6 ダンス
最終話までこのまま連投します。
「アメリア嬢……一緒に踊っていただけますか」
一礼しながら上目遣いに手を差し出すその姿は、声も出ないほど美しく見惚れてしまう。
ふらふらと蜜に誘われる蝶のようにその手を取ると、ふわっと嬉しそうに微笑んだジョシュア様がいて、どくんと胸が高鳴った。
ふ
音楽と共に踊り始めた私たちが注目を浴びているのは分かっているが、さすが公爵家の嫡男。ダンスも完璧で、あまり慣れていない私でも踊りやすかった。
「ジョシュア様、とてもお上手なのですね。あまり踊らないのかと思っておりました」
「いや、レッスン室以外で踊ったのは初めてだ。アメリアこそとても上手だが……この前の夜会では誰かと?」
「お兄様とお父様と踊らせていただきました」
「……それだけ?」
「はい、そのあと殿下方に挨拶に行きましたので」
ずっとジョシュア様がついてきていたから、そのあとは踊るどころではなかった。ダンスはあまり好きではないので良いのだが。
でも……こうやってジョシュア様と踊るのは、なぜかとても楽しく感じる。
私の返答を聞いたジョシュア様は、しばらく表情が無になったあと「そうか……そうか」と言い、嬉しい気持ちが溢れだすかのように徐々に笑顔に変わった。
「家族以外で踊ったのは俺だけなんだな……そうか」
「……そうですよ」
そこからさらに満面の笑みに表情を変え、私はあまりの眩しさに目を細めるしかない。それと同時に、心臓の病気になったのではないかと言うほどの動悸をなんとか鎮めようとしているが、多分頬は確実に赤く染まっていると思う。
──なにそれ、かわいい。かわいいが限界突破してる。
「……私も、ジョシュア様のはじめてのダンスパートナーになれて……嬉しいです、よ?」
恥ずかしさを堪えつつチラリと目線をあげ、何とか伝えれば……
この顔は知っている。私に飛びつく寸前。
余計なことを言ってしまったようだ。
「だ、ダメですよ、ジョシュア様! 公衆の面前でやって良いことと悪いことがあります」
「……アメリアがそんな可愛いこと言うから悪い」
なんとか抱きつくのを耐えたのだろうが、グイッと腰を寄せられ、ゼロ距離でのダンス継続となったのだった。
三度ジョシュア様と続けて踊った私は疲労困憊であり、サンドラ様をお見かけしていたので休憩させてくれとお願いしたのに、自分もそばにいると言って聞かない。
「アメリアを一人にしたくない。誰かに言い寄られるかもしれない」
「そんなことはないと思いますが、サンドラ様といるので大丈夫ですよ。ジョシュア様も男性同士のお話などあるのではないですか?」
「……分かった。では必ずサンドラ嬢のそばにいてくれ」
「ふふ、承知しました」
過保護な彼は私をサンドラ様のところまで送り届け、彼女に「よろしく頼む」と挨拶をしたあと別行動となった。
今日は鮮やかな赤いドレスを身に纏ったサンドラ様は、きっと『真紅の薔薇』なんて異名がつけられたりしながらモテまくるのだろうが、残念ながら彼女は来年結婚予定だ。
先ほどまでサンドラ様も踊り続けていたため、二人で炭酸水を飲みながら一息つく。
散々挨拶や会話を交わし、その後のダンスを続け疲れすぎた私たちは、かろうじて笑顔を保っているが実は放心状態。しばらく無言を続け、ようやく回復し始めたころサンドラ様が話し出した。
「アメリア様。わたくし誕生日が早いため、夜会に参加し出してほぼ一年になりますの。ですがジョシュア様が踊られたのは初めて見ましたし、年配の方もご覧になったことはないそうよ?」
「レッスン室以外で踊ったことはないとおっしゃっていました」
「まぁ……まぁ……っ! な、なんて素敵なの!? 先ほどのダンスなんて二人とも素晴らしくて! 銀の貴公子と妖精姫がっ!」
「サンドラ様。落ち着いてください」
銀の貴公子とは銀髪のジョシュア様のことか。でも無愛想でモテないみたいなことを言っていたのに、異名があったのか?
