チャプター18
〜シュラーフェンの森奥地 ヘレンの家〜
朝食を終えると、当然待っているのは片付けの時間だ。こちらはエルリッヒが買って出た。不安が先に立ったフォルクローレの錬金術料理とは異なり、こちらは安心の手際である。これにはヘレンも何も言うことがなかった。こういうことで役に立てるのであれば容易いものだと、手慣れた手つきで食器を片付けていく。
次に訪れるのは洗濯と掃除の時間だ。普段ヘレンは一人で順番にやっていると言うことだが、今は違う。二人の人手があるのだ。早速そのウーマンパワーを活かして掃除と洗濯を片付けようとしたところ、今度はフォルクローレの存在が足枷になってしまった。
「全く、どうするんだいこの子は……」
「すみません。友達の私が言うのもなんですが、片付けや掃除が大の苦手なんです。お洗濯も、手伝いをしてもらうくらいはできるんですが、一人で任せるのはちょっと不安で……」
そもそも、掃除はともかく洗濯ではエルリッヒたちの洗濯物もあるのだ。そちらを自分たちで行うとなると、結局掃除と洗濯は別々の時間に行わなければならなかった。
これには、ヘレンも少しだけ呆れたような息を漏らして
「まぁ、アンタが掃除を手伝ってくれるだけでよしとしようか。当然、掃除もできるんだろ?」
「任せてくださいよ。間取りや家財道具は違いますけど、お店の掃除は毎日してるんですから。二人で分担すればいつもより楽に片付きますよ!!」
腕まくりをして、力こぶを作る真似をして見せる。役に立つ助っ人であるということをアピールしているわけだが、この1日弱でも、もうエルリッヒの家政能力については十分評価していたため、アピールなどなくとも普段の仕事が楽になることは想像に難くなかった。
一方で、その分極まってしまうのがフォルクローレのズボラ加減だった。掃除や洗濯は苦手、一般的な調理による料理も得意ではないとなると、すっかり肩身が狭くなっていくのだった。
「えっと、あたしは……」
「アンタがこっち方面は得意じゃないってのは十分にわかったからね。昨日言った通り、その錬金術でいろんなものをこさえてもらうとするよ。アタシらが掃除してる間に、何が作れるのかを記録しておいておくれ。手持ちの素材と、この家にあるそこのドライフラワーや薬草でできる範囲でいいから」
寝食も共にする以上、若い娘二人に日常の家事全般も手伝わせようと思ったが、結果的に目論見は外れ、しっかりと役割分担することになった。
苦手分野の手伝いからは解放され、得意分野で活躍できればいいことになったので、フォルクローレは小躍りしているが、実態としては家事については役立たずの烙印を押されたことになったのだが、そこには思い至らないでいた。
「エルリッヒ、アンタは錬金術はできないのかい?」
「え、私ですか? 私は無理ですね。どうも専門技能みたいで、私が真似してもただ釜の中で素材をかき混ぜてるだけになっちゃうんですよ。多分、普通の人はみんなそうだと思います」
自然と信頼を寄せ始めつつあるエルリッヒに言われると、朧げに理解している錬金術の専門性についても納得感を持って頭に入ってくる。おそらく、フォルクローレ自身が説明する以上の説得力があるのである。
「昨日も言いましたよね? ああ見えて、フォルちゃんは腕のいい錬金術士ですから。そこは安心してください」
「……そうかい。アンタがそう言うんなら、そうなんだろうね」
時には失敗して黒煙を上げながら爆発を起こすこともあるが、今ここで言うのも野暮なので、そこは黙っておく。心ばかりの罪悪感は芽生えるが、ここは会話の流れが最優先だ。
「さて、役割分担も決まったし、早速洗濯から始めようかね。自分の洗い物は自分で、でいいんだね?」
「はい。流石に、私たちが洗い物まで行うのは嫌じゃないですか? まあ、私はフォルちゃんの衣類も一緒に洗っちゃいますけど」
お互いの洗濯物を籐の編みかごに入れると、フォルクローレを置いて二人で家を出た。家を出るとすぐに小さい池があるので、そこを使うのだろう。
「そこで洗濯するんでるよね?」
