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チャプター17

〜シュラーフェンの森 魔女の家〜



 フォルクローレの用意した朝食が完成した。香ばしい香りのトーストに目玉焼きと、シンプルではあるが、それらは錬金術による調合で用意されたものだ。

 テーブルに並んだそれらの料理には、さすがのヘレンも目を丸くしている。


「できたよ〜!」

 というフォルクローレの声を受け、テーブルで話をしていたエルリッヒとヘレンは大鍋の元へ向かったのだが、そこではすでにお皿にそれぞれの料理が盛り付けられていた。エルリッヒも初めは驚いたが、どうやら錬金術というのは完成された状態で出来上がるという。世間が摩訶不思議で怪しいものだと認識するのも無理はない。


「早速食べてみてくださいよ!」

「……そうだね。見た目と匂いは合格だ。けどね、料理は味だよ。アタシの舌を満足させられなきゃ不合格だよ」

「ヘレンさん、なかなか手厳しいですね。でも、見るからに美味しそうだから、大丈夫だと思いますけど……」

 味覚とは個人の好みに大きく左右されるものである。それを一番よく知っているのは他ならぬエルリッヒだ。だから、いくら自分が美味しいと思っても、『不味い』という評価を下されてしまうかもしれない。

 もちろん、王都で食堂を営む自分の舌には、相応の自信がある。王都でお店を開いてからこっち、メニューを外したことはないし、少なくともコッペパン通りのみんなの味覚は把握している。その証拠に、みんなには美味しいと言ってもらえている。それに、昨日の様子から、ヘレンの味覚も少しは把握できている。だが、それでも、不安は拭えない。まるで自分が作った料理の試食を待つかのような心持ちでだった。

「ん? エルちゃん、なんでそんな緊張の面持ちなの?」

「あー、いや、ほら、不味かったら嫌だなーって。でも、なんでだろう。私が作った料理でもないのにね」

 はたと考えると、自分がドキドキする必要は全くないのである。なんでこんなに不安になっているのだろうか。まるで自分の気持ちが理解できなかった。

 対して、今まさに試食してもらおうとしているフォルクローレには、評価を気にするような素振りが一切見えない。評価を気にしていないのか、それとも、味に絶対の自信があるのか。心を読むような能力はないので、真意を計りかねていた。

「ほら、エルちゃんのことは気にせず食べちゃってください! あたしの錬金術に間違いはありませんから!」

「あー、そっちの表情か」

「やけに自信たっぷりだね。ま、見た目には問題なさそうだし、いい匂いもしてる。そこまでは合格だね」

 テーブルで給仕されるのを待っていたヘレンは、食器を手にまずは品定めをする。今のところは味や食感といった、肝心の部分以外は合格のようだった。自信満々のフォルクローレはともかく、これにはエルリッヒもついつい胸を撫で下ろしてしまう。

 いよいよ口に運ぶ段になって、エルリッヒも固唾を飲んで見守る。トーストにはこの森で採れるというベリーで作られたジャムが、目玉焼きには軽く振られた塩がそれぞれ添えられている。恐る恐るかと思いきや、特に気にすることもなく普通の食事と同様に口に運んでいく。

「どれ。錬金術で作った料理とやらの味、確かめさせてもらうよ」

 まるで審査員か王侯貴族が試食する時のように、その様子を見守る。そんなに強い眼差しで見つめられては食べづらい、と思うものの、そういう雰囲気を出したのは自分だと、ヘレンも意識して気にしないように努めながら食べ進めた。

「……悪くないね」

 ポツリとつぶやいたその一言に、二人は手を取り合い飛び上がらんばかりに喜ぶ。実際には埃が立つので本当に飛び上がったりはしないが、それでも、そんな気持ちを必死に堪えながら喜んだ。精魂込めて作った料理を美味しいと言ってもらえることがこんなに嬉しいんだということを思い知る。

 これが、料理人やものづくりをする人の根源的な喜びなんだということを再確認させられた。

「やった! やった!」

「おめでとう!! おめでとう!!」

「なんだい、大袈裟だね全く。でも、悪くないよ。こんなに自然な料理まで作れるなんて、錬金術、すごいもんじゃないか」

 ふっと、ヘレンの表情が緩んだ。別に、わざと険しい表情をしているわけではないのだが、ついつい人前では眉間に皺を寄せてしまうので、良くないとは思っているのだが、こんな瞬間にそれが和らぐとは、ヘレン自身でも意外だった。