そして妖精姫とは……私のことだろうか。
サンドラ様は頭に少しお花畑が存在するようだ。
そうこう話していると、一人の男性が寄ってきた。
「サンドラ様、アメリア様。お久しぶりです」
「あら、ロナルド様。卒業式以来ですね」
「ロナルド様、ご無沙汰しております」
同級生だった、ロナルド・ルドワール伯爵子息。
当時は興味がなかったから知らなかったが、ルドワール伯爵家はウォーカー公爵家の家門だった。
「アメリア様、この度はご婚約おめでとうございます。ジョシュア様がご結婚なさるとはまったく思っておりませんでしたので……喜ばしい限りです」
「私自身も驚いておりますが、ウォーカー家門のお役に立てるように頑張りますので、今後ともよろしくお願いいたします」
ロナルド様は茶色い髪に眼鏡をかけ、いつもニコニコと微笑んでいる人だ。クラスメイトだった人の名前は一応覚えている。
特にこの人は私の友人マリナ・チャリオット子爵令嬢の婚約者なので、あまり話したことはないが存在は知っているのだ。
「そういえばロナルド様、マリナ様の具合が少し悪いと伺いましたがその後調子はいかがですか? お手紙もお返事がなく心配しておりまして」
「アメリア様、ご心配ありがとうございます。実は……先月婚約を解消したところでして」
「まぁ……存じ上げずに失礼を申しあげました。……まだ体調がお悪いのですか?」
「もう随分快方に向かっているようです。ですが、しばらく熱を出すことが続いたので、身体の満足でない者は……と両家で話し合った結果、今回解消となりました」
健康でない者は後継者を産めないため、男性側は元より女性側も気を使う。嫌な気持ちになるが、それがこの貴族社会。血を残すことが重要なのだ。
「マリナ様が快方に向かっているのでしたら良かったですわね。ロナルド様はもうすでに次のお相手が?」
「サンドラ様、そんなにすぐには……」
苦笑いするロナルド様を見ながら友人の心配をしたが、快方に向かっていると言うのだからそれを信じるべきだと気持ちを切り替えた。
帰ったら手紙をまた書こう。
しばらく三人で歓談していると、ダンディな紳士がやってきた。リンドル侯爵だ。
「三人とも、楽しんでいるかな?」
「侯爵閣下」
ロナルド様が恭しく胸に手を当て一礼した。
「ロナルドはアメリア嬢と知り合いだったのか。なかなか偶然だな。アメリア嬢、このロナルドは素晴らしい商才の持ち主なのだ。実は、プロウライト家とクレド家の共同事業に参入したらどうかと勧めてきたのは彼なのだよ」
「まぁ……ロナルド様が?」
「ロナルドの父親とは仲が良くてね。小さい頃からロナルドのことも可愛がっていたのだ。私によくついてきていたせいか、こんなに若いのに商売のことに詳しくなってしまって。まぁおかげでこちらも良い話しに一枚噛めたのだけどね」
「侯爵閣下、話を盛りすぎですよ。大した才はないのです」
照れながら話すが、そんな繋がりがあったとはまったく知りもしなかった。
彼は平凡な容姿をしており目立つタイプでもなかったため、サンドラ様と二人で「まぁすごいのですね」と言い合い、隠れた才能を素直に褒めた。
「じゃあ若い人たちで楽しんでくれ」
グラスを上にかかげ、颯爽と去っていった侯爵を追うようにサンドラ様が目線を変えた。そしてそのままギョッとして固まってしまった。
なんだろう、と彼女の目線の方向を見ると。
──ジョシュア様が女性に囲まれていた。
サンドラ様は私をチラリと見て、慌てて私の目の前に立ち視線を塞いだ。
「……人気はないっておっしゃっていませんでした?」
「えっ!? いえ、本当に人気がなかったのよ!? 怖いし、仏頂面だし、まず言葉が返ってこないようですし!?」
「サンドラ様……人の婚約者にそこまで言わなくとも……怖くないですよ。それに、囲まれておりますよ?」
「あれは、だって……」
サンドラ様、ジョシュア様は女性に人気がないと言っていたが今まさに囲まれているではないか。
彼女の情報網、実は牽制に使われていただけではないのか? サンドラ様まで参戦されては困るから、みたいな。
だって、あんなに優しく見つめる人に……惚れないわけないのだ。
やっぱり、モテてるじゃないか。
ずっと見ていると、胸がズンっと重くなりキュッと締め付けられ、胸元を押さえる。
公爵家のお相手なのだから、伯爵家の私はギリギリの許容範囲なのだ。サンドラ様が興味はなくとも、他の侯爵家の方だっている。
「ジョシュア様は公爵家の唯一の嫡男ですし、人気があるのは当たり前ですよ。公爵家となると付き合いも多いですし、派閥の様々な事案もありますし……学院時代のアメリア様は自由なイメージがありましたので、なんだか籠の鳥のようになってしまうようで僕は少し心配です」
苦笑しながら眉を寄せ、心配を全面に押し出してくるロナルド様。
それは私では力不足、と。
「……ロナルド様。それはどう言う意味ですか?
