チャプター14
〜シュラーフェンの森 魔女の家〜
夜、ヘレンとエルリッヒは夕食の支度をしていた。フォルクローレは代金代わりに頼んでいる作業が諸々の調合であり、キッチン自体も三人が立つには狭いということもあり、自由に過ごしてもらっていた。
「あんた、手際がいいね」
野菜を切るエルリッヒの手つきを見て、思わず感心の声を上げる。出会ってから数時間、ヘレンはただただ人間嫌いの偏屈な人物ではなく、ちゃんと交流のできる人物であることがわかってきた。料理の手並みも、その眼鏡にかなえばちゃんと褒めてくれるのだろう。
「王都でお店をしてるって言いましたよね? 地域じゃ結構人気なんですよ。のんびりやってたらお客さん捌き切れませんから。若造に見えるかもしれませんが、これでも百戦錬磨なんですよ」
「あたしも若い頃には何度か王都に行ったこともあるけどね、確かにとんでもない人だったよ。だけど、そういうことなら心強いね。毎回の食事は、しっかりやってもらうからね。それに比べてあっちの娘はどうなんだい? あんた、あの娘の友達なんだろ?」
きのこ類の下拵えをしていたヘレンは、少しの間手を止めてフォルクローレの様子を見遣った。彼女は、相変わらず物珍しそうに部屋中に下げられたドライフラワーを観察している。曰く、「錬金術師としての探究心が疼いてたまらない」のだとか。
しかし、その様子にヘレンが不安になるのも無理はない。そもそもがうら若い娘であり、年月を重ねてきたヘレンからしてみれば未熟者にしか見えない。それが浮ついた様子を見せているのだから、ますます不安に拍車がかかってしまう。
「ええ、まぁ、数年来の友達ですけど。や、フォルちゃん優秀な錬金術士ですよ? まぁ、ちょっと変わってるところとか、暴走しちゃうところとか、そういうのはありますけど」
「本来、人の評価なんてアテにゃならないけどね、あんたが言うんなら、信じられそうな気がするよ。どう言うわけだかわからない、不思議なモンだけどね」
もしかしたらこの人は、直感的に何かを悟っているのではないだろうか。今、隣で野菜を切っている小娘が、本当は人間ではなく、自分をも上回る人生を歩んできていると言うことを、無意識に感じ取っているのだろうか。歩んできた人生の長さは段違いでも、自分はまだ竜王族としては小娘で、人間で言えば二十歳そこそこに過ぎない。だから、人間の老人よりも幼く、未熟なところがあるのかもしれない。そう言うことは時々考えることがあったが、今まさに、それに近い何かで見透かされているのではないか、という気がしていた。
「な、何か私の言葉がヘレンさんを納得させるものがあったんでしょうね。何か、よくわからないけど。そ、それより! 最初私たちがやってきた時、変な声を出してたと思うんですけど、あれはなんだったんですか? 教えてほしいな〜、て」
「なんだい藪から棒に。あの時は、あそこの釜で薬草を煎じてたのさ。そう言う時にはね、おとぎ話の悪い魔女みたいにイ〜ッヒッヒッヒ、イィ〜ッヒッヒッヒ! て言いながら釜をかき混ぜると雰囲気が出るのさ」
自分が人外の者であると気取られたのではと、焦って話題を変えてみたが、昼間からずっと気になっていたことを訊くのにはちょうどいい機会になった。返ってきた答えは拍子抜けするような内容だったが、話題を逸らすことには成功したし、疑問も晴れたので一石二鳥だった。とはいえ、もっと深い事情でもあるのかと思っていた中でのこの回答には、思わず野菜を切る手が止まってしまった。
「え、そんな理由だったんですか? なんかこう、もっと禍々しい理由とか、話に聞く魔王がいた頃に始まった薬に魔力を込める儀式が今でも伝わってるとか、そう言う感じのものだとばかり……」