 果たして、美味しい朝食を口にしたからか、錬金術という学問の道なる可能性の一端を目の当たりにしたからか。はたまた、若い娘二人が自分の一挙手一投足に大袈裟な反応を見せたからか。

 思えば、自分にもそういう年頃があったのだ。

「それで? 錬金術ってのは他にも色々作れるんだろ? フォルクローレだったか、お前さんは何ができるんだい?」

「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれました。あたしは、爆弾作りが得意なんです!! もちろん、薬に金属のインゴッドにお菓子にからくりの部品に、爆弾以外にも色々できますよ!」

 自信満々の様子には、まるで一人舞台のような空気感があった。こんなところで爆弾作りでもないのだが、他にも作れるというのは、十分なアピールポイントになるだろう。少なくとも、昨日の自己アピールよりはよほど力がある。

「大まかには昨日も言ったけどね、色々やってもらうのが代金みたいなもんだからね、色々作ってもらうとするよ」

「はい! 材料と時間の許す限りは、しっかりやります!」

「私は、日常のお手伝いをメインに関わることにしますね。元々フォルちゃんの用事ですし、錬金術士でもありませんし。でも、普段から大鍋振るってるんで、力仕事もある程度いけますから、そこは頼ってくれちゃって大丈夫です!」

 エルリッヒも、一歩引きつつも自己主張をする。「料理人ゆえに」というポイントは、とても強烈なアイデンティティなのである。料理だけでなく、日々の料理で培った腕力もまた、自慢なのであった。これには、どんな屈強な戦士にも負けていないという自負がある。

「そ、そうかい。じゃあ、そういう仕事もあったら頼もうかね。さ、そんなことより、あんたたちもさっさと食べちまいな。いつまでも話してたら片付かないよ」

「おっと、そうでしたね。じゃ、早速フォルちゃんお手製? の朝ごはんをいただくとしましょうか」

「そうだよ。エルちゃんも味わって味わって! あたしの錬金術料理!」

 聞くからに胡散臭い名前だが、確かにそれは「錬金術で作られた」料理であり、他に形容する余地はないのであった。以前から味わったことがあるからその味わいは信頼しているが、そうそう頻繁に口にしたことがあるわけではないので、まだまだドキドキ感は残っている。

 フォルクローレに促されるまま、しかしよりはっきりと舌触りと味わいを感じられるよう、目を閉じてそれを口に運ぶ。元来ドラゴンの味覚は人間より鈍いのだが、今の姿をっている時は別だ。100年以上の歳月で培ってきた鋭敏な味覚が迎え撃つ。トーストと目玉焼きに何をそんな大袈裟な、と思わなくもなかったが、せっかくの錬金術料理だ、しっかり味わうのが友人への礼儀だろうし、料理人としての敬意というものだ。そう考えた。

「はむっ!!」

 トーストを口にすると、縁のカリカリとした食感の次に、ふかふかでまだ温かいパンの本体が口に放り込まれる。鼻腔を抜ける香りも、豊かな小麦の風味がしっかり生きている。これは紛れもなくちゃんとしたパンであり、目の前で見ていても、口で説明されても、大釜替わりの大鍋でぐるこんされて生成されたものだとは気づかないだろう。

 次に、目玉焼きだ。

「あむっ!!」

 こちらも、白身は柔らかく、黄身も柔らかい。錬金術では、焼き加減も調節して調合できるのだろうか。だとしたら、かなり恐ろしい技術だ。レシピ次第では、錬金術料理だけを出すお店だってできてしまう。流石に自分の作る料理の方が美味しいし、凝ったものを作れる、という自負は崩れなかったが、それでも、錬金術の多彩っぷりには改めて驚きを禁じ得ない。

「もぐもぐ。美味しい。なんであんなふうに作ってこんなに美味しいんだ」

「えっへん! すごいでしょう!」

「自慢してないで、あんたも食べな。片付かないって言ってるだろう?」

 三人での朝食は何かと勝手が違う。いつもの険しい表情で言っても、あまり効果はないようだった。勝手が違うことには戸惑うものの、決して不愉快ではない。

 たまには、こういうのも悪くない。そう思うと、また自然と笑みが浮かんでくるのだった。




〜つづく〜

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