STORIES 084: 電話もくれない
STORIES 084
今夜もひとりベッドの上で
SNSや購読している記事を
ひと通りまわってしまうと
何もない天井を見つめる
23:18 心がざわめく
あの頃 あなたはいつも
この時間に仕事を終えて
ひとりの部屋に戻るなりすぐ
わたしに電話をくれた
今夜も30分だけ話そう
その約束は守られることなく
毎晩おそくまで
早く何か食べなよ
疲れてるでしょう
体は大丈夫なの?
わたしのいつもの問いかけに
そんなことより、さ
優しく言葉を遮って
あなたは話を紡いでゆく
1日の終わりのこの習慣
繰り返されるやりとりが
わたしのすべてだった
.
あの静かな夜
台風は大きく進路を変え
優しい雨が音を吸い取るように
街を哀しく包んでいた
23:18 いつもの時間
その夜は電話が鳴らなかった
きっと疲れているのだろう
少しでも体を休めてと
わたしからも鳴らさなかった
お休みまた明…
途中まで打ったメッセージも
思い直して削除した
これに気付いてしまったら
きっとあなたは起きてしまう
少し偏頭痛が残る右のこめかみ
ベッドサイドの明かりを消し
静かに目を閉じる
朝まで眠れば治るよね
明日はきっと今日よりも…
.
雨に濡れる信号機は大きく傾き
赤色と黄色の点滅を続けている
辺りに散らばったフロントガラスが
事故の衝撃の大きさを物語っていた
コントロールを失った2台の車は
深夜のコンビニの看板と
警察官を模した人形と
2本の信号機と
帰宅途中のあなたを巻き込んでしまった
.
あの頃 あなたはいつも
この時間に仕事を終えて
ひとりの部屋に戻るなりすぐ
わたしに電話をくれた
23:18 心がざわめく
早く電話をかけてきてよ
ちっとも眠くならないよ
どうしてわたし独り残したの?
あの人を返して
台風が逸れてなければよかった
あの晩わたしが会いに行けばよかった
コンビニなんて23時で閉まってればよかった
あんな会社やめさせればよかった
自動車なんかこの世に無ければよかった
早くふたりで住み始めたらよかった
最初からガードレールが設置してあればよかった
わたしが代わりになれたらよかった
あなたがいない世界なんて…
.
そんなことより、さ
優しく言葉を遮って
たぶんあなたは言うだろう
早く忘れたほうがいい
きみはきっと大丈夫
これからだって
幸せに生きてゆけるよ
23:18 鳴らない電話に
心がざわめく