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チャプター12

〜シュラーフェンの森 奥地〜



 森の奥地から漂う煙の香りを頼りにさらなる奥地に進んでいく。薄暗い森を分け入り、一歩一歩進むたびに香りが強くなっていくのを感じる。初めはエルリッヒだけが感じ取ることのできた香りも、もうすっかりフォルクローレにも嗅ぎ取ることができるほどになっていた。

「ねえフォルちゃん」

「何?」

 匂いの出所目掛けて一直線に歩いていると、不意にエルリッヒが話しかける。ガサゴソと木々を分け入る葉擦れの音が響く中、聴き馴染んだお互いの声はよく通る。

「この匂いって、フォルちゃんが使ってるお香の材料になってる草の一つなんだよね?」

「そうだよ。さっき嗅いでもらったやつ。近所の森でも自生してるけど、煎じたり燻製したりして香りを出すと魔物避けになるんだよ。普段は何にもそんな効果はないから、調合すると成分が変わるんだろうね。で、それがどしたの? 何か引っ掛かるトコでも?」

 道なき道を進む足を止めることなく、二人は話を続ける。この余裕が、旅慣れていることの証だった。こういう時、旅慣れない者はつい無口になってしまったり、会話のために手が止まったりするのだ。

「フォルちゃんは、いろんな薬草を混ぜてお香を作ってるんだよね? でも、この香りは、その草だけの匂いなんだよね? それってさ、何か意味がありそうじゃない? 全然違うレシピとか、食べるためとか」

「あー、そういう。それはあるかも。あるかもだけど、食べるためっていうのはないと思うな。この草、食べるにはすっごく苦いから。お料理に混ぜるのも、使い所が難しいはずなんだよね。それとも、魔女の味覚はあたし達とは違うのかも!」

 なんだかよくわからない論法を繰り広げているが、確かにフォルクローレの中にはこれを単独で利用するレシピは存在していない。他の何かと合わせる使い方しか知らないのである。となれば、若い世代にはもう伝わっていない使い方なのか、それとも、本当に何かしら個別に使う方法があるのか。つい、首を捻ってしまうのであった。

「魔女が錬金術師っていう仮説はまだ仮説のままだけどさ、あたし達はアカデミーでもれなく色んなレシピを学んできたはずなんだよ。だから、それを考えると、今みたいに洗練される前のレシピとか、魔女が独自にアレンジしたレシピとか、そういうやつなのかなぁ、と思うよ」

「ま、魔女に会えたら真相はわかるよね。尋ねてみよう。流石にこの煙から考えるに、誰かがいるのは間違いないしね。さ、もう一踏ん張り、頑張ろう!!」

 決して手を止めることなく、二人は気合いも新たに奥へ奥へと進んでいくのであった。



⭐︎⭐︎⭐︎



「ん?」

 そうしてしばらく進んだ頃、木々の向こうが少し明るくなっているのを認めた。ようやく、開けたところに出るらしい。それが、森の出口なのか魔女の住処のあるところなのか、それともそれらではなく単純な広場のような場所なのか、いずれにせよこれには二人の足取りも軽くなる。

「よーし、これでゴールだ!」

「かどうかは断定できないけどね。でも、煙の匂いも強くなってきたし、魔女の住処だといいけど……」

 まずはできるだけ楽観的に考える。それがモチベーションを維持する二人の作戦だった。元々の性格が楽観的なところのあるフォルクローレには、特にマッチしていたようで、どんどん歩みが速くなっていくようだった。

 ようやく魔女に会える。この気持ちは何よりの原動力になっていた。

「この苦い匂いの強さ、間違いないよ! おりゃー! これで森を抜けたぞー!」

「ほら、落ち着いて落ち着いて。でも、これでようやく開けたところに出られそうだね」

 そうして、森を抜けた二人が見たものは……

「おお〜!!」

「これは……」

 開けた場所には柔らかな日差しが差し込み、脇には小さい泉も見える。だが、何より目を引いたものは、やはり魔女の家と思しき小屋だった。平屋で小ぢんまりとしているが、一人で生活することを考えれば十分な広さがあるようだった。案の定、煙突からはもくもくと白煙が上がっている。少なくとも、ここが煙の出所で、誰かが件の薬草を加工していることは間違い無いだろう。

