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チャプター10

〜シュラーフェンの森 奥地〜



 狼と思われる獣が向かってきている。狼が襲ってくると考えると、否応なしに緊張が高まる。エルリッヒ一人であればどうとでも対処できるが今回は後ろにいるフォルクローレを守りながら退治しなければならず、フォルクローレはというと、こちらも爆弾を自由に投げてよいのであれば、いくらでも対処できるという自負はあったが、今回はエルリッヒから爆弾の使用を止められており、戦力外という自覚すらあった。

(せめて、私の気配を察知して逃げてくれればいいんだけど……)

 戦わなくても済むならそれが一番だ。エルリッヒの放つ気配は、感じるものが感じ取れば人ならざるあまりにも強大で恐ろしい存在だとわかるのだが、今回は獣、それもおそらく煙に追い立てられている狼だ。もしかしたら、この煙は獣や魔物に対する忌避効果があるのかもしれない。だとしたら、煙を嫌がってここまできた狼が、人間を上回るその嗅覚で自分たちの匂いを感じ取ったのかもしれない。いずれにせよ、身動きの取りづらい中、フォルクローレを守りつつ戦わなければならない。

(まずは一頭……)

 気配はもうすぐそこまで迫っていた。明らかに、殺気のような攻撃的な気配を纏っている。速度もある。残念ながら、エルリッヒの気配を感じ取る能力は、人の姿を取っていても、いささかも落ないようだった。

「来るよ!」

「ひゃ、ひゃい!!」

 相変わらずフォルクローレはおたおたしている。だが、少なくとも自分の後ろにいてくれるのであれば大丈夫だ。自然と、フライパンを握る手に力が籠る。

 次第に、茂みを掻き分ける葉擦れの音が近く、大きくなっていく。エルリッヒが音と気配を頼りに身構えた刹那、茂みの向こうから灰色の毛に覆われた狼が現れた。数は3頭、そこも含めて気配で察知した通りだが、決して嬉しいものではない。

 元々匂いや気配で狙いを定めていたのか、鋭い牙を剥き出しにして、低い唸り声を上げながら襲いかかってきた。獣の習性か何かの申し合わせをしていたのか、先頭の一頭が真っ先に飛びかかってくる。後続の二頭もそれに続いているが、ワンテンポ遅い。これも、事前に察知した通りの位置関係だ。予想が外れた時には作戦の立て直しが必要になるが、今のところは計画通りに進められそうだった。

「よしっ、うおりゃああ!!」

 勇ましく声を上げ、フライパンを大きくスイングさせる。狙いはもちろん、先頭の狼の、頭部。鈍い音がして、フライパンの底に『何か』が当たった確かな手応えがある。そして、その勢いのまま、振り抜く。すると、狼は思い切り吹き飛ばされ、数メートル先の木に激しくその体を打ちつけた。命を奪うことが目的ではないので、生死までは確認していないが、明らかに昏倒しているように見えるので、無力化には成功したようだ。残るは二頭。

 見ると、リーダーが一撃の元にのされてしまったことには、流石に動揺しているようで、襲いかかることはせず、急停止して様子を見始めている。こう言うところの戦略は、人間とあまり変わらないのだろう。

「このまま引き上げてくれればいいんだけど、殺気自体は消えてないね。せめて、リザードみたいな相手だったら良かったんだけど……」

「そんなに違うの? ていうか、楽なの?」

 背後に立つフォルクローレも、様子を見ながらじっとしている。攻撃に有効なアイテムを使用できず、エルリッヒからも次の行動についての指示がなく、じっとしていることが一番安全そうだった。

「うん、まあね。リザードはドラゴン族の端くれだから、私の気配を感じ取ってさえくれれば、恐れ慄いて逃げちゃうこともあるから。それに、竜言語で会話もできるし。狼相手じゃ、そうもいかないからね〜。向こうからしたら、私もただの人間の小娘なんだよ」

「へぇ〜、そういうものなんだねぇ。んじゃ、次はどうする?」

 そう、あれこれ語っていても、結局はそこが問題なのだ。残りの2頭をどうするか。こちらも、近づいていってフライパンでぶん殴るか。それとも、何か他にいい手はあるだろうか。

