配られる二枚のカード
人生は、配られたカードで勝負するしかない。
誰しもの人生に、たった二枚のカード、「権力」と「正義」とが配られる。
例えば、利害得失を最優先の価値観として生きるならば、強い相手には妥協することになる。ひいては、権力におもねることは避けられない。そのことは、立場の弱い者達を虐げて奪い取ることを含意している。
それが、「権力」のカード。ほとんどすべての人間は、このカードを選ぶ。
なぜなら、もう一枚のカードを選ぶ動機がないから。
もしも君が、生まれつきものすごく賢かったら、どうだろう?
君の目がものすごく良かったならば、高台に立った時に、向かいの山に立つ木に咲く一輪の花の色までよく見えるかもしれない。君がもしすごく賢かったら、多くの人と同じ立場に置かれて、君にだけは見える景色が違うかもしれない。
そのとき君は、「利害得失を最優先の価値観とする」ことが、個人的にはうまくいくようでも集団的にはうまくいかないことに気づくだろう。ひいては実は、個人的にもうまくいっているケースなどないことに気づくだろう。
重要なのはその先だ。というのも、少し道徳的な問題意識を持ったり、紛争地域で殺されていく子供達に共感をいだいたりすることは、素晴らしいことだけれども、非常に珍しいわけではない。
重要なのはその先で、自分が生まれた時代の世界的な状況について、何を事実として理解するかだ。
現代社会にどの程度の環境の格差があり、現代世界がどれほどの不正義によって覆われているか、それが論点だ。君が賢いほど、人生の環境格差は甚だしく、メインストリームの情報は欺瞞に満ちていて、世の中が深く不正義に覆われていることに気づくだろう。
その気づきは、向かいの山の花を眺めるかのように、君にとって自然であって、意図して避けられるものではない。
現実として、世界には大きな格差がある。例えば、核兵器を保有している国は、利益追求において大きなアドバンテージがある。
「核兵器」なんて、持っていても無駄な使えない兵器に見えるかもしれない。使えば全世界から非難されて、その国は永遠に虐げられることになるという見通しが、当たり前だと思うかもしれない。でも現実には、負ける戦争は起こせない。目の前の相手に銃やナイフを向けられたら、ポケットに入れていた現金を素直に渡す以外に国家の選択肢はありえない。だから「核兵器」は常に抑止力として活躍しているし、むしろすべての経済的な外交の基盤として常に影響しつづけている。
賢く生まれないと、そのように因果関係を論理的に自分の頭で考えることができない。だから、同じ立場に生まれて同じ情報を与えられても、見えるものは異なる。賢い人に矛盾する情報を与えても、脳はその情報を事実としては飲み込まない。
もとい、世界には絶大な力の格差があるわけだけど、そのことは流通する情報にだって作用するし、学校の教科書の内容にだって影響する。
誰もが自分の利益を守ろうとするわけだけど、その欲求は集団的に政治的に連鎖して、メインストリームの情報のあり方をゆがめる。それはもちろん、強い者達に好都合な方向にゆがむことになる。人間の価値観や生き方は、若い頃ほど外部からの情報や知識に影響されるから、学校の教科書の内容を制御することは、人間達を制御するためにとても効率的だ。
そしてその「情報のゆがみ」には、「ある情報を与える」ことと同じだけ、「ある情報を与えない」という方法が含まれている。
結局、君は、世界の現状について能動的に学ぶほど、メインストリームの情報が虚偽に染められている事実を知るだろう。つまりは、世界の格差と不正義の深さを思い知ることになる。
すると、それなりに善良に生きながらそれなりに幸福に生きるということが、意外と不可能だとわかってくる。
多くの一般的な知的能力の人達は、それなりに尊厳ある市民として生活を営むことと、社会や世界のあり方について道徳的な問題意識を持つことが、ある程度は並立して成り立つと感じている。つまり、正しいことをした人や、優れた能力を発揮した人が、それなりの幸福に報われる社会だという感覚を、完全に捨て去ることが決してない。公正世界仮説という認知バイアスを捨てることは、人間という動物の脳にとって、最も辛いことの一つだからね。
でも、現実の世界は、もっと厳しい。不正義な力による支配は、すでにもっと徹底しているんだ。
だから、優秀な人や社会に多く貢献した人達が、社会的な地位や幸福や尊厳に報われるという命題を、結局は棄却しなければならない。
知性の存在は必ず、「公正世界仮説という認知バイアス」を客観して棄却する地点に到達することになるんだ。
それは、天と地がひっくり返るほどの、世の中に対する物の見方の転換だ。与えられるあらゆる情報のニュアンスが変わる。
そこに到達したとき、初めて見える事実がある。
それは言ってみれば、誰もの人生に「権力」と「正義」の二つのカードが配られているという事実だ。
君は、二枚のうちたった一つを選んで人生を生きることを強いられている。
でも、ここまでのことが見えるわずかな人達にだけは、「正義」を選択する動機もあるよね。