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毒薬王子と竜使いの娘  作者: 野月よひら
アラシアの王
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2


 ***



 夜明けの海は美しい。紫色の海原がじんわりと黄金に染まっていく様は、何度見てもため息が出る。遠海ではその黄金色に輝く朝日を一心に背負い、海の竜が悠然と波間に漂っている影が見える。

「初めはどうなることかと思ったが」

 ユマが、隣で網を引きながらそう笑った。

「あんた、結構役に立つんじゃないか」

「な。言ったとおりだろ」

 同じく網を引きながらティティは自慢げに鼻を鳴らし、ロンドに目配せをした。


 ミツチの民の漁は、大きな網を使って行われる昔ながらの追い込み漁だ。

 海の浅いところに網を張っておき、若手は木彫りの舟に乗って沖に出る。手にした木の棒や板で水面を叩きながら浜に移動すると、驚いた魚は音のしない方へ逃げ、網にかかってしまうのである。

 何しろ漁など初めてである。流石に緊張しながら臨んだが、意外にもすぐに覚えることができた。しかし、それはロンドの実力というわけではなく、ティティの教え方が巧かったからだ。

 なにより、毎朝こうして漁を手伝うようになって、ユマは早々に警戒を解いてくれたようだ。今も親しげに話しかけてくれるし、何かと細かな指導もしてくれる。そうなってくると、遠巻きで見ていた島の民もロンドに遠慮なく話しかけてくるようになった。

 水中の網を引くのは重労働である。ロンドも精一杯力を振り絞り、網を浜辺に引き上げるべく奮闘する。手ごたえはあった。魚が暴れ、抵抗しているのが網越しに伝わってくる。しかし、すでに熟練の二人、ティティとユマの顔は冴えない。

「ティティ……」

 ユマが絶望的な声を挙げる。

「今日は、だめだな」

 ティティも大きくため息を吐いた。

 その理由は、浜に引き上げた網を見れば一目瞭然だった。魚は確かにかかっている。かかっているが、いつにもまして少ないのだ。これでは、島の民全員が十分に腹を満たすことなどできやしない。

「ティティ。島長は何て言ってるんだ?」

 舌打ちをし、そう声をかけたのはガルダと名乗った男である。彼は漁の達人で、浜に出て漁をするときは必ずこの男が先導を取る。

「長は、まだ何も……。けど、手段は考えている、と」

「手段ね。魚が取れなくなっちまってからじゃ遅いんだぜ」

「そうだな、すまない。父にもう一度進言しておこう」

「この間もそう言っていたな。それで? 漁にも出てこないあんたの大切な親父さんは、いつどんな手段で俺たちを助けてくれるんだ?」

「……それは」

「魚が取れなくなってずいぶん経つが、あんたらは何にもしちゃくれない。何とかしてくれないと困るんだよ。あんたも次期島長なら分かるだろう。頼りにならん長など、必要ないんだからな!」

 ティティが悔しそうに唇をかむのを、ロンドはいたたまれない心持ちで見ていた。島長の娘という立場だ。こういう場面はつきものとはいえ、見ていて気持ちの良いものではない。

「あの」

 思わず声を挙げた。みなの視線がロンドへと集まる。

「ちょっと言いすぎだと、思うんですけど」

 ざわり、と空気が動いた。ガルダは無言でロンドに近づくと、鋭い視線でロンドを見下ろす。

「何か、言ったか」

 威圧感のある大きな体だ。海で鍛えているのだろう、赤銅のように日焼けした体には筋肉がつき、身長もロンドより頭一つ二つは大きい。心臓がばくばくと音を立てている。恐ろしかった。けれど、同時に言い負かされてはいけないとも思っていた。

 ティティはいつだって島のことを考えている。それなのに、何もしていないかのように言われるのは癪に障った。

「おい、マレ人。何か言ったか、と聞いてるんだ」

「はい。そもそもの話ですが、この島に、なぜ魚が取れなくなったかを考察し、検証し、仮説を立てた人はどれだけいますか? 魚が取れないなら別の方法で、自主的に食料を探した人はどれだけいますか?」

 しん、と空気が静まり返っている。ティティが視線を向け、何を言う気かと無言で問いかけているのが分かった。安心するように、とロンドはティティに目で微笑み返す。

「いますか? いませんか? いないのであれば、あなたたちは何も言うことができないと僕は思います。考えて、検証するには時間がかかる。仮説を立てるのも同じこと。そんなに簡単に解決することではありません。その間に新しい方法を模索していないのであれば、それはあなた方の怠慢だ」

 何がロンドを駆り立てているのか、ロンド自身にも分からない。ただ、話しながら自分の中でむくむくと湧き上がる、ともすれば涙が出そうなほどの感情が彼を動かしていた。

「島長は手段を考えていると言っています。それは、きっと考察し、検証し、仮説を立てているのでしょう。このティティも同じこと。島のことを考え、新しい方法がないかを模索している。そのどこが頼りにならない、というのです?」

 ガルダは黙っている。岩のような拳を握り締め、ロンドを睨みつけるように見つめ続けている。

「何とかしてくれ、助けてくれ、というのは簡単です。しかし、ただそれを訴えるだけでは子供と同じだ!」

 弾かれるように、ガルダの拳が唸った。島民の悲鳴と、自身の頬に受けた熱い感触で、殴られたことに気づく。

「ロンド!」

 視界が回る。頭がくらくらして、立っていられなくなる。浜辺に倒れこんだロンドをしっかりと抱きしめたものがいる。その、温かい体温が心地よく、ロンドは意識が遠のいていくのを感じていた。



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