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チャプター16

〜シュラーフェンの森 魔女の家〜



 朝、フォルクローレは四つの眼からの熱く鋭い視線を浴びながら、大釜の前に立っていた。約束通り、朝食を錬金術で作ろうと言うのである。

 材料は手持ちの素材から小麦粉と砂糖と塩を少々、それにエルリッヒが持ってきていた干し肉と、ヘレンが提供してくれた「なんだかよくわからない野草」がひと房。これで三人前の朝食を調合しようと言うのである。

「ねえ、大丈夫? 安請け合いしちゃたって思ってない? 確か、普通の料理みたいに、レシピがいるんでしょ? 材料も分量も適当だと、上手くいかないんじゃない? 私が普通に作ろうか?」

 後ろで覗き込んでいるエルリッヒが、申し訳程度に心配そうな面持ちで助け舟を出す。が、その一方ではフォルクローレのことを一流の錬金術師として信頼もしており、野暮な心配をしていることは重々承知していた。

「大丈夫。そこは任せんしゃい。これだけの材料と分量なら、レシピはイメージできるよ。まぁ、この野草はちょっと心配だけど」

「なんだい、お前さんせっかくのアタシの厚意を無駄にしようってのかい? 野菜もあった方がいいって言うから提供してやったんじゃないか。そんなに不安なら使わなくてもいいんだよ?」

 ヘレンからも横槍が入る。こういう、一言余計なところも、フォルクローレの一面だった。だが、言葉のノリが軽かったせいか、冗談半分なのはちゃんと伝わっていたようで、ヘレンの言葉にも、本来の棘は感じられなかった。得体の知れない錬金術という技術を見られるとあって、流石に好奇心が勝っていた。

「使います使います! この野草たちも、しっかり使いますから! それじゃあ、始めるよ? ここからは、口出し無用でお願いします」

 少しだけ、その声色に真剣味が混じっていた。ぐつぐつと煮えたぎる大釜は、今はまだただの大釜でしかないのに、杖を手にしたフォルクローレが前に立つと、すっかり錬金術用のそれに見える。

「投入する素材には、順番はないから、それぞれを入れていきます」

 テーブルの上に置かれた素材たちを、一つずつ手に取って窯の中に投入していく。ヘレンにも分かるように、手順を説明しながら。一つ素材を投入するごとに、窯の中が少しずつ色を変えながら光っていく。誰もその仕組みはわかっていないが、錬金術士の素質を持つものが想いを込めて素材を投入すると、その素材の持つ特性に応じてこのような反応を示す。

「じゃあ、素材を全部入れたので、これを混ぜていきます」

 手にした杖を大振りに構えると、窯の中に突っ込み、両手でそれをかき混ぜ始めた。エルリッヒは何度か見ている、錬金術の醍醐味、「ぐるこん」だ。

「へぇ。ただ鍋をかき混ぜてるようにしか見えないけどねぇ」

「でしょう? これが、錬金術の不思議なところなんです。じゃあ、このまましばらくぐるこんしてますんで、待っててください」

 そこからは、一心不乱に釜をかき混ぜるだけだった。その時間はレシピによって異なり、簡単な物ならすぐにできるが、すごいアイテムなら数日かかることも珍しくない。多少の知識が身についたエルリッヒは、流石に朝食の調合であれば、すぐに終わるだろうと踏んでいた。

「ヘレンさん、あとはあっちで待ってましょう。出来上がるまでは面白いことも怒らないですし」

「そう言う物なのかい。アタシが薬を煎じるのとは違うんだね。やっぱり、薬の調合とは違う技能ってことなんだね。この年でそう言う知識を得るなんて思わなかったよ」

 エルリッヒに促されるまま、二人は大釜の前を離れ、テーブルについた。今しばらくは、フォルクローレ一人の時間である。

 とはいえ、じっと座って待つのも間が持てない。エルリッヒはヘレンとのコミュニケーションを試みるべく、口を開いた。

「あの、今の調合で使った小麦粉はフォルちゃんが持ってきた物ですけど、この家にも小麦粉はありますよね? 昨夜のパンもそうですけど、どこで調達してるんですか? 流石にこの家で作ってるとは思えないんですけど、そんなことはないですよね?」

