チャプター20
~シュラーフェンの森・奥地~
午後、三人は森に繰り出していた。森で素材収集を行うのが日課だという。落ちている枝は薪に、果物や安全なキノコは食糧に、といった具合に、森は『魔女の生活』を支える素材の宝庫なのである。普段はヘレン一人で行くわけだが、今日はエルリッヒとフォルクローレを連れている。もともと『魔女』としての知見で森の素材を採取していたところに、料理人としての知見と長年生きてきた経験、それに人ならざる者の嗅覚を持つエルリッヒと、錬金術士としての目利きを持ったフォルクローレの力は、大いに役に立った。長年この森で生活していたヘレンですら見逃していたような野草を薬草作りに有用な素材だと採取したり、これまで安全なのかどうかを判別できずに放置せざるを得なかったキノコを食べられるものとして採取したりと、目の前にいる娘二人がまだ若いにも関わらずそれだけの知識を持っていること驚かされてばかりだった。
もちろん、単純に三人分の手で採取することで、より多くの素材を持って帰ることができるのも大きかった。家には自分用のかごしか置いてなかったのだが、なんとフォルクローレは家の近くに落ちていた蔓などを使い、即席で二人分のかごを調合してしまった。この1日でまだ数回しか見たことがなかったが、やはり錬金術による調合は目を丸くする技術だ。得体の知れない技術・学問であるという街にいた頃の評判は、直に目撃してフォルクローレと接することで少しは解消されるかと思ったが、ますます謎が深まるばかりだった。
鍋や釜に素材を入れてかき混ぜて、というところまでは同じはずなので、ヘレンが普段行っている薬の調合と根本は変わらないはずなのに、そこから先がまるで違うようだった。そんな錬金術を前に、ついつい毎回「長生きはするもんだ」と思わされずにはいられないのであった。
「いいかい。そこの葉は触るとかぶれるからね、くれぐれも避けるんだよ」
「おっと、これですね? はい。フォルちゃん、気をつけて」
「はーい。うひゃあ! 顔に当たるとこだった。ドキドキするなぁ」
などと、二人の知識には驚かされることばかりだったが、それでもこの森で何十年と暮らしてきたのは伊達ではない。こうして危険な植物を教えることもあるのであった。
「でもヘレンさん、この葉っぱ、なんでかぶれるんですかね。手袋か何かをして集めて煮出したら、何かに使えませんかね」
「へ? お前さん何を言い出すんだい」
と、フォルクローレは錬金術士ならではの視点からポツリと呟きヘレンを驚かせる。『魔女』としてこの森で何十年と薬を調合してきたヘレンですら、目の前の『毒草』を前に「なんとかして有効活用してやろう」という気は起こらなかった。それなのに、この目の前の金髪娘はそうではなく、これを有効利用することを即座に考え始めた。
「……そんなこと、考えたこともなかったよ。で、お前さんはなんでそんなことを考えたんだい?」
「え、だって、かぶれるっていうことは、多分毒があるっていうことですよね? 毒があるっていうことは、なんらかの薬効成分があるっていうことですから、それを他の成分と組み合わせたり、薄めたりすれば、人間にとっていい効果のある薬になるんじゃないかと。薬で役立たなくても、このご時世ですから、爆弾に組み込んで毒の爆弾を作ったり、粉末にして投げつけるだけで魔物や悪漢を退治できる道具を作ったり、色々活用できそうだなぁって思って。……あの、変ですか? あたしの考え、変ですか?」
ヘレンに怪訝な顔をされたことで、力説しつつも若干の疑問が浮かんでしまった。錬金術を愛し、錬金術士としての自分に強い誇りを持っているが、その一方で郷里の村でも錬金術アカデミーでも変わり者扱いされてきた過去は存在しており、今も職人通りで変わり者ポジションにいるので、どうしても、「変わっていると思われる」ことを意識してしまう。
そういうことを全く気にしない破天荒な娘のようで、強烈に気にしてしまうところがあるのが、フォルクローレという人物なのであった。
それを知っているエルリッヒは、ヘレンの返答次第ではどう慰めようか、フォローの言葉を考えていたが、当のヘレンは、フォルクローレがいかに変わっているかを語るようなことはせず、むしろ戸惑いの様子を見せていた。
「お前さんがそんなことを気にするなんてね。お前さんらしくないじゃないか、もっと自由に振る舞ったほうが似合ってるんじゃないかね。それに、アタシはこんな毒草を有効活用しようと思ったのかが気になっただけさ、一言も変だなんて言っちゃいないよ」
「だって。よかったじゃん」
「うん、うん!」
『一般の感覚』から否定されることも経験してきた中、ヘレンはそうは言わなかた。この事実だけでも、フォルクローレの胸には温かいものが灯った。表情にも、問いかけるような目線が消え、満足げな光が宿っていた。今でこそ街でも少しずつ周囲の理解を深めていっているが、まだまだ消えない胸の内のモヤモヤは、今みたいな自分の言動を肯定される体験を重ねていくことでしか克服できないものだった。それでも、薄皮を剥ぐようにゆっくりとゆっくりと意識が和らいで行くようなものだった。
「それで? なんでこんなものを利用しようと思ったんだい。アタシが何十年とただ避けるだけだったこの葉を」
「それは、錬金術士だったら当然の発想ですから。危険なものにこそ新発見の手がかりがあるんです。そうやって発展してきたのが錬金術っていう学問ですから」
得体の知れない怪しいものだという見られ方をすることが多い錬金術も、実際はそれなりに歴史があって体系だてされた学問なのである。それを思い知らされる一言だった。
「それで、試してみてもいいですか? 持って帰っていいですか?」
「いいったってねぇ。手袋はどうするんだい。それに、この葉を煮出した時に湯気に毒が混じったらどうするんだい。アタシら揃って天国行きになるのはゴメンだよ」
「てことなんだけど、フォルちゃん何かいいアイディアでもあるの?」
という問いかけが終わるより早く、フォルクローレはどこからともなく厚手の手袋を取り出していた。それを手に嵌めながら、こともなげに解説してみせる。
「こんなこともあろうかと、採取用の手袋を持ち歩いているのです。これも、錬金術士の嗜みだよ」
「へぇ、そんなもんなんだ。しかも、かなり立派な手袋だね。これなら大丈夫そうだね」
「錬金術士の嗜みか。そういうところはちゃんとしてるんだね。でもいいかい? くれぐれも同じカゴに入れるんじゃないよ。採取するなら分けるんだよ。いいね?」
感心したような眼差しを向けながらも注意を促すヘレンの言葉は、フォルクローレには無用だった。手際よく毒の葉を採取すると、これまたどこから取り出したのか、小さい皮袋に次々収めていく。そんな中、ふと手を止め、毒の葉を繁々と眺めて言った。
「この葉っぱ、触るとかぶれちゃうような毒があるのにわかりやすく毒々しい感じじゃないんですねぇ。紫色をしてるとか、形がおどろおどろしいとかじゃなくて。もちろん、緑色の毒もいっぱいありますけど、大体こういうのって、植物が動物に食べられないように毒を持つって言われてますから、見た目もそれらしくするのが自然なんですけど……面白いなぁ」
「フォルちゃん……」
まるで学者のようなことを言うので、思わず感心してしまうエルリッヒとヘレンなのであった。こうしてまたひとつ、フォルクローレの一面が明らかになる森の採取ツアーとなった。
〜つづく〜