アメリア様では公爵家の妻は務まらないと遠回しにおっしゃっていたりするのかしら?」
サンドラ様が、ザ・高位貴族のご令嬢! みたいに扇子をパサッと開き、上から目線でロナルド様に冷たい視線を投げかけている。
……サンドラ様、好きっ!
一瞬シュンとなりかけた心が一気に戻ってきた。
「いえ、そういう意味で言ったのでは……!」
「ロナルド様。ご心配いただきありがとう存じます。ですが私も精一杯努める所存ですし……日々なにも考えられないほど刺激的な毎日で、籠の鳥などとはまったく思っておりませんわ」
ロナルド様に令嬢スマイルでにこやかに微笑むと、「余計なことを言って申し訳ない」といって彼は申し訳なさそうに去っていった。
はぁとサンドラ様と二人でため息をついたあと顔を見合わせ、クスクスと笑い合った。
「サンドラ様、庇ってくださりありがとうございました」
「そっ、それぐらい当然よ! お、おおお友達でしょ!?」
「ふふふっ! そうですね」
「……それに、あなたの日々なにも考えられないほどのお刺激的な毎日のお話もじっくりうかがいたいし?」
「えっ……!?いえ、それは遠慮させていただきたく」
そうしてまたジョシュア様の方に視線を向ければ、まだ囲まれている。
それを見てしまうと、またモヤッとしたもので心がすぐに埋め尽くされてしまい、見ないよう視線を落とした。
「もうっ、そんな顔してはダメですわ! よくご覧なさいませ!」
ほんのり目を釣り上げたサンドラ様が私の頬に手を添え、無理矢理ジョシュア様の方に向かせた。
「ほら、ご覧なさい。ジョシュア様……まったく笑っておられないでしょう? それどころか……吹雪いているわ」
よく見ると、ジョシュア様の周りに5名の女性がいて、必死で話しかけ、それを受けるジョシュア様は……凍っている。
表情も凍っているが、瞳から冷却ビームでも出ていそう。
必死で話しかけていた令嬢たちが……徐々に気落ちしていくのがわかる。
「あれが勇者よ。ジョシュア様に話しかけにいく女性は勇者と呼ばれるの。そして泣いて帰るの。ちなみにいつもは滅多に誰も行かなくて、たまにチャレンジする勇者は一人のみ。今回多いのは……アメリア様、あなたにあんなに優しく微笑むものだから、優しくなったのだろうと皆勘違いして突撃したのよ」
「……勇者」
「その結果をご覧なさい。もう今にも逃げ出したいのに、話しかけた手前すぐには去れずに、みんな青ざめているのが分かるかしら? あなた以外にはあんな顔は見せない。それがジョシュア様。魔王」
「魔王」
我が婚約者、魔王と呼ばれているのか。
つい、プッと笑ってしまった。
「では……魔王の伴侶になる私は、勇者様たちを解放しに行かなければなりませんね?」
「そうよ。早く勇者たちを助けて差し上げなさい」
「サンドラ様って……かわいいですね」
「……っ!? は、はぁっ!? あなた、なにをおっしゃっているの!? は、早く行きなさいよっ!」
ニマニマする私の背中を、真っ赤な顔をしたサンドラ様がグイグイと押していた。