「何かと思えばそんなことかい。昨日言っただろう? アタシを慕ってた男どもがここで暮らすって時にこの家を建ててくれたって。その連中がね、アタシが生活に困らないよう、行商人にあれこれ手を回してくれたのさ。それから何十年経ったかね、今でも、その時の連中やその後継者たちが、ここに薬を買いに来てくれるのさ。物々交換で、生活に必要なものを持ってね」

 そう話すヘレンの様子は、昔を懐かしむような様子に満ちていて、とても『偏屈な魔女』といった風ではない。ここで暮らすことに決めた経緯を想像すれば、人間嫌いにでもなった何かしらの出来事があったのだろうが、それでも慕ってそこまでのことをしてくれた人たちがいたと言うのだから、それは決して悪い人間関係ではなかったはずだ。

 それと同時に、男たちにそこまで慕われていたと言うくらいなので、かつてのヘレンは評判の美人だったのかもしれない。もちろん見た目だけでなく、人柄も良かったのだろう。でなければ、容姿だけでそこまで男はついて来ないものだ。

 だが、今度はそのような気立ての良い娘をこんな森の奥深くに隠遁させるだけの何があったと言うのか。気にしてはいけないのかもしれないが、つい気になってしまった。

「言っとくけど、変に詮索するんじゃないよ? アタシがここに来た理由は、訊かれても答えないからね」

「いやいや訊きませんて。そりゃあ、気にはなっちゃいますけど? 流石にそう言うことは本人がその気にならないのに聞き出そうとはしませんよ。私はもちろん、もしフォルちゃんがそう言う素振りを見せても、全力で止めますから。そこは安心してください」

 本音ではめちゃくちゃ気になっているのだが、それを精一杯隠してみた。隠し通せているかどうかは、全く保証できなかったが。

 目は泳いでいないだろうか、変な汗はかいていないだろうか、自覚なくこう言う時に出るような癖は出ていないだろうか。そんなことばかり心配してしまう。

 いくら自分の方が長く生きていると言っても、やはり小娘と『魔女』とまで呼ばれた相手では、なんとなく勝ち目がない気がしていた。

「ま、アンタがそう言うんなら、アタシはその言葉を信じるよ。本心だろと、上部だろうとね。けど、そう言うわけだから、この森で採れないものもさほど困っちゃいないのさ」

「そこ、ちょっと安心しました。ずーっとここで一人じゃ、寂しいですもんね。それに、多少なりとも人の往来があった方が、なんか落ち着きますし。これって、私が普段王都で暮らしてるからですかね。喧騒とまでは言いませんけど、ある程度の人の気配を求めちゃうと言うか……」

 自分の普段の生活を思い返し、賑やかな時間に慣れきってしまっているのではと考えてしまった。人間社会に飛び込んでからでも、賑やかな街で暮らしたこともあれば、人里離れた山奥の村にいたこともあり、喧騒を追い求めてきたわけでも、静かな田舎を求めていたわけでもないのだが、結果的には喧騒に包まれた今の生活に落ち着いている。ほんの数年のことなのに、今の環境を基準にしてものを考えるようになっているのかもしれない。

「そうさね、ほとんど一人だから、たまには人と会って話をするのも悪くはないもんさ。行商連中からは、昔馴染みの近況も聞けるしね。あいつらがどういう理由でアタシに構ってくれていたのかはわからないが、まぁ、悪い連中じゃなかったからね」

 いつしか、穏やかな目元で言葉を紡いでいる。人の情を完全には忘れたり捨てたりはできないのだろうと、思わせてくれた。所詮、魔女の話は尾鰭のついた噂に過ぎないのだ。

「そういえば、一つ聞きたかったんですけど、ヘレンさんて、女と……」

「できた〜!!」

 エルリッヒの声を遮るように、フォルクローレの叫び声が響いた。朝食の調合が完成したのだろう。二人は突然の叫びに面食らいながらも、話を切り上げ、大釜の元に向かうのだった。

(もう一個聞いてみたいことがあったんだけど、今はいっか。まだ機会はあるだろうし)

 その小さな思いを、自らの胸にしまい込んで。




〜つづく〜

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