「なんだいそりゃ、そんな馬鹿げた理由があるかい。あたしゃあね、誰にも師事することなく腕を磨いてきたんだ、たとえ本当にそんな儀式があったとしても、知る由もないね。さ、野菜を切り終えたら鍋に入れとくれ。あいにくと肉類はないけど、きのこはいい味が出るからね、美味しい鍋ができるよ」
自慢げにきのこ類を切り、それを鍋に入れていく。そして、軽く調味料を入れると、おたまでかき混ぜていく。後は煮えるのを待つだけだと言うことで、火を弱めて蓋をする。
普段は一人分の用意しかしていないのだろうが、三人分の用意でもテキパキとした手際で支度していく。この辺りは、何十年と料理してきた経験ゆえだろう。
もしかしたら、ごくごく限られた範囲で行商人などの来客はあり、そう言った人たちのために料理を振る舞う機会もあるのかもしれない。
「ところで、一つ質問させてもらってもいいですか?」
「なんだい」
ひとしきりの支度を終えると、エルリッヒは家の隅にある大釜を指差しながら質問をする。まだ何も訊いていないと言うのに、ヘレンのこの怪訝な様子は、元々の人間嫌いの気質ゆえだろうか。
「あの大釜は料理には使わないんですか?」
「あぁ、あれかい。あれは調合専用だからね。料理用じゃないよ。第一、キッチンはここなんだ、煮炊きだけあっちだったら面倒じゃないか。それとも何かい、そこの錬金術士は大きな錬金釜で料理もするって言うのかい?」
怪訝そうな様子でフォルクローレに視線を向ける。背後から浴びる視線に気づくことなく、フォルクローレは相変わらず夢見心地。どうやら、この家のドライフラワーたちは、二人が思った以上に好奇心を刺激したようだった。
これには、驚きを禁じ得ない。錬金術士とはどういう職業なのかをまた一つ知ることになった。
「あたしゃ錬金術士のことはよく知らないからね、ただいろんなもんを大釜でこねくり回していろんなものを作る怪しい人たちって印象しかないけどね。あの娘を見てると、本当は怪しいだけの人じゃないんだろうっていうことは思うよ。ま、あたしが俗世と関わることはもうないけどね」
「私も、最初はそんな人たちがいることすら知りませんでした。王都に落ち着くまで、いろんなところを旅してきたんですけどね。でも、彼女はすごいプロ意識で錬金術士の仕事に取り組んでいて、街でも結構評判がいいんですよ。王都は広いですから、少しずつ広がってるって感じですけどね。……フォルクローレ、名前、覚えてあげてくださいね」
無邪気な後ろ姿に優しい眼差しを送るエルリッヒが、さりげなくフォルクローレのことを印象付けようとする。自己紹介はすでに終えているが、名前を覚えてもらうと言うことは、それ以上にハードルの高いことなのだ。少なくとも、ヘレンの錬金術士に対する古の偏見を乗り越えて、自分たちの名前を覚えてもらうことは、フォルクローレの購入したハーブ代を支払い終えるまでのことを考えると、重要なコミュニケーションの一歩なのだ。
なにしろ、労働で返すからには匙加減がヘレン次第なのである。
「フン、あたしゃこの歳だからね、人の名前なんて覚える自信はないよ」
「それがただの憎まれ口だって、わかってますよ。一緒に過ごせば、いやでも覚えてくれるって信じてますから。あ、でも、私たちヘレンさんの歳は伺ってないです。実は思った以上に若いかもしれないですよね?」
悪戯っぽい瞳と笑みを浮かべてヘレンを見つめると、目をそむけてしまった。見透かされているとでも思ったのかもしれない。やはり、ヘレンはただの偏屈なお婆さんではなさそうだった。エルリッヒとしても、こういう人物と接するのは解きほぐし甲斐があるので、とてもワクワクしていた。帰る頃には、どれだけ仲良くなれるだろうか。
「ま、なんにせよ、これからよろしくお願いしますね。明日のご飯は、私が作りますから」
「フン! 好きにしな!」
ぶっきらぼうな言い方の中にも、冷たさを感じない何かがあった。
〜つづく〜




