8 第一球、投げました!
本日3話目
◆
他にもいくつかのお店を周りメイドたちのお土産なども購入し、そろそろ夕暮れ間近となったころ。
「アメリア様、馬車が来ましたよ」
侍女のアニーが教えてくれショッピングは終了し、馬車に乗り込んだ。
──その瞬間。
馬車の周りが騒がしくなり、どうやらゴロツキたちが絡んできたことがわかった。
先に行け、ここは任せろと言う声が聞こえ、走り出した馬車。
ここは治安が悪い場所ではないのに。
「アメリア様……」
「アニー、心配してないわ」
だって他の護衛がちゃんと周りにいるのだし。
……そう思ったのに、車窓から見ればなぜか護衛の乗っている馬が暴れ指示をきかず、護衛が振り落とされたのを目撃した。
「なっ!?」
「シアンっ!? あ! グレンもっ!?」
アニーが次々に落馬していく護衛たちの名を呼ぶ。
どう考えてもこれはおかしい。
馬車はかなりの速度で駆け抜けるため、急いで逃げているのだろうと思ったが。
「アニー。道がおかしいわ。この道は公爵家への道ではないわ」
「っっ!? どいうことでしょう?」
ガタガタと揺れる馬車にお尻が痛くなりながら、狙われているから別のルートで帰ろうとしているのだろうか、いやしかし……と考えているときに。
「……お尻が痛い」
「……えっ、こんな時にですか?」
「……違うわ、アニー! お尻が痛いの!」
「アメリア様、今はそれどころでは」
「違うの! これは公爵家の馬車ではないわ! 全部揺れないものに変えたとジョシュア様が言っていたもの!」
乗ってきたのは確かに公爵家の家紋があり、見た目は完全に同じだった。
だが、この揺れまくる馬車は絶対に公爵家のものではない。
ということは、公爵家の馬車ではないものに乗っているわけで。
「……誘拐?」
「ゆ、誘拐っ!? あっ、ドアも開きません!」
どうやらドアにも外から鍵がかけられていた。
中から蹴飛ばせばドアくらい開けられるかもしれない。だがそのあとは?
スピードの出た馬車から飛び降りるなど出来ない。
それならば大人しくしている以外にないのだろうか。
御者がいつもの人物だとも考えづらい。
「……アニー。ひとまず私たちにできることがないと思うからこのままおとなしくしていましょう」
「アメリア様……私がついていながら申し訳ございません……」
「いえ、私はもちろん他の護衛も気づかなかったわ。ということは、それだけ用意周到なのよ」
しんとした車内でアニーは青ざめ、怯えからか椅子ではなく床に座り込んでしまった。
──誘拐ということは、公爵家に敵意・もしくは私に敵意を持っている人。ここまで用意周到ならば、お金のない人のすることではない。
公爵家に嫁ぐ私に不満を持って、ということも考えられるし、もしくはジョシュア様を困らせようとしているということも考えられる。
夜会であからさまに私を溺愛してきたのだ。私が彼の弱点になりうるというのは、あの夜会に出席した人はすぐに分かっただろう。
馬車は王都を走り抜け、森の中に入っていった。
はっきり言わせてもらおう。
……お尻が痛すぎる! 腰にも来る!