「じゃあ、早速訪ねよう!」

「こらこら。いきなり訪問しても取り合ってもらえないでしょ。まずは様子を窺わなきゃ」

 勢いよく扉に向かうフォルクローレの腕を掴み、その動きを制止する。しかし、エルリッヒはエルリッヒでゆっくりと扉に近づき、静かに聞き耳を立てた。

「え、窓から様子を伺うんじゃないの?」

「窓からじゃ、見つかっちゃうでしょ? ここなら、この家のどこからも見られない。それに、何か仕掛けをしているような気配もなさそうだし」

 小声で事情を説明すると、扉の向こうの様子に神経を集中させた。

「……どう? 何か聞こえる?」

「シッ! 人の声が、聞こえる……」



『イーッヒッヒッヒ! イィ〜ッヒッヒッヒ!!』



「ひっ!!!」

 その異様な声に、思わず扉から身を離してしまった。

「ちょっとエルちゃん、何が聞こえたの!?」

 心配そうに、フォルクローレが様子を伺う。それを受けて、エルリッヒは少し怯えた様子で答えた。

「い、いや、なんか、おばあさんの、変な声が……」

「えっ!? それ、大丈夫なの? えっ? えっ??」

 なんとも言えないが、恐怖を覚えたことだけは伝わる感想に、フォルクローレも戸惑いを隠せない。”あの”エルリッヒが怯えているのだ。凶暴な獣だろうが、凶悪な魔物だろうが、一切臆することなく撃退してしまうほどのエルリッヒが、である。

「エルちゃんがそんなに怯えるなんて、なんかやばい感じ?」

「う、うん、なんか、恐ろしい声を聴いてしまったよ。あれ、なんだったんだろう……とにかく、怖かった……」

 エルリッヒといえど、目に見えるものは平気でも、目に見えない、『物理的ではない』存在や事象については一般の人間と同様に恐怖を覚える。この家の住人と思しき人物の声は、そう言った心理的な恐怖を呼び起こすには十分な力を持っているようだった。つい、フォルクローレの体にしがみついてしまう。

「そ、そんなに?」

「うん、そんなに。魔法生物みたいなのは平気だけど、今のはダメだった。なんか、怖い。ちょっとだけ、落ち着かせてね」

 何がこれほどまでに怯えさせてしまうのか、フォルクローレはもちろん、エルリッヒ本人も十分に自己分析できないでいたが、とにかく、怖かった。きっと、長く生きてきて初めて出会った、『生理的に恐怖を覚えてしまうもの』の一つだったのだろう。少なくとも、そう考えるより他はなかった。

 エルリッヒのこんな姿は珍しいと、貴重な瞬間を噛み締めるフォルクローレだったが、友人として、今はこの得体の知れない恐怖心を落ち着かせることが先決だと、優しく抱き返すのだった。

「……ありがと。ちょっと落ち着いたよ」

「もう平気? て言い切れるほど落ち着いたわけじゃなさそうだね。ま、ここまで辿り着いたからには時間はあるし、ゆっくり落ち着かせればいいよ」

 未だ微かに震えの残る様子からは、相当怖かったのだということが伝わってくる。そうまでさせる魔女の声とは、なんだったのか。さすがのフォルクローレも好奇心を隠しきれない。エルリッヒが落ち着いたら、今度は自分が確かめてやるんだという確かな思いが芽生えていた。

「魔女、悪い人じゃないといいけど」

「そうだね。少なくとも、変な人ではあるかもしれないけど……」

 そうして魔女の家から少し離れた場所で抱き合っている二人を嘲笑うかのように、勢いよく扉が開け放たれた。

「ひっ!!!」

「ギャーッ!!!」

 激しい驚きを禁じ得ない二人の前に現れたのは、険しい表情を浮かべた一人のお婆さんだった。

「全く、外が騒がしいと思ったから見てみれば、一体人の家の前でなんだいお前さんたちは」




〜つづく〜

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