を着替えさせていく。服を脱がせていくと、じんわりと汗をかいているのが分かる。このままではセットで風邪をひいてしまいそうだと、着替えさせながら持ってきた手拭いで汗を拭いていく。そうして、一通り着替えさせると、今度はヘレンの元に駆け寄る。
ヘレンは戸棚から色々な機材を取り出しているところだった。テーブルの上には、取り出した機材と材料と思われる薬草などが置かれていた。
「とりあえず、寝巻きに着替えさせましたよ。それじゃ、今度はこっちを手伝いますね。何をすればいいですか?」
「そうだね。そうしたら、そこの薬草をこの乳鉢ですり潰してくれるかい? そう、そこの薬草だよ。そっちの赤い実は触ったらダメだからね」
その指示に従い、乳鉢と指定された薬草を手に取ると、テーブルに座ってすり潰し始めた。こういう作業は、料理を作る際の下拵えと同じなので、手慣れたものだ。薬草をすり潰していると、次第にスーッと鼻の奥に抜けるような爽やかな香りが立ち上ってくる。薬というよりは、まるで清涼剤のようだ。
「ヘレンさーん、こっちはできましたよー」
「そうかい。じゃあ、今度はそっちの茶色い実を潰してくれるかい? これはね、この順番じゃないとダメなんだよ。乳鉢はそのまま、一緒でいいからね。今、お湯を沸かしてるから、煮立ってきたらさっきの薬草と一緒に入れておくれ。お湯をあっためてる間にアタシはそっちの赤い実を下処理しておくから、お湯加減を任せてもいいかい?」
まるで何十年と一人でやってきたとは思えないほどの手際で指示を出していく。きっと師匠に仕込まれた時に、二人で作業したり、なんなら兄弟弟子と共同で作業することもあったのだろうと推測するが、専門的な知識を持たない以上、その指示に身を任せていれば良い状況というのは、非常に助かった。
お湯の番であればなおのこと本職であり、ヘレンが自ら行っている、よくわからない赤い身を割いて中の種を取り出す作業と比べると、はるかに楽なものだった。そもそも、実の外側と中の種をより分ける作業自体はどうということはないが、説明がないうちはどちらを使うのか、どちらも使うが分ける必要があるのか、といった辺りがさっぱりわからない。質問してもいいのだろうが、急いでいる今の状態では、それも後回しになるだろう。
「なんだい、これが気になるのかい?」
「あ、私、見ちゃってました? はい。いろいろ気になってます」
正直に本音を口にする。今すぐには教えてくれないかもしれないが、それでもいい。何より、つい熱い視線を送っていたという事実が、なんとなく恥ずかしかった。
「それじゃ、作業しながら説明しようかね。アンタも、お湯の加減からは目を離すんじゃないよ」
「今、教えてくれるんだ……はい!」
思いがけないことに、緊迫した状況にも関わらず、つい声が弾んでしまうのであった。
〜つづく〜