「フォルちゃんだったら、どうする? 爆弾を投げる以外で自由にしていいって言われたら、どう戦う?」

「ん、珍しいね。あたしに意見を聞くなんて。そうだなぁ、爆弾ダメなんでしょ? 他の冒険者がいたら、身体能力を上げる薬を渡すとか、目眩しのアイテムを使うとか、そう言う補助に回ることはあるけど、自分人だとすると、この狭い場所で使うとしたら、う〜ん、やっぱり爆弾! でも、氷の爆弾を使うと思う!」

 結局は爆弾という回答が返ってきたが、それでも必死に思案してくれたことは嬉しかった。それに、この問いで「氷の爆弾」という回答をした以上、そこには合理的な理由があるはずだった。

「その爆弾は、木々を薙ぎ倒したり、なんだかんだ言って燃え上がったり、そういう危険はないんだよね?」

「もちろん! あたしの爆弾作りのテクニックを信じてくださいよ」

 後ろから聞こえる声は、自信に満ち満ちている。伊達にこだわっているわけではないのだろう。続けて、

「それ、今も持ってるんだよね?」

「もちろん! カバンの中に大事にしまってあるよ。もしかして、解禁? 使っていいの?」

 もしもの気配を感じて、途端にソワソワし始める。狼とていつまでも様子を見ているわけではないだろう。リーダーの個体も、もしかしたら目を覚ますかもしれない。エルリッヒには、迷っている時間はなかった。

「んじゃ、やってみて。くれぐれも、森には被害を出さないこと。調節、できる?」

「当然! あたしの腕前を舐めてもらっちゃあ困るよ!」

 手元の道具袋をゴソゴソと漁り、氷の爆弾を取り出す。まるで氷柱を切り取ったようなデザインのそれは、見るからに冷たそうで、すでにひんやりとした冷気を放っていた。

「へぇ、それが氷の爆弾」

「あんまり強力じゃない、初級編のだけどね。この森で狼を相手にするんなら、これより強力なのは使えないから」

 ということは、この道具袋の中には、さらに強力な爆弾も入っているということだろうか。相変わらず、空恐ろしい娘である。いや、一番恐ろしいのは、そのような爆弾作りが体系化されている、錬金術という学問そのものかもしれない。

「なんでもいいや、とにかく、あの二頭の真ん中に投げて! 均一にダメージが入るような感じだと一番理想的。できる?」

「エルちゃんや、さっきからあたしに『できる?』て訊いてるけど、それこそ愚問だよ。あたしはねぇ、ただ爆弾を作るだけの女じゃないんだよ。一番いいところで、一番いい場所に投げつけるテクニックも、磨き続けているんだよ。これは、旅の身空を支える命綱であり、大事な大事な作品であり、研究の成果でもあるからね。一番効果的に使うための鍛錬も、欠かしていないのだ! うりゃーっ!! 凍れ〜っっ!!」

 先ほどまではできるだけ安全に、大人しく、をモットーにしていたが、爆弾を投げて良いというのであれば話は別だ。エルリッヒの前に出て、警戒のために唸り声を上げる狼の、まさにその間を狙って、氷の爆弾を放り投げた。着弾するなり、それは弾け飛び、周囲を青白く凍り付かせた。

 これには、スタンダードな爆弾は何度か目にしているエルリッヒも驚きを隠せない。

「すごい。これが氷の爆弾」

「の、一番弱いやつ。でも、狼の足を止めるくらいなら、十分でしょ?」

 事実、狼は2頭とも足元がしっかりと凍りついており、身動きがとれないでいる。それに、周囲の気温も少し下がっているようで、これもまた、動きにくさに拍車をかけていた。

「うん、十分。氷漬けにしても面白かったけど、これならのんびり対処できるよ!」

 そう言って、フライパンを手にしたまま、右前方の狼の前まで歩み寄ると、

「そーれっ!!」

 勢いよく、その土手っ腹にフライパンを打ちつけた。




〜つづく〜

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