誘拐犯にはせめて同じ馬車を用意してもらいたかった。
馬車が速度を緩めた時、外から声がした。
「その馬車止まれ!」
馬車がぴたりと止まり、周囲を誰かが歩いているのがわかる。アニーと私は息を潜めてじっとしていた。
「……なぜこのようなところに公爵家の馬車が? どうしたのだ? 護衛もいないし暴走でもしたのか? 中には誰が」
カチャリと鍵が空き、ドアが開くとそこには……
ロナルド様が。
目を見開き「アメリア様?」とつぶやいた彼に、「ロナルド様」と私は声をかけた。
「ロナルド様っ! ありがとうございます! 私たち、誘拐されてしまったようでして」
アニーがロナルド様に話しかけるのは、同じ家門ということで顔見知りなのだろう。
ロナルド様には護衛であろう人が一人ついていた。
「なんと! だがこれは公爵家の馬車だろう? 乗っ取られたのか? 護衛はなんたる怠慢だ!」
「──いいえ、この馬車自体が公爵家の馬車ではございません。巧みに偽装されておりますが、乗り心地まではジョシュア様が開発された馬車を真似ることはできなかったようです」
表情を消して伝える私は、こんな人気のない森の中でロナルド様に会うこと自体が、奇跡ではなく計画の範囲なのではないかと懸念している。
そして私たちが降りた瞬間。
……馬車は私たちを置いて急発進し、去っていたのだった。
「アメリア様、とんでもないことに巻き込まれてしまったのですね。少し歩いたところに仮に使う小屋があります。そちらでひとまず休みましょう。ご案内いたします」
安心してくださいとにこやかに言うロナルド様。
誘拐されたと言っているのに、馬車が逃げようとしても追いかけるそぶりさえ見せなかった護衛。
これは、関係しているというしかないのではないか。それとも護衛が一人だったから追いかけなかったのか。
私は意を決して、満面の笑みを浮かべた。
「……助けてくださりありがとうございます! ロナルド様が助けてくださらなかったらどうなったことか……命の恩人ですわ! ね、アニー!」
「はいっ! ロナルド様がいなければどこまで連れて行かれたことか……っ」
疑う素振りを見せて警戒されるのは得策ではないと判断しにっこり微笑み、アニーは本当に信じているのだろう、感謝のあまり涙が滲んでいる。
落ち着いた雰囲気を持っていたアニーは、どうやらイレギュラーに非常に弱いようだ。
そこから少し歩けば小屋……というよりは随分立派な、煉瓦造りの家があった。
中は整然と片付けられ、狩りをするようなのか、道具なども置いてある。
ロナルド様の護衛と共にアニーがお茶の用意をしてくれている間、椅子に座り一息つくがいまだにお尻が痛い。
「ロナルド様は本日はどうしてこちらへ?」
「狩りに来たのです。ここは我が家がよく使う狩場でして。今朝ふと思い立ち狩りに来たところだったので……お会いできて良かったです」
「ロナルド様が偶然こちらにいらしてなければ私たちはどこに連れて行かれたかも分かりませんもの。今朝思い立って狩りに来ていただけたこと、感謝いたします」
アニーがお茶のセットをしてくれ、少し落ち着いたところでロナルド様は顔を曇らせた。
「ただ……今日はここに泊まる予定だったので、迎えに来る馬車は明日の朝になるのです」
「まぁ……そうなのですね。ですが公爵家からも迎えが来るかと思いますし、大丈夫ですわ」
「ですが、ここは通りから遠いですし見つけにくいかもしれませんね。通りまで馬車なく行くのはかなり距離がありますし」
「……なるほど、ではひとまずこちらで静かにしていた方がよろしいようですね。ロナルド様、お邪魔かとは思いますが、明日までお世話になってもよろしいでしょうか?」
「もちろんです。アメリア様を外に出してなどおけませんので」
優しく微笑む彼に、なぜかゾクッとしてしまったのは気のせいであってほしい。
◆
すでに辺りはすっかり日が落ち暗くなってしまった。この家に来てから2時間弱が経過しただろうか。
アニーが台所でカチャカチャと何か作ってくれている。私たちが来なければ、ロナルド様たちは保存食を食べて一晩過ごす予定だったようだ。
だが一通りのキッチン道具が揃っていたため、保存食を温かい料理にアニーがリメイクしてくれているところ。
ロナルド様に今のところ怪しい点はないし親切だ。
やはりただの偶然だろうか。
手持ち無沙汰になり許可を得て部屋をウロウロしていると、チェストに綺麗な布が敷かれ、多種多能なものが置かれているのが気になりジッと見てしまった。
白いハンカチは銀色の糸で百合の絵柄が刺繍が施され、イニシャルが入っていた。
イニシャルは「A.P」……アメリア・プロウライト。
……もしかして、私のだったりする?
