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チャプター13

~シュラーフェンの森 奥地~



「で? 一体なんであんなところで抱き合ってうずくまってたんだい」

 緑色をして、不思議な香りのお茶を出された二人は、その香りを嗅ぎながら、物珍しそうに室内を見回す。一人で暮らすのには十分な広さ、今案内されたのは大きめのテーブル。質素な作りだけど、しっかりとした木材でできているようで、安物ではないようにも見える。奥の方には、これも一人用には少し大きく見えるベッドがあり、簡素なパーテーションで間仕切りがされているようだ。そして、部屋の周囲を包むように下げられているドライフラワーはとても印象的だったが、何より目を引いたのは、リビングの隅に置かれた大きな釜だった。ぐつぐつと音を立てて煮えたぎっており、そこからは『霊の香り』が漂ってくる。それはまるで、錬金術士の工房のようだった。

 これが『魔女の家』か、と思った。いかにも、物語に出てくる魔女の家らしい作りだった。

「えっと……ま、魔女さんに用があって……」

「ちょっとフォルちゃん、いきなり魔女呼ばわりって」

 二人を中に入れ、席に座らせ、お茶を出してくれたのは、少し腰の曲がった老婆だった。少しウェーブのかかった髪を肩まで伸ばし、いかにも人付き合いを嫌っていそうな、険しい面差しをしている。これもまた、いかにも魔女足い風貌だった。

「本当だよ、全く。いきなり人を魔女呼ばわりとは、どういう了見だい。街で魔女って呼ばれてるのは知ってるけどね、開口一番そういう言い回しをしたのはあんたが初めてだよ」

「ご、ごめんなさい。でも、名前は知らないから、他に呼びようがなくって」

 いつも元気なフォルクローレが借りてきた猫のように大人しくなっている。これが魔女の威圧感かと感心してしまうところだが、人ごとではないのだった。エルリッヒも、つい萎縮してしまう。自分の方が長く生きているのは間違いないのだが、寿命が長い分外見も精神も若い時期が長く、高齢者には頭が上がらないところがあった。

「フン、人付き合いが嫌で街を離れて何十年も経ってるからね、街の連中の記憶からも薄れてる頃だろうさ」

「じゃあ、魔女さんと呼んでもいいってことですか?」

 魔女の言葉を逆手に取って、そんなことを訊いてみた。まずここに本当に魔女と思しき人物が住んでいたこと自体が驚きと感動なのだが、果たして魔女と呼んで良いのかどうか、それがコミュニケーションの第一歩だと感じた。

「おや、あんたも失礼な口を利くのかい? ……ヘレンだよ。あたしゃヘレン。世間じゃどう呼ばれてるのか知らないけどね。親からもらった立派な名前があるんだから、それで呼んでおくれ」

「あはは、失礼しました。それじゃあヘレンさんと呼ばせてもらいますね。フォルちゃんも、いいね? で、早速なんですけど、なんでこんなところに住んでるんですか? 人嫌いって言っても、わざわざこんな辺鄙なところに引っ越さなくても。このお家を建てるのだって大変だったんじゃないですか?」

 フォルクローレの提案で同行したとはいえ、魔女が実在するとなれば訊いてみたいことは山ほどあった。こんな人里離れた森の奥で一人暮らすなど、正気の沙汰ではない。食べるものの確保だって大変だし、そもそもこんな立派な家に住んでいることも不可解だ。人間社会の中でもかなり隅っこの方だろうが、是非色々話を聞いて理解しなくては。そういう、元来の好奇心がむくむくと首をもたげていたのであった。

「こんなあたしでもね、昔は慕ってくれる男どもがいたもんさ。この家は、そういう連中が建ててくれたのさ。ま、みんな街に帰っていっちまったけどね。生活にゃ困ることもなかったし、気ままな一人暮らしさ。で? あんたたちは何しに来たんだい。いい加減話しな」

「そう、ですね。じゃあ、自己紹介からしますね。私はエルリッヒ、王都の片隅で食堂をやってます、で、こっちがフォルちゃん、フォルクローレ。ほら、本題はフォルちゃんだよ」