「そりゃそうさ。ちょっと行けば小川もあるけどね、そこまでいくのは面倒だし、何より獣避けの香の範囲から出ちまうのさ。洗濯なんて無防備なこと、できやしないよ」
言われてみればその通りで、こんな近くに最適な場所があるのに他に行く理由は全くない。それに、安全のために獣避けのお香を焚いていると言うことであれば尚更だ。フォルクローレが自らの鼻で感じ取ったものは、やはり正しかったのだ。
「よっこいしょ。じゃ、洗濯をするかね」
「はい。……そういえば、今の話でふと気になったんですけど、無防備な体勢じゃなかったら獣と遭遇してもいいんですか?」
二人は池の辺りに腰を下ろしながら洗い物をしている。しかし、そこでエルリッヒが切り出した話題は、森での危険についてだった。「魔物避けのお香の外で無防備な体勢を取ることは危険だ」というようなことを言った。それは裏返すと、普段であれば獣に遭遇しても対処できる、と読み取れるのだ。
「やぶからぼうに何を言い出すんだい。いいわけないだろう。この年寄りが狼に出会って無事で済むと思うのかい? おかしなことを言う子だね」
「やっぱりそうでしたか。でも、それならなんでさっきあんな言い方をしたんですか? もしかして、何か隠してませんか?」
こんな森の中で生活していれば、お香の範囲外に出ることもあるだろうが、獣に出くわすことは当然あるだろう。そもそも、外から行商人が来るというからには、そういった人たちが獣に出くわすこともあるだろう。一体、どのようにして対処しているのかは、とても興味のある話題だった。
少なくとも、料理で鍛えた腕力自慢の自分に適うとは思えない。となれば、何かしらの対処法を持っていると考えるのが自然なのだ。それは武器なのか、獣よけのお香を持ち運び可能にしたアイテムでもあるのか、はたまた獣の習性を利用した対処方法なのか。
「フン、隠すことなんざあるわけないだろう。アタシはどこまで行ってもか弱いばあさんだよ。重たい斧を振るったり駆け足で逃げたり。そんなことをするとでも思ったのかい?」
「や、そこまでは言わないんですけど、そういう獣の危険はずっと付き纏うと思うんです。だとしたら、何十年もこの森で暮らすのは大変じゃないかと……」
じゃぶじゃぶと衣類を洗いながら、「ではどのような手段を持ってこの森での生活を続けているのだろうか」ということを考えていた。この魔女は涼しい顔で衣類を洗っているが、やはりただものではないはずだ。それは、決して買い被りではないという確信めいたものがあった。
こんな他愛のない会話からでも、そのような糸口が掴めるだろうか。
「そりゃ大変さね。けどね、アンタが心配するほどの苦労はしてないよ。さ、さっさと洗っちいまいな。若いんだから二人分くらいどうってことないだろう?」
「え、ああ、はい、そうですね。この後も色々忙しいんですよね?」
洗い物といっても、こちらもそう大した量はないのだ。それよりは、なんの照れもなくフォルクローレの衣類や下着を洗っている自分に少し驚いていた。いつの間にか、すっかり慣れてしまっていたのだ。
「……私、フォルちゃんの家政婦になってない?」
「アンタ、いいように使われてるんじゃないかい? あの子、あんまり自活能力ないだろう? 錬金術で生計を立ててるみたいだけど、生活力がないのは半日見てりゃわかるよ。これからも友達づきあいをするならね、匙加減はよく考えるんだよ?」
まるで似たような経験でもあるかのようなアドバイスをくれた。確かに、フォルクローレが天寿を全うしても、まだ今とほとんど変わらぬ姿でここにいるはずなのだ。年老いるまでずっと世話を焼くわけにもいかない。
「か、考えておきます。確かに、ずっと面倒を見るわけにはいかないですもんね」
いつの間にかいいように話題が逸れたような気もするが、この森での生活を続けていれば、いつしか獣との向き合い方、森での危険回避の方法を知る機会もあるだろう。十分に信頼関係を結べていない今、その回答を急ぐこともない。
そんなことを考えながら、洗濯を続けるのだった。
〜つづく〜