どことなく見覚えがあるような。白地に花の透彫がされたペンも、見覚えがある気がする。学院時代に失くしたものだろうか。
その横に飾られているのは、半年前まで愛用していた髪飾りと酷似している。失くして少しだけショックを受けていた。冬用の手袋も見覚えがあるが、つい最近まで使っていたもので、学院時代には使っていない。
ということはもしかして、そこに積み上げられた教科書やノートの束も……? 手帳も?
「それ、覚えてますか?」
すぐ真横でにこやかな声がかかり、心臓が1メートルくらい飛び跳ねた気がする。悲鳴を上げなかった自分を褒めてあげたい。
サンドラ様の言葉が今甦った。
『あなたの使ってる物とか、よく持ち帰られていたわよ──男子生徒に』
背筋に毛虫でも這いずり回られたかのように、ゾクゾクゾクと悪寒が一気に全身を包んだ。
それをあえて出さないようにしている。
学院時代の私物ではなく、現在の私の私物すら持つこの人は……
──ストーカー!!
「覚えているとはどういう意味ですか? なかなかセンスの良い髪飾りですね。私好みですわ」
軽く微笑んで対応するのは、反応して良いことが一つもなさそうだからだ。知らぬ存ぜぬで通すことにする。
するとロナルド様は、悲しげな表情をされた。
「これは……すべてあなたのものです」
「あら、お譲りいただけるの? ですが似たようなものを持っているので結構ですわ。お気持ちだけいただきますね。ありがとう存じます」
にこやかに微笑むが、ストーカーに対する対応はこれであっているのだろうか。
怯えた方が良いだろうか。
横目でアニーを見ると……椅子に座り机に突っ伏して寝ているように見える。つい先程まで料理を作っていたと言うのに、料理を出す前に寝るなどあり得ない。
その真横にはロナルド様の護衛の騎士が。
人質という意味だろうか。
私はずいぶん前から心の中でずっと叫んでいる。
──いつも膝に乗せて私を離さない、彼の名前を。
「ふっ……はははっ! そうだ、あなたはそう言う人だ。何か紛失しようとも狼狽えもせず、いつも飄々として……その表情を変えたくて……その可愛らしくも美しい顔が、困惑したり恥じらう姿を見たかったのに……!」
今までの微笑みはどこへ行ったのか、ワナワナと震え怒りをあらわにしている。
「それを……よりにもよってあなたがあんな顔見せる相手が、ジョシュア様……っ!? 彼は結婚しないって……言ってたじゃないかっ!」
ロナルド様が叫んだ瞬間、バターンっ!!とドアが開き、公爵家の騎士達がなだれ込んできた。
その視界の端でアニーが……
ロナルド様の護衛騎士が扉に視線を移したのを見て、彼の顎に向かって掌底を下から上へ叩きつけ……彼が吹っ飛んだのが見えた。アニーはすかさず彼の持っていた剣を奪い取っていた。
私が一連の行動に呆気に取られている間に、ロナルド様に後ろから羽交い締めに拘束されていた。
両脇の下に通された手は微妙にバストに触れていて……
「ど、どどどこを触ってるのですかぁーーーっっ!!」
「っ!? ……えっ、違っ!?」
「アメリアっ!!」
扉の方に顔を向けると……ジョシュア様が!
──手の平に石を持ち、ポンポンと投げるのが見えた。
私は意図を理解し、即座にバンザイをして真下に体重移動をすると、するりと拘束から抜け出し床に小さく座り込む。
その瞬間、バコンっ! と鈍い音が真上で響き、真後ろのロナルド様が……ドサッと倒れた。
扉の方に目を向けると──はぁはぁと肩で息をし、くしゃりと泣きそうに顔を歪めたジョシュア様が、駆け寄ってきて私を抱きしめた。
「アメリア! ……アメリアっっ!!」
「ジョシュア様……」
「無事で……無事で本当に良かった……!」
ギュウギュウと私を痛いほどに抱きしめる彼の身体は、小刻みに震えている。
ためらいながらもその背に腕を回し……ギュッと抱きしめ返せば、安堵からか涙が滲んできた。