「や、やー! あたし、錬金術師なんですけど、街で受けた依頼で必要なハーブがあって、どこで調達しようか調べてたんですけど、北の森の魔女が詳しいって聞いて、じゃあ尋ねようって思ったんです」

 相変わらず萎縮するようなところが残っていたが、それでも概ね用途は伝えられた。嘘は言っていないが、魔女ことヘレンはどのような反応するだろうか。少なくとも、錬金術士だと名乗った時には、眉ひとつ動かさなかった。

「そいつまた随分短絡的な話だね」

 呆れたような表情を浮かべながら、ヘレンも席に着く。そして、厳しい瞳を浮かべたまま、フォルクローレのことを見つめた。

「っ! あ、あの〜、あたしの顔に何か……」

「何を言ってるんだい。あんた、フォルクローレと言ったね。錬金術士っていうのは本当かい?」

 さっきはぴくりとも反応しなかったのに、フォルクローレの職業に食いついてきた。やはり、錬金術士を知っているのだろうか。それとも、聞きなれない名前に反応しただけだろうか。この訊き方からすると、明らかに知っているようだが、まだ今の時点では判然としない。

「ほ、本当です。あたしは、ちゃんとアカデミーを卒業した錬金術士です!」

「……そうかい。錬金術士なんてモンはそうそういるもんじゃないから、二度とお目にかかる機会はないと思ってたけど、こんな若い子が王都で働いてるとはね。で? 何が欲しいんだい。見ての通り、ハーブなら色々取り揃えてるよ」

 むしろ、ハーブしかないとでも言わんばかりに、壁一面にドライフラワーが下げられている。いきなり行っても断られるのではないかと思っていただけに、思いの外すんなり交渉が進みそうだったので、胸を撫で下ろしながら荷物の中のメモ書きを取り出した。

「えと、歯車草の乾燥ハーブと、ローザミスティカの粉末と、火炎草のポプリと……」

 つらつらとメモを読み上げると、それを聞いたヘレンは何も言わずに部屋のあちこちから指定されたハーブやポプリを取り出した。これだけの種類があるというのに、全部の場所を把握しているのは見事なものだと、エルリッヒはついつい感心してしまう。自分も食材や調味料の場所は把握しているが、見るからに、それよりも種類が多そうだ。

「ほら、これで全部だ。一応、種類と数があってるかを確認しな」

「は、はい! うん、うん、これで合ってます」

 テーブルに乗せられたハーブをひとつひとつ確認すると、フォルクローレは満足げな顔を浮かべた。種類と数がこんなにあっさり揃うこともそうだったが、その品質にも、嬉しい誤算を隠しきれなかった。

「それじゃあ、お代を。支払いは銀貨でいいですか?」

「銀貨? そんなもんこの森じゃ何の役にも立たないよ。ここには、行商人だって来やしないんだからね。代金は、体で払ってもらうよ」

「体?」

 エルリッヒが聞き返すまでもなく、それが労働のことであろうことは容易に想像がついた。ヘレンは一転表情を和らげたかと思うと、それはすぐにニヤリと、こちらを試すような表情に変わった。

 これには、流石の二人も冷や汗が流れる。

「あ、あの、働いて返せってことですよね?」

「もちろんさ、わかってるじゃないか。あんたは王都で食堂をやってるんだろう? だったら食事の担当だ。そっちのあんたは錬金術士ってことは、そこの釜でも色々作れるんだろ? だったら、この家と森の中にあるモンを使って、色々作ってもらおうじゃないか。期限は、あたしがこのハーブたちの代金として納得するまでだ。いいかい? 文句があるなら、これは諦めて帰んな」

「ゴクリ。わ、わかりました。エルちゃん、力を借りるけど、いいよね?」

 このハーブたちが目的でここまで来たフォルクローレはともかく、ただただ付き添いで来ただけのエルリッヒからしてみれば、それは完全に巻き込まれたような状態だったが、ここは大人しく従うしかないのだった。

「いいねぇいいねぇ。それじゃ、しっかり働いてもらうからね! あと、ここまで来たってことは、野宿してきたんだろ? 夜はその辺で適当に寝な。じゃ、よろしく頼むよ? イッヒッヒッヒッヒ」

 ヘレンのその様子は、いかにもお伽話に出てくる悪い魔女のようだった。




〜つづく